トヨタ・コペンGRスポーツ(FF/CVT)
壁を壊せ 2020.01.15 試乗記 ダイハツの軽オープンスポーツ「コペン」に、よりスポーティーな「GRスポーツ」が登場。TOYOTA GAZOO Racingがチューニングを施した新モデルは、どのようなクルマに仕上がっていたのか? ダイハツとトヨタのコラボが生んだミニマムスポーツの実力を試す。5年間で激変した自動車業界
コペンに乗るのは2014年の4月以来。まだプロトタイプで、お台場に設けられた特設コースでの試乗だった。その時は将来“トヨタ・コペン”に乗ることになるなんて、想像もしていなかった。5年という年月は、自動車業界を一変させるに十分な期間なのだ。ダイハツがトヨタに完全子会社化されたのは2016年1月である。関係が強化され、ダイハツが小型車を開発してトヨタにOEM供給するなどの成果を挙げてきた。
2017年にはトヨタのGAZOO Racing部門がカンパニー化され、「GR」がスポーツブランドとして明確に位置づけられた。「ヴィッツ」「ノア/ヴォクシー」「ハリアー」などのスポーティーモデルを提供して、トヨタ車全体の走りを底上げする狙いである。そして今回、初めてダイハツ車のGRモデルが誕生したのだ。軽自動車にもスポーティーな走りを求めるユーザーは多いはず。組織の壁を越えた協業は歓迎すべきことだろう。
トヨタにとって、GRのラインナップを拡大できることは喜ばしい。ダイハツとしても、コペンの存在感をあらためてアピールできることはありがたい。発売から11カ月で販売台数が1万台を突破するなど、スタートダッシュには成功したものの、その後は低空飛行。近年の販売台数は年間3000台ほどで推移していた。10年で約5万8000台を売った初代と比べると、期待された成績を挙げているとは言えないだろう。新たにスポーティーモデルが追加されるだけでなく、トヨタの販売網も利用できるのは大きなメリットになる。
現在、GRシリーズは3つのレベルに分かれている。最高峰は専用エンジンが与えられる限定生産の「GRMN」で、ドライブトレインに手が入るのが「GR」。ボディーとシャシーにファインチューニングを施す最もライトなバージョンがGRスポーツである。エンジンやトランスミッションはノーマルのままで、足まわりとデザインのグレードアップが主体だ。
意外にも良好な高速巡航
GRスポーツは、基本的にはサーキット走行を目的とはしていない。あくまでも、日常での走りの楽しさを向上させることを目指している。だから、サスペンションをガチガチにして乗り心地を犠牲にするようなことはないという。サーキットと公道を使って行われたコペンGRスポーツ試乗会のリポートでも、ダイハツが手がけた「S」モデルと比べると快適な乗り心地だと書かれていた。
しかし、走りだすと路面の凹凸はストレートに腰に響いてくる。これがマイルドなのだとすると、「S」モデルは相当に足まわりを固めているということなのだろう。そういえば、ノーマルモデルのプロトタイプも決して柔らかいとはいえない味付けだった。もともとコペンは走り志向のスポーティーな2シーターオープンというコンセプトなのだ。
低速での悪路走行はあまり得意ではないが、入力を受け止めた後の収まりはいいから、スピードを上げるにつれて乗り心地は改善する。意外にも、高速巡航が得意科目である。小さなボディーに似合わず、どっしりとした走りなのだ。ピョコピョコと落ち着きのない挙動を示すことはない。ただ、ステアリングの反応はちょっとシャープすぎるように感じた。トップを上げている限り、風切り音はさほど気にならない。
前述のようにエンジンはノーマルのままだから、パワフルとは言いがたい。発進加速も十分ではなく、料金所から前のクルマについていくにはアクセルはベタ踏みである。フル加速だとエンジンは金切り声を上げる。気分が高揚するタイプの音質ではないので、ただうるさいだけ。エンジンチューンはしないといっても、音質の改善ぐらいはしてもいいのではないか。
先進安全装備は未搭載
高速道路での移動で楽をしようと思っても、アダプティブクルーズコントロールは付いていない。それどころか、先進安全装備の類いは一切搭載されていないのだ。コペンがデビューした当時は、まだそういった装備が普及していなかった。簡単に後付けできるようなものではないらしく、ダイハツの軽自動車ラインナップの中で一台だけ後れを取ってしまった形である。
もちろん、DNGAのシャシーも採用されていない。当時としては斬新な「D-Frame」と称する新骨格構造を使っているが、今後DNGA世代のモデルが増えればこれも旧式となっていくことだろう。GRスポーツでは、補強のためにお得意のブレースを多用する手法を使い、剛性アップを図っている。
