第187回:カーデザインの巨匠に聞く(後編) ――ゴルフで語るデザイン論
2013.06.04 エディターから一言 ![]() |
フォルクスワーゲンのデザインを統括するワルター・デ・シルヴァ氏と、世界的なデザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロ氏が、新型「ゴルフ」の日本デビューに際して来日した。
カーデザインの巨匠として知られる二人は、どのような思いを胸にクルマと向き合っているのか? 前編のトークショーに続いて、記者団のグループインタビューにおけるコメントを紹介する。
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価値ある継続
――「ゴルフ」と他のクルマとの最大の違いは何だと思いますか?
ワルター・デ・シルヴァ(以下、WdS):ゴルフは40年間の長きにわたって作り続けられてきたクルマです。その間、エクステリアの美しさを含め、さまざまな面で進化を遂げてきました。その過程では、おそらく「まったく新しいクルマを作りたい!」という誘惑にかられたこともあったでしょうが、実際にはそうならず、同じ名前をずっと受け継ぎ、基本的なデザインコンセプトを守り続けてきたクルマです。私たちの選択が正しかったことは、ユーザーの反応に表れていると思います。いままでに3000万台近くが販売されたこと自体、私たちのデザインが多くのお客さまの心に届いたことを示していると思います。
ジョルジェット・ジウジアーロ(以下、GG):ゴルフと他のクルマのどこが違うかといえば、全体のプロポーションであり、さまざまなバランスだと思います。初代ゴルフが誕生したとき、あのようなプロポーション、あのようなボディーパネルの仕上げをしたクルマはほかにありませんでした。そして、新たなインパクトを与えながらも、シンプルで、誰が見ても非常にわかりやすかった。これをゴルフは、今日に至るまでずっと守り続けてきました。
過去にも何度か、ベンチマークとしてライバルメーカーがまねをしようとしたこともありますね。私たちが、非常に均衡のとれたプロポーションとバランスを守り続けてきたことこそ、非常に重要なポイントだったと思います。
――先のトークショーでは、一つ一つのラインを決めるにあたって、小さな葛藤があったというお話もありましたが、この7代目ゴルフでも似たようなことはありましたか?
WdS:開発期間を通じて、ディテールまでこだわりながらデザインを煮詰めていきました。ゴルフ7のエクステリアデザインでは、まず、さまざまな国籍を持つデザイナーに合計で12のアイデアを出してもらいました。それらをどんどん煮詰め、集約しながら最終的なデザインに仕上げていきますが、フォルクスワーゲンでは、デザインを固めるプロセスが、しっかりと決まっています。その過程では、スタティックモデルだけではなくダイナミックモデルも使いながら、1mm、1/10mmという細かい寸法までこだわりながら最終的な形状を決めます。この作業には、フォルクスワーゲンの社長も参加します。
日本の美意識に合うゴルフ
――デ・シルヴァさんはこれまでにも美しい作品をたくさん生み出してきました。ジウジアーロさんから見て、その仕事の秘訣はどこにあると思いますか?
GG:いまさら彼にたくさんの賛辞を贈るつもりはありません。そんなものは、これまでに十分受け取っているはずですから(笑)。いま、フォルクスワーゲンでは、彼のOKが出ない限り、どんなデザインも製品化されることはないわけです。ということは、提案されたあるデザインに対して、プロポーション、美しさ、デザインの質などを評価する力が彼には備わっていることになります。フォルクスワーゲンには提案されたデザインを評価する非常に綿密かつ秩序だった手法が確立されています。そのプロセスの頂点に立っているのがワルターなのです。フォルクスワーゲンという企業でそのような立場にあるということは、非常にラッキーだと思います。
WdS:15年前、私を採用するようフォルクスワーゲンに推薦してくれたのは、ジウジアーロさんなんですよ!
GG:ワルターはいま、私のボスです(笑)。
WdS:いや、ジウジアーロのボスになれる人なんて、どこにもいませんよ(笑)。
――発表されたゴルフ7を見ていると、“水になじむ”ような美しさがあると思いました。ゴルフの美について、お二人はどう思われますか?
