ダイハツ・コペン 開発者インタビュー
“生き残るため”のスポーツカー 2014.04.14 試乗記 ダイハツ工業技術本部 製品企画部
チーフエンジニア
藤下 修(ふじした おさむ)さん
スポーツカーの楽しさとオープンカーの気持ちよさを、軽自動車規格で実現した「ダイハツ・コペン」が間もなく復活。開発責任者にコダワリのポイントを聞いた。
イメージリーダーじゃない
ダイハツを支えるのは、売れ筋の「ムーヴ」や「タント」、そして低燃費戦線の最先端にいる「ミラ イース」だ。でも、コペンもそれに劣らず重要なモデルだといえる。2002年から2012年まで生産された先代モデルは、ダイハツのイメージリーダーだった。しかし、新型のチーフエンジニアである藤下 修さんはその言葉を使わない。イメージではなく、もっとのっぴきならない役割を担っているのだという。
単にコペンのモデルチェンジということではなく、ダイハツ工業が生き残っていくために必要な技術を、どうやって量産化していくのか。エンジンであったり樹脂パネルであったり、軽量化だったりというさまざまな技術に挑戦していかなければならないということを、コペンという少量生産のモデルを土台にして議論してきました。
いきなり、大きなテーマである。この“生き残るため”という言葉を、藤下さんは何度も口にした。軽自動車の販売が好調で順風満帆に見えるけれど、現場では驚くほどの危機感を持っているのだ。
――初代はスポーツカー受難の時代に登場したにもかかわらず、売れ行きは好調でしたよね。
「初代コペンは成功したのか?」と問いなおす必要があります。言ってみれば、10年かかってたった5万8000台売っただけなんですよ。もちろんご愛顧いただいたのはありがたいことなんですが、生き残るためにはその先を見なければならないんです。
またしても、“生き残るため”が飛び出した。
“買う”ことは終わりではなく始まり
――では、先代より多い台数を売るつもりなんですね?
そういうことです。そのために、お客さんとの関係を見直さなければなりません。クルマを買って終わりじゃないんですよ。今までは、クルマが新車の状態をできるだけ長くたもてるようにするのが販売店の役割でした。でも、“買う”ということが始まりでなければいけない。東京モーターショーに出したコンセプトカーに「future included」というフレーズをつけたのは、そういう意味なんです。
――ただ、スポーツカー市場はなかなか厳しいですよね。
スポーツカー市場を盛り上げたいんですよ。ホンダさんから「S660」が出るのもウェルカムです。一緒にマーケットを広げていけますから。クルマって楽しいなと感じてほしいんですが、一直線で訴求するのは難しい。乗らなければわからないクルマではダメなんです。若い人は、スマートフォンを本体だけでなくケースを組み合わせることでも楽しんでいる。買って終わりではないんです。お客さんとわれわれのコミュニケーションを密にして、新しい関係を作っていかなくては生き残れません。
――そのために、ボディー外板を取り換えられるようにした?
「DRESSFORMATION(ドレスフォーメーション)」ですね。東京モーターショーやオートサロンでお客さまと直接コミュニケーションしてきましたが、樹脂パネルは非常に好評でした。お客さまだけではなく、クリエイターからの反応も多いんです。これまで自動車に関わったことのないデザイナーやアーティストの方から、ぜひやりたいという声がたくさん上がっています。自動車を作ってみたいという気持ちを持つ人は多いんですね。これからコラボが実現していくと思います。
――「D-Frame(ディーフレーム)」と呼ばれる新たな骨格構造を作ったのは、樹脂パネルを取り換えることだけが目的ではありませんよね。
フレームだけですべての性能を持たなければならないわけです。新しいオープンスポーツカーを作るために、モノコック構造を破壊する必要がありました。
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キープコンセプトでは挑戦できない
――D-Frameが「モノコック構造の破壊」であるというのは、インパクトのある言葉です。具体的にはどういう技術なんでしょう。
フレーム構造に似ていてある意味バスタブ構造なんですが、もちろん後戻りではない。古いフレーム構造のように乗り心地や操縦性が悪くならないようにするには、適度な剛性と適度なイナシを微妙なところで止めることが大事なんです。
――そのためには何を?
飛び道具はないんです。だからものすごく時間がかかっていますよ。
運転してみてオープンにしても剛性感が低下しないと感じたと話すと、藤下さんの目の色が変わった。「○○はルーフを外すと曲がらなくなる」「××はリアがまったくついてこない」と語ったが、具体的な車名を出すのは少々はばかられる。とにかく、コペンがオープンカーとして例外的な剛性感を持つのがD-Frameのおかげであることはわかった。そして、運転感覚がFFらしくないことの理由も聞いた。
FRじゃないかという人が何人もいましたよ。そうなるように作ったんです。ロール剛性、ロールセンター、慣性モーメントなど、クルマがうまく運動するための諸元を適正化して、その上でD-Frameによってボディー剛性をしっかり確保する。そしてリアタイヤの踏ん張りを意識して、サスペンションを調整し、バランスを取っていきました。
――それって、目新しいことではないのでは……?
そうですよ。アタリマエのことを、アタリマエにやっただけです。
新型コペンの構想ができたのは2010年1月で、藤下さんがチーフエンジニアに就任したのは2011年の7月。いったん開発を凍結し、新型コペンをどう作っていくのか、根本から議論したという。キープコンセプトなのか、まったく違うものを作るのか。藤下さんの答えは明確だった。
キープコンセプトでは、若い人が挑戦できません。スポーツカーとして骨格から作り直すということで、D-FrameとDRESSFORMATIONの考えが出てきました。ダイハツ全体としてもメリットがあります。樹脂はプレス鋼板のパネルとは製造工程や費用、歩留まりなどが大幅に異なりますが、そのノウハウを知ることができました。タントでもバックドアなどのモノコック構造の強度に関わらない部分を一部樹脂化しています。
藤下さんは、「スポーツカーを作るためにチーフエンジニアになったと思っています」と話した。それは同時に、ダイハツが生き残るための重要な役割でもあったのだ。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=河野敦樹)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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