第199回:国産ショーファードリブンカー50年史(前編)
2013.09.17 エディターから一言 ![]() |
既報のとおり、2013年9月初旬にデビューしたトヨタの新型「クラウンマジェスタ」は、“V6ハイブリッドを積んだ「クラウン」のロングホイールベース(以下LWB)版”となった。その路線変更を残念に思う旧来のマジェスタオーナーもいるのではないだろうか。なぜなら、これにより、新マジェスタはドライバーズカーからショーファードリブンカー、すなわちオーナーではなくお抱え運転手がドライブするクルマに比重を移したとも言えるからである。
この新クラウンマジェスタ登場にちなんで、ここで、半世紀以上にわたる国産ショーファードリブンカーの歴史について考察してみたい。
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始まりは日産から
近代国産量産乗用車のパイオニアといえば、1955年に誕生した初代「トヨペット・クラウン」である。その初代クラウン、続いて登場した初代「プリンス・スカイライン」や初代「日産セドリック」といった当時の5ナンバーフルサイズ車は、法人、個人を問わずショーファードリブンに用いられていた。とはいうものの、同じボディーのスタンダード仕様が営業車(タクシー)にも大量に使われていたので、今で言うところのプレミアム感には乏しかった。
ハイヤーには使われるがタクシーには使われない、専用ボディーを持つ高級グレードの嚆矢(こうし)となったのは、1960年春に誕生した初代日産セドリックに、同年秋に追加設定された「セドリック カスタム」だろう。「カスタム」は既存のセドリックのホイールベースをBピラー後方で100mm延ばして2630mmとし、後席スペースを拡大したボディーに1.9リッターの直4エンジンを搭載した、日本初のLWB仕様だったのである。
セドリック カスタムは1962年のマイナーチェンジで再びボディーを延長、ホイールベースは当時の5ナンバー規格いっぱいの2690mmとなっていたが、翌63年にさらなるLWB版が追加された。
今度はスカットルより前を延ばして、ホイールベースをプラス145mmの2835mmとしたボディーの長いノーズに、戦後の国産乗用車としては初めて6気筒を採用した2.8リッターエンジン搭載。これまた戦後初の、専用ボディーを持った3ナンバーの普通乗用車となる「セドリック スペシャル」の登場である。
内外装もカスタムより一段と高級に仕立てられたスペシャルの全長は4855mmに達し、シリーズで一番短い1500スタンダード(4490mm)より40cm近く長かった。しかし全幅は変わらずに1690mmのまま。その結果現行車に例えると、長さは「ティアナ」(4868mm)並みなのに、幅は「ノート」(1695mm)よりわずかに狭いという、極端に縦長のプロポーションとなってしまった。
とはいうものの、後席2名乗車とすれば実用上のデメリットは少なく、また、これを除けば3ナンバー車は非常に高額な輸入車しか選択肢がなかったため、市場での評判はまずまずだった。
トヨタは国産初のV8で対抗
日産が3ナンバー車を出したとなれば、当然トヨタも黙ってはいない。1963年秋の東京モーターショーで、以前から開発中とのうわさがあったクラウンベースの普通乗用車「クラウン エイト」を発表、翌64年に発売した。車名のとおり国産初となるV型8気筒の2.6リッターエンジンを搭載したモデルである。ボディーは2代目クラウンのそれをストレッチしていたが、ホイールベースはプラス50mmの2740mmで、4720mmの全長もクラウンより110mm長いだけ。だが、トレッドは前後とも160mmも拡幅され、全幅は1845mmに達していた。
こちらも現行車と比較すると、長さは「マークX」(4730mm)とほぼ同じだが、幅は「レクサスGS」(1840mm)より広い。縦長ボディーに直6エンジンのセドリック スペシャルに対して、幅広ボディーにV8のクラウン エイトと、同じ市場を狙っても、日産とトヨタでは好対照を見せていたのである。
クラウン エイトは、自動変速機やパワーウィンドウ、電磁ドアロックなどを標準装備。パワーシートやクーラーなどはまだオプションだったが、装備面でも国産高級車の世界に新たな局面を切り開いた。需要としてはもちろんショーファードリブンが多かったが、いっぽうではオーナードライバー層をも狙っており、後に4段マニュアルのフロアシフト仕様も設定された。
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プリンスと三菱からも登場
