ポルシェ911カレラ4Sカブリオレ(4WD/7AT)
間口は広く、敷居は高く 2013.07.25 試乗記 強力な3.8リッターのフラットシックスに4WDドライブトレインを組み合わせた「ポルシェ911カレラ4S」。さらにはカブリオレという“装備の全部載せ”で、その魅力はどう高まったか。あまりにも豪勢なメニュー
星付きレストランの申し分のない高級料理をご馳走(ちそう)になりながら、どこか何か満たされないというか、居心地がしっくりこない感じ。スポーツカーの宇宙に輝く北極星とも言うべき「ポルシェ911」の最新型に対してこんな譬(たと)えを持ち出すと、無礼千万、いやむしろ不敬であると詰(なじ)られそうだが、正直な第一印象はそんなものだった。自分自身でも驚いたことに、高性能版「カレラS」の4WD、しかもカブリオレという“全部載せ”最上級モデルに乗っているというのに、想像していたほど感動していない自分を発見したのである。といってもそれは肥大化してラグジュアリーになって、かつてのピュアさやスパルタンな性格を失ったというような話では決してありません。その種の論調はよく耳にするのだが、そのような意見の前提にはちょっとした誤解が混入していると思う。
ポルシェ911がスポーツカー界の主役を張ってはや半世紀。今もライバルが目標とし、できることなら一泡吹かせてやろうと狙うお手本であり、コンパクトクラスにおける「フォルクスワーゲン・ゴルフ」のような“水準器”である。ただしその理由は、世界で何台だけといった希少性やびっくり仰天するようなパフォーマンスにあるわけではない。ああ、もちろん素晴らしく高性能だが、加速や最高速の数字、ニュルブルクリンク旧コースのラップタイムで911を凌(しの)ぐものは今ではいくつも例がある。いまさらながらではあるが、911の真価は日常的に問題なく使える実用性と、スポーツカーとしての、高性能との優れたバランス感覚にある。そのバランスを守りながら、時代とともにより性能が向上し、より洗練された……といっても誰も驚かず、ポルシェなら当然と見なされている。王者としての義務と言えばそうかもしれないが、それほど期待され続け、その期待に応え続けての半世紀である。実にとんでもない偉業と言って間違いない。
伝説の裏表
考えてみれば、昔の911がスパルタンで扱いにくいという認識は、いわゆる“ナロー”モデルや「73カレラRS」あたりの評判が発端となって、語り継がれてきたのかもしれない。まあ確かに、床から生えたペダル類や、当時としては恐ろしく回転の上昇下降が素早いシャープな空冷エンジンのせいで、シフトの際に滑らかにギアをつなぐのに手こずった人はいたはずだ。スムーズに走るにはちょっとした工夫というか器用さは必要だと言えるかもしれない。だが、それも現代のフールプルーフなATに比べての話で、特別な技量というほどのことではない。ただ単にサンプル数が少なかったがゆえに、数時間でクラッチをダメにしてしまった、というような伝説だけが必要以上に独り歩きしたのではないかと考えている。
少なくともスタンダードラインナップの911は“走ること”に純化したものではなかった。例えば73のRSを例にとっても、チューンされていないノーマルモデルは、決して扱いにくい車ではなく、それどころか同時代の他車に比べてドライバビリティーにも、高性能を安定して発揮する信頼性にも秀でていた。実際に真夏の都内で何度も乗ったことがあるが、ちょっと注意すればアイドリングでもスタートできるぐらいの柔軟性を持ち、渋滞で不機嫌になることもない。その極上のナナサンは純正のクーラーも付いていたので、その気なら通勤にさえ使えるし、キャディーバッグを積んでゴルフに行くことも問題ない。それと同時に、ちょっとばかり腕に覚えのあるドライバーがサーキットに持ち込んでスポーツ走行を楽しんでも、何事もなく家路につくことができるという点が911ならではである。
余談ながら、昔のボスの小林彰太郎さんに聞いたところでは、ほぼ同時代の「スカイラインGT-R」などは、性能計測のために広報車をテストコースに持ち込んでもいつもどこか完調ではなく、メーカーのメカニックに調整してもらっているうちに時間切れになってしまうことばかりだったという。昔からほとんどスタンダードのままクラブマンレースに出場しても十分戦えるような車を作ってきたポルシェにはそんな気難しさはない。機械としての安定度やタフネスという点でポルシェの右に出るものは今もいないと思う。
食べ切れる自信がない