WdS:グローバルプレイヤーとしての役割を担っているゴルフですが、すっきりとしたシンプルなラインなどは、日本の建築とか庭園などに通ずるものがあるかもしれません。これは「up!」や「ポロ」にも共通する特徴です。ただし、それは日本だけの感覚ではなく、私たちイタリア人が持つ美の観念にも共通しているものだと思います。
GG:「水になじむ」という表現は、ゴルフ7によくあてはまると思います。それくらいゴルフ7はよくできたクルマです。ラインがパーフェクト、プロポーションがパーフェクト、そして細部まで丁寧に作り込まれている。これは、完璧であることを求め、クオリティーを追求する日本の方々の感性に合うものだと思います。ゴルフはヨーロッパで生まれたものではありますが、完璧さを求めるという観点からいうと、日本のスピリットにも通じると考えています。
独・伊のタッグは“あり”である
――ジウジアーロさんの目から見て、初代ゴルフと7代目ゴルフで変わらないところと、変わったところを教えてください。
GG:共通点はCピラーです。このCピラーこそ、一連のゴルフで一番特徴的な部分だと思います。
一番の違いは、この40年間で起きたテクノロジーの進化でしょうね。例えば、初代ゴルフの当時は不可能だったけれど、いまでは生産できるようになった形状というものがあります。初代ゴルフでは平面ガラスも用いていますが、今回のモデルでは、ウィンドウは美しくカーブしています。そのほか、ドアとボディーパネルのギャップは、かつてはとても大きかったのに、ゴルフ7では3mmくらいまで狭められています。そういったところは大きな違いだと思います。
――ドイツの歴史的なコンパクトカーをふたりのイタリア人デザイナーが手掛けたことについて、何かお感じになることはあるでしょうか?
WdS:非常にシンプルに答えます。イタリア人の美に対する感性、そして楽しいものを見つける感性と、ドイツ人の持つ綿密さ、規律正しさ、正確さというものは非常に相性がいい。このふたつが組み合わさると最強のものができると私は考えています。
GG:私にとって、ドイツの企業のために仕事するということは、非常に重要な決断でした。ただし、クルマをデザインする過程では、非常に強い組織力が求められるのも事実です。現時点で言えば、ドイツにはそうしたポテンシャルがあります。いっぽう、イタリアの企業には、そうしたあふれでるような力がいまはありません。つまり、私にとって仕事をしやすい環境が、ドイツの企業で見つかったということです。
これに加えて、「自分に声を掛けてくれたのが誰だったのか」ということも関係しますね。その人が信頼できる人かどうか。これも非常に重要なことだと思います。ドイツ人の働き方は日本人とよく似ています。どちらも非常によく組織化されていて、正確な仕事をします。いずれにせよ、いま自分が一番やりたい仕事がどこで実現できるかということを考えて、ドイツの企業を選びました。
チャレンジは続く
――先のトークショーでは美しさと時間に関係するお話もありましたが、今回発表されたゴルフ7の美しさも時間の経過とともに変わっていくのでしょうか? それとも変わらないのでしょうか?
WdS:これが答えになるかどうかはわかりませんが、これまで40年間かけて進化してきたゴルフは、いつの時代も美しいクルマとして認識されてきました。“ゴルフ・キラー”をラインナップする自動車メーカーも少なくありません。彼らはゴルフに対抗できるクルマを作ろうと目指しているわけですが……、そこにはきっと何らかの“動機”があるはずです。私は、そのように他社からベンチマークにされるゴルフというモデルをデザインしてきたことに、大いに誇りを感じています。ただし、ゴルフ7が最も美しいクルマであり続けるかどうかというと、少し疑問もあります。なぜなら、もしもゴルフ8を作るのであれば、私たちはゴルフ7よりももっと美しい、素晴らしいクルマを作ろうとするからです。
――同じフォルクスワーゲングループの「ランボルギーニ・エゴイスタ」が5月12日にイタリアで発表されたときも、お二人はご一緒でしたね。ランボルギーニとゴルフでは、同じデザインをするにしても、まったく異なる仕事のように思われます。そんなとき、デ・シルヴァさんはどのように頭を切り換えるのですか?
WdS:それが私たちの仕事の一番面白いところでもあります。今日はずっとコンパクトカーの話をしてきましたが、私もジョルジェットも、時には自分の創造力を十分発揮させる仕事をしたくなるときがあります。自分の心の中に、そういう気持ちが芽生えてくるのです。そういうときには、エゴイスタのようなクルマをデザインして、新しいビジョンを提供するのもいいと思います。もちろん、あのクルマはワンオフで、そのまま生産につながるわけではありませんが……やがては新しいビジョンとしてコンパクトカーにも少しずつ影響を与えることでしょう。新しいデザインの世界を動かす、きっかけにはなるのではないかと考えています。
(まとめ=大谷達也<Little Wing>/写真=webCG)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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