クラウンやセドリックのライバルだった2代目「プリンス・グロリア」にも、「グランド グロリア」と名乗る3ナンバーの最高級グレードが1964年に追加されている。ただしこちらは、ボディーは5ナンバーサイズのまま。日本初となるSOHCの2リッター直6エンジンを積んだ「グロリア スーパー6」をベースに内外装を高級化し、パワーウィンドウなどを装備。エンジンは2.5リッターに拡大されていた。プリンスは後に御料車の「ロイヤル」を製作するなど皇室と縁が深いメーカーだったが、宮内庁に納入されたグランド グロリアのうち一部はホイールベースを延ばした特製ロングボディー仕様で、当時皇太子だった今上天皇も愛用されたという。
同じく1964年には、初代「三菱デボネア」もデビュー。5ナンバーサイズのボディーに2リッター直6エンジンを積んだ、クラウンやセドリック、グロリアと市場を争うモデルなのだが、営業車仕様を除きデラックスなグレードのみで、ショーファードリブンのウェイトが高かった。
元GMのスタイリストであるハンス・ブレッツナーの手になるボディーは、デザインマジックによって、5ナンバー規格に納まっているとは信じられないほど大きく立派に見えたことも、ショーファードリブン用には適していた。他社のモデルとは異なり、三菱グループ各社の役員専用車という特殊な需要に支えられた結果、“走るシーラカンス”などと呼ばれながら、22年も生き延びたのである。
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プレジデント誕生
翌1965年には日産セドリックがフルモデルチェンジ。5ナンバー専用車に戻り、旧セドリック スペシャルは、戦後型としては初めて専用設計された3ナンバー車である「日産プレジデント」に発展した。そのスタイリングは、社内で2代目セドリック用として進められていたものの、実際にはピニンファリーナのデザインを採用したため、宙に浮いてしまった案をアレンジしたものである。全長は5045mmと国産乗用車としては初めて5mを超えたが、1795mmの全幅はクラウン エイトや同クラスのアメリカ車よりは狭く、縦長の伝統(?)を守っていた。
プレジデントの開発に際し、当時の日産の川又社長が研究車両だったビュイックだかオールズモビルだかのインターミディエート(中間サイズ)のセダンを指して、「これをバラして、そっくりに作れ」と言ったという説を耳にしたことがある。真偽はともかく、そういううわさが出ても不思議はないほど成り立ちはオーソドックスで、当時のアメリカ車とよく似ていた。
エンジンは当時国産最大の4リッターを誇る日産初のV8と旧セドリック スペシャル用を改良した3リッター直6。V8搭載のトップグレードのDタイプは、3段AT、クーラー、国産初のパワーステアリングなどのアクセサリーをフル装備。初代プレジデントは、73年に大がかりなマイナーチェンジを受け、その後もV8エンジンの拡大や直6エンジンの廃止など改良と仕様変更を受けつつ、90年まで四半世紀にわたって作られた。
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ガチンコ対決の始まり
クラウン エイトも1967年、ベースとなったクラウンの世代交代と同時に、「センチュリー」として独立した。2860mmのホイールベースはプレジデントより10mm長いが、全長は4980mmと少々短い。ただし車幅は100mm近くも広い1890mmまで拡幅され、こちらも幅広のプロポーションを維持した。“国産アメリカ車”然としたライバルに対して、どことなく和を感じさせるスタイリングのボディーに積まれたエンジンは、3リッターV8。メカ的にもオーソドックスなプレジデントに比べると凝っており、足まわりは国産乗用車初のエアサスを採用、ステアリングも変わった形式だった。
こちらも82年にボディー前後をリデザインし、エンジンを4リッターに拡大したことを筆頭に幾度もの仕様変更と改良を実施。また89年にはホイールベースを650mm延長したメーカー純正としては国産初となるリムジン、翌90年には150mm延ばした「Lタイプ」を加えるなどして、97年まで実に30年の長きにわたって作り続けられた。これはデボネアの22年、プレジデントの25年を上回る、日本車の最長寿記録である。
市場でガチンコ対決となった初代プレジデントとセンチュリーだが、70年代まではプレジデントが優勢で、月販台数はセンチュリーが50台ならプレジデントは100台、100台なら200台といったように、大まかに言って2倍の台数を売っていた。それが80年代に入ると徐々に差が詰まってきて、半ばには拮抗(きっこう)し、後半になると逆転。今度はセンチュリーがダブルスコアで勝つようになっていった。(後編につづく)
(文=沼田 亨)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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