それこそ「356」の時代から、あくまで日常も使えるという一線を守ってきたポルシェだから、より一層の洗練度と環境適合性を備える方向に進化して当然である。新しい991型911は、従来型より最大で65kg軽量化されたボディーやアイドリングストップ、必要でない時は自動でクラッチを切って惰性で走るコースティング機構などを備え、16%も燃費が向上したという。もちろんパフォーマンスも向上している。400psの大台に乗った3.8リッターユニットと電光石火の7段PDKによって、ラインナップ中で最も重いこの「カレラ4Sカブリオレ」(といっても車検証記載値で1560kgにすぎないが)でも294km/hの最高速と0-100km/h加速4.5秒を実現しているという。
その凄(すご)さは、たとえ雨の週末の首都高速というまったく不満が募るばかりの舞台でもダイレクトに感じ取ることができた。例によって緻密なメカニズムがみっちり詰まったような剛性感と、何があっても望む針路を外れないという恐るべき安定感。2WDのカレラでも尋常ではないスタビリティーを備えているのだから、電子制御の4WDシステムとコーナリングの駆動力をコントロールするPTVプラスが装備されるこのカレラ4Sではとんでもない高みにある。
問題はここまで来ると、その真価を存分に発揮する舞台が限られるという点だ。それにタイヤを見ていくぶん“引いて”しまった。リアの305/30ZR20(フロントは245/35ZR20)というタイヤサイズは、特別なエキゾチックカーならいざ知らず、もう尋常ではないレベルで、それをカバーするためにリアフェンダーは2WDモデルより40mm余りも張り出しているという。他のスーパースポーツに比べれば今も十分コンパクトサイズとは言えるが、ここまで来たかとため息が出たのも事実である。カレラ4Sカブリオレは1774万円(カブリオレは7段PDK仕様のみ)、これにさまざまなオプションを加えて2000万円オーバー、もはや911とはこのような価格帯の車なのだ。
ちなみにこの車のオプションの中には、日本市場からの度重なる要望に応えてついに採用された電動格納式ドアミラー(5万3000円のオプション)も含まれている。そういえば、まだ試したことはないけれど、スポーツクロノパッケージ付きのMT車ではシフトダウン時にブリッピングして回転を合わせてくれる機能も付いているという。こういう点を指摘して、純粋さが薄れたという向きは、続々と登場するスペシャル911かクラシックモデルをどうぞ、ということだ。
時代に合わせて洗練度を増す911は性能そのものもより一層の高みに登った。整備されたからといって経験の浅いものが軽装で登山するにはふさわしくない高峰であることは覚えておいたほうがいい。
(文=高平高輝/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラ4Sカブリオレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4500×1850×1295mm
ホイールベース:2450mm
車重:1535kg(DIN)
駆動方式:4WD
エンジン:3.8リッター水平対向6 DOHC 24バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:400ps(294kW)/7400rpm
最大トルク:44.9kgm(440Nm)/5600rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y (後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:9.2リッター/100km(約10.9km/リッター:NEDC複合モード)
価格:1774万円/テスト車=2015万9000円
オプション装備:ボディーカラー<コニャックメタリック>(46万9000円)/インテリアカラー<アンバー/レッド>(67万7000円)/電動格納ドアミラー(5万3000円)/スポーツテールパイプ(13万7000円)/20インチ・スポーツデザインホイール(6万4000円)/カラークレストホイールセンターキャップ(2万9000円)/シートヒーター(フロント左右)(8万3000円)/シートベンチレーション(18万7000円)/フロアマット(3万2000円)/エレクトリックコントロールスポーツシート(40万円)/カーボン・インテリアパッケージ(レザーインテリア)28万8000円
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:3695km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(8)/山岳路(0)
テスト距離:191.8km
使用燃料:21.5リッター
参考燃費:8.9km/リッター(満タン法)

高平 高輝
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