第339回:ジュネーブショー2014(後編)
来場者減でもジュネーブショーは熱い
2014.03.21
マッキナ あらモーダ!
入場者2万人減少、でも……
第64回ジュネーブモーターショーが2014年3月16日に閉幕した。総入場者数は67万人で、主催者は「微減」とアナウンスしている。しかし、2013年の約69万人からすると、およそ2万人も減っていることになる。さらに2011年が約73万5000人、2012年が70万人台をキープしていたことからすると、減少傾向は明らかだ。また、東京モーターショー2013(約90万2800人)、デトロイトショー2014(約80万人)の各ショーの入場者数が前年よりも増加していることからしても、ジュネーブショーの衰退は否めない。
しかしながら、近未来のトレンドを予感させるものは少なくなかった。ルノーは看板車種の「トゥインゴ」をダイムラーと共同開発し、リアエンジン・リアドライブを採用した。今日のフロントエンジン・フロントドライブ形式のコンパクトカーの基点を「フィアット128」(1972年)とするなら、そしてトゥインゴに倣うメーカーが続けば、実に42年ぶりのレイアウト大転換が起きる可能性がある。
フォルクスワーゲン(VW)グループは、横置き・縦置きエンジン用双方のプラットフォーム共有計画を引き続き進行中だ。広報のクリスティアン・ブールマン氏は、そうした互換性の研究を、「まるで(ブロック玩具)レゴのように」という表現を用いて説明してくれた。削減したコストは、次世代パワーユニットの多角的な模索と開発に充てる。
ちなみに、今回公開した「VW T-ROC」、「イタルデザイン-ジウジアーロ・クリッパー」の両コンセプトカーも、横置きエンジン用プラットフォーム「MQB」を活用していた。
アップルの「Car Play」も、前回記したように、面白い現象を自動車界にもたらすに違いない。かつてiPod/iPhoneの出現によって、七面倒くさいオーディオの調整・操作をせずとも、高音質が手に入るようになった。
同様にカーオーディオやナビゲーションの操作も、Car Playの出現によって、ユーザーインターフェイスは、トゥインゴからフェラーリまで基本的に同じ、簡単なものになってゆくだろう。どのクルマに乗ってもほとんど迷わず、直感的に操作できる時代がやってくる。あとはスピーカーのクオリティーの違いくらいだ。
1970年代、飛行機のオーバーヘッドコンソールを模して、無数のスイッチやカセットテープ挿入口を天井にまで配置したカーオーディオなどは、考古学扱いになる日が近い。
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有識者は、こう見た
ジュネーブショーは、巨大なひとつ屋根という会場レイアウトから、さまざまな知人と出くわす確率が高いのも魅力だ。そうした人々に今回の印象を聞いてみよう。
まずは、クリスティアン・フィリップセン氏。今年70歳を迎える彼は、自動車コンサルタントとして、ルイ・ヴィトンとともに1990年代からコンクールやコンセプトカーデザイン賞を企画してきた、カーデザイン界でつとに知られた名士である。
彼は「ル・サロン・トリスト(悲しいショー)」と切り出した。深刻な経営危機に陥ったベルトーネが消え、ピニンファリーナも恒例の新作コンセプトカー発表を控えたことなどが、その理由だ。
「でも私自身にとって、ジュネーブショー訪問は、もはや半世紀ですよ」と、誇らしげに教えてくれた。聞けば、彼が初めてこのショーを訪れたのは、1963年という。
その彼が「とっても気に入ったクルマがある」とうれしそうに教えてくれたのは、マセラティの100周年記念コンセプトカー「アルフィエーリ」である。たしかに長年のジュネーブ出品車にふさわしい伝統、気品、先進性、そしてほのかなアグレッジブさが巧みにミックスされている。長年のプロは、やはり審美眼が鋭い。
次に会ったのは、ピニンファリーナ時代に数々の名フェラーリをデザインした、レオナルド・フィオラヴァンティ氏(76歳)だ。
2009年から3年にわたりイタリア・カロッツェリア協会の会長も務めた彼は、「今日イタリアのカロッツェリアは、ボディー生産から完全にプロジェッタツィオーネ(開発設計)へと移行し、最大のマーケットは中国であります」と認める。
今回のジュネーブは、体調を崩して来場しなかったジョルジェット・ジウジアーロ氏をはじめカロッツェリアの友人が普段より少なかったものの、それでも例年どおり数多くの人に出会え、旧交を温められたという。「いろいろな人たちと話すから、夕方になっても半分しか会場を見ていませんよ」と、持ち前の穏やかなスマイルをみせた。
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次世代よ、続け
忙しくて会場を回れなかったといえば、昨年も本欄で紹介したフランコ・スバッロ氏も同じだった。「自分の作品と、学生の作品展、両方出しているものですからね」と。
40年前から前衛的なコンセプトカーを毎年発表してきた彼は、今やカーデザイン学校の校長でもある。学校は、CADを駆使する今日においても、板金をはじめとする手作業を徹底して授業に取り込んでいるのが特色だ。1960年代に南イタリアから裸一貫でスイスに来て、富裕層を中心にクライアントを獲得してきた彼ならではのカリキュラムである。毎年、自分の作品とともに学生たちの卒業制作も展示してきた。「今年で開校27周年!」と、スバッロ氏は胸を張った。
さっそく写真をと、ご本人にクルマの前に立ってもらおうとしたときだ。スバッロ氏は、ひとりの若者を引き合わせてくれた。ルドヴィク・ラザレスさんだ。学校の卒業生であるという彼に聞けば、展示しているクルマは1998年に設立した彼の工房で製作したものだという。左右後輪のトレッドを極端に短縮した、事実上の3ホイーラー・スピードスターで、エンジンは「ジャガーXKR」のV8 5リッターターボを搭載している。かつての門下生の脇に立つスバッロ氏の顔は、いつも以上に誇らしげだった。
ジュネーブの未来はわからない。しかし、たとえ大メーカーでなくても、ルドヴィクさんのような世代がイベントを支えようとしていることを目のあたりにし、いちモーターショーファンとして喜びを禁じ得なかったのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。