第69回:三姉妹はエルドラドで未来へと向かう
『早熟のアイオワ』
2014.02.20
読んでますカー、観てますカー
6年前のジェニファーとクロエ
この映画は、2008年の作品である。アメリカの大統領選挙で、バラク・オバマが勝利した年だ。日本では、首相が福田康夫から麻生太郎に交代している。9月にいわゆるリーマン・ショックがあり、世界的金融危機を引き起こした。東日本大震災の3年前で、中国や韓国との関係も今ほど悪化していない。ひと昔前と言ってもいいほど、現在とは世界の成り立ちが違っていたように感じられる。
そんな時代の作品が、なぜ今になって公開されるのか。理由は、キャスティングにある。主演はジェニファー・ローレンス。『世界にひとつのプレイブック』でアカデミー主演女優賞を受賞し、最近では『ハンガー・ゲーム2』や『アメリカン・ハッスル』が公開されている。今やハリウッドを代表する若手俳優となったと言っていいだろう。
もう一人は、クロエ・グレース・モレッツ。『キック・アス』のヒット・ガールである。彼女も『モールス』『ヒューゴの不思議な発明』『キャリー』などで実績を積み重ねている。つまり、2人の人気女優が共演していた映画が発掘されたわけである。撮影時、ジェニファーは17歳だった。23歳となった今は妖艶(ようえん)なドレス姿を披露することもあるが、この映画ではジーンズかバスケのユニホーム姿で、バリバリのティーンエージャーである。役柄では14歳なのだ。
ゴロツキの集う違法賭博の店がわが家
クロエにいたっては、10歳の時の作品である。若いというより、完全に子供だ。それでもすでに今のクロエの原型が認められるところが面白い。映画の中には下着だけのシーンもあるが、エロチックさはみじんもない。小さなガキが洋服を脱ぎ散らかしただけなのだから、当然だ。同時期に公開される『キック・アス/ジャスティス・フォーエバー』でアーロン・テイラー=ジョンソンくんとキスを披露しているのが信じられない。
1976年、アイオワの小さな町で物語は始まる。意味不明な邦題が付けられているが、原題は『The Porker House』。ポーカーハウス、要するに違法な賭博が行われる店が舞台だ。そこがアグネス(ジェニファー)の家である。夜になると集まってくるのは、ゴロツキや遊び人、売春婦たちだ。酒を飲んで酔っ払い、バクチにふける。麻薬でラリっている連中もいるようだ。子供が育つのに適した環境とはいえない。
朝になってアグネスが起き出すと、居間にハダカの男が入ってくる。昨晩、母親がとった客なのだ。妹のビー(ソフィ・ベアリー)が起きてくる前に出ていってくれと言って追い出す。部屋を片付け、食事を作ろうとするが冷蔵庫には何も入っていない。早起きのビーは、アルバイトの新聞配達に出掛ける。ついでに空きビンを集めて売り、小銭を手に入れて駄菓子を買うのだ。
末の妹キャミー(クロエ)は、友達の家にお泊まり。ガラの悪いヤカラが出入りするわが家には帰りたくないということだろう。アグネスがぼんやりしていると、黒人のだて男が入ってくる。バクチで382ドルもうけたと自慢する彼はポン引きで、母親の男でもある。それなのに、アグネスは彼にキスをねだるのだ。背伸びして大人の世界を知り、甘美な誘惑に身をまかせている。しかし、相手は百戦錬磨のプレーボーイ、小娘をたぶらかすなど、赤子の手をひねるようなものだ。
クルマの前列で希望を歌う三姉妹
キャミーは友達の父親と一緒にダイナーに行って食事をしようとするが、朝早いからジュースしかない。
「愛し合っていなくても、子供ってできるの?」
ませた口ぶりで大人と話す彼女は、ポーカーハウスで暮らすうちに耳年増になってしまったのだろう。
家ではようやく起き出してきた母親が、アグネスにそろそろ客をとるように言い渡す。自分の食いぶちは自分で稼げというのだ。小さな田舎町で生きていくには、選択肢は限られる。三姉妹は、明るい未来を思い描くことなどできない。
『ハート・ブルー』などで知られる女優のロリ・ペティの初監督作品である。描かれる物語は、彼女自身が体験した事実に基づいているのだそうだ。過酷な環境から抜け出し、ハリウッドで成功してついに映画を撮るまでに至った。必ずしも商業的に成功したとはいえないが、後に大注目される女優をいち早く共演させたのはお手柄だった。
この作品から2年後、ジェニファーは『ウィンターズ・ボーン』で強い女の新しい姿を演じ、各映画祭の主演女優賞を総なめにする。彼女の芯の強さの原型を、この作品に見ることができるだろう。クロエは『キック・アス』を経て、『HICK ルリ13歳の旅』と『キリング・フィールズ 失踪地帯』で残酷な運命を追体験することになる。
この映画ではついに悲劇が起きてしまうが、物語は絶望のまま終わるわけではない。アグネスは妹たちを連れ、「キャデラック・エルドラド」に乗ってドライブする。前列に3人が並び、カーステレオをかけて『Ain’t No Mountain High Enough』を一緒に歌う。クルマの名はEl Dorado、伝説の黄金郷である。高すぎる山などないと叫ぶ彼らには、希望の光が見えているはずだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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