ルーフを閉めていると、車内空間は恐ろしく狭い。近ごろの軽はだだっ広いスペースを持っているのが常識となっているので、ことさらに狭く感じる。ドアミラーは耳のすぐ横にあるような感覚だ。ウインドシールドが寝かされているので、包まれ感が強い。ダッシュボードの面積が限られているので、メーターやモニターもミニマムだ。カップホルダーはセンターコンソール後方の使いにくい位置にある。機能が限られているせいで、ステアリングホイールはことのほか簡素だ。オーディオコントロールのスイッチしかないのは、今どき珍しい。
高速道路を降りて、オープンにする。左右2カ所のフックを外したら、スイッチ操作で自動的にルーフが格納される。時間はちょっと長めの20秒ほどだ。これで狭いという感覚からは解放された。横幅は変わらないが、上方には無限大の空間が開けている。外から見ても、オープンにしたほうがはるかにスタイリッシュだ。
快適性とスポーツ性を両立
やはり山道がこのクルマの主戦場である。絶対的なスピードは高くないが、キビキビとした動きでタイトなコーナーを抜けていくのが心地よい。GRコペンはオープンにしてもほとんど剛性感が変わらないので、オープンエアとスポーティーな走りを両立できる。専用のレカロシートはガチガチに体をホールドするタイプではないが、横Gがかかってもしっかりと適正なドライビングポジションを保持できる。
クラシックMini的なゴーカートフィーリングに近いものがあるが、わずかにロールを伴うことでしっかりと路面をとらえているという安心感がある。頭頂部を風が通り抜けていくのを感じながらドライブするのは無上の快楽だ。乱気流というほどではないが、腰のあたりに冷たい空気が侵入するので、暖房だけではちょっと寒い。幸いにしてシートヒーターが付いているのが心強い。
コペンGRスポーツが快適性とスポーツ性をうまくバランスさせているのは確かだろう。一人でワインディングロードを楽しむこともできるし、同乗者に不快な思いをさせない乗り心地も実現している。そうは言いながら、もう少し特別感があれば面白いのに、と考えてしまうのだ。スペシャルなエンジンを搭載したコペンにも乗ってみたい。GR、あるいはGRMN版を企画してほしいと思うものの、実現は難しいだろう。
可能性が高そうなのは、ほかのダイハツ軽自動車のGRスポーツ版を開発することだ。トヨタのミニバンやコンパクトカーにはすでにGRスポーツが存在するのだから、話は早い。「ムーヴ」や「タント」、あるいは「トール/タンク/ルーミー」や「ロッキー/ライズ」のGRスポーツがあってもいいはずだ。「トヨタよ、トヨタの作ったその壁を、壊せ。」というGAZOO RacingのCMがかつてあったが、ダイハツとの壁はすでに取り払われているのだから。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
トヨタ・コペンGRスポーツ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1280mm
ホイールベース:2230mm
車重:870kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:64PS(47kW)/6400rpm
最大トルク:92N・m(9.4kgf・m)/3200rpm
タイヤ:(前)165/50R16 75V/(後)165/50R16 75V(ブリヂストン・ポテンザRE050A)
燃費:19.2km/リッター(WLTCモード)
価格:238万円/テスト車=278万3700円
オプション装備:ボディーカラー<パールホワイトIII>(2万2000円)/樹脂ルーフ&バックパネルDラッピング(5万5000円)/ ※以下、販売店オプション T-Connectナビキット<DCMパッケージ>(19万8550円)/バックモニター<ガイド線なし>(2万2000円)/iPod対応USB&HDMI入力端子(9900円)/ETC2.0ユニット ナビキット連動タイプ<光ビーコン機能付き>(3万3000円)/カメラ一体型ドライブレコーダー<ナビ連動>(4万3450円)/GRフロアマット<デラックスタイプ>(1万9800円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:1115km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:531.8km
使用燃料:34.8リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:15.3 km/リッター(満タン法)/14.9km/リッター(車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。