アウディS1(4WD/6MT)
しなやかに速い末弟 2014.05.28 試乗記 アウディのコンパクトモデル「A1」のラインナップに、高性能な「S1」が加わった。231psを誇るスーパーミニの実力は? スウェーデンからの第一報。いまクワトロが欠かせぬ理由
ドイツ・プレミアム御三家のなかで、引き続きその存在感を強めているアウディ。長年にわたり“不動の3位”(失礼!)に甘んじてきたフォーリングスは、2011年に初めてセールスでメルセデスを破って2位に浮上して以来、いまもその地位を守り続けている。いや、細かく見ていけば“王者”BMWとの差をジワジワと縮めているとさえいえるほどなのだ(いずれも各ブランド単体の年間販売台数で比較)。
もちろん、販売台数が多ければそれでいいという話ではなく、例えばメルセデスの「Sクラス」は相変わらずこのセグメントのトップを独走しているけれど、相対的に見てアウディの人気が高まっているのは紛れもない事実。個人的に、その理由は「デザインが都会的で洗練されている」「目に見えない部分まで手間ひまかけて作り込んでいる」「クワトロやASF(アウディ・スペース・フレーム)など、独自の技術を長年にわたって進化させ続けている」の3つにあるとにらんでいるのだが、いかがだろうか?
中でも、とりわけ重要なのがフルタイム4WDのクワトロだ。いまから30年以上も前に登場したこのテクノロジーが、そもそもオンロード用に開発されたことは皆さんもご存じだろうが、エンジンのハイパワー化が急激に進んでいる現在、その重要性はさらに高まっていると思う。
例えば、ドライ路面で後輪駆動のグリップを失わせるのに100psのエンジンパワーでは心もとないだろうが、300psだったらかなり可能性が高まる。これが500psだと、反対に2輪ではまともに走れないなんていうケースも出てくるはず。でも、4WDだったら話はまるで別で、きちんと設計されたクルマであれば500psのパワーでも余裕をもって路面に伝えることができる。つまり、クルマのスタビリティーを劇的に改善できるテクノロジーが4WDなのだ。
それは小さいクルマにとっても同じこと。いや、小さいクルマだからこそ、その恩恵に強くあずかれるともいえる。
そんな予備知識を頭の片隅に置いておきながら、まだ雪の残る3月のスウェーデンで国際試乗会が開かれた「アウディS1」のインプレッションを読み進んでいただきたい。
足まわりを大幅に強化
全長4m弱のハッチバックボディーに最高出力231psのハイパワーエンジンを詰め込んだ――これがS1の基本的な成り立ちである。ただし、たとえCセグメントであっても、前輪駆動では200psオーバーがひとつの限界だとされてきた。これをひとクラス下のBセグメント(S1がまさにこのクラス)で成立させるとなれば、なおさらなんらかの工夫が必要になる。そこで採用されたのがフルタイム4WDのクワトロだったというわけだ。
もっとも、アウディのSモデルは、(1)スタンダードモデルよりひとクラス上のパワーを持つエンジンを搭載し、(2)クワトロを装備し、(3)足まわりをそれ相応に強化し、(4)内外装を派手にならない程度にお化粧直しする、の4項目がお約束になっているので、実際にはクワトロとすることは最初から決まっていたはず。それでも、S1のコンパクトなサイズを考えれば、クワトロの採用がとりわけ効果的だったことは容易に想像できるというものだ。
しかも、アウディはただクワトロを装備するだけでは満足しなかった。リアサスペンションは「A1」のトーションビームから基本的に「A3」と同じ4リンク式にグレードアップ。これだけでも相当ぜいたくなのに、フロントサスペンションのロワアームがハブキャリアを支えるポイントを25mm下げ、さらに減衰率が強弱2段階で切り替えられる可変式ダンパーを採用した。スプリングや基本的なダンピングレートがA1に比べて引き上げられていることはいうまでもない。ちなみに、ロワアームの取り付け位置変更は、ゴーカート的なハンドリングを実現するために実施されたという。
もちろんエクステリアにも手が入っている。特に注目されるのがリアビューで、テールゲートの一部をブラックにペイントしたほか、リアディフューザーを装備。そこにクロムメッキを施した4本出しマフラーを取り付けるなどしてスポーティーな雰囲気を盛り上げている。
ブラックを基調としたインテリアは、一部にボディーカラーと同色のパネルを取り付けることで、ともすれば暗くなりがちな室内にビビッドなイメージを与えている。また、オプションで用意されているSスポーツシートを選べば、強力なサイドサポートに加えて、クオリティー感の高いナッパレザーの感触を楽しむことができる。
自由自在なフットワーク
……とまあ、スペックだけを並べるとかなりジャジャ馬なイメージのS1だが、実際に走らせてみると、実に洗練されたモデルであることに気づく。
まず、乗り心地がいい。もちろん全般的には硬めな設定だけれど、嫌な突き上げ感がないうえに、ピッチングもよく抑え込まれている。ショートホイールベース(ヨーロッパ発表値で2469mm)のスポーツモデルとしては、例外的に落ち着きがいいといっていいだろう。それは、良質なダンパーと剛性の高いボディーの組み合わせがもたらす質の高い乗り心地の典型で、Bセグメントとは思えないほどどっしりとした印象を乗る者に与える。
そんなどっしりとした印象とは裏腹に、このやや硬めな足まわりは機敏なハンドリングをもたらしてくれる。すなわち、ステアリングを切り込めばほとんどロールすることなく即座にノーズが反応し、狙いどおりのラインをトレースできるのだ。
このとき特に印象的なのが、S1が見せる強い一体感である。ボディー、サスペンション、タイヤがひとつになり、まるで中までみっしりとつまったゴムボールを片手で操っているような手応えを味わえるのだ。おかげで、操作に対する遅れがなく、自分がイメージしたままのドライビングを楽しめる。この軽快感、そして俊敏性はホットハッチの最も魅力的な側面というべきものだ。
もっとも、コンパクトなボディーでただ足まわりを締め上げただけなら、ピーキーで扱いにくいステアリング特性になったとしても不思議ではない。ところが、今回の試乗会ではスノーロードを走るチャンスにも恵まれたのだが、そんな滑りやすい状況でも4輪でしっかり路面を捉えている感覚が伝わってきて、不安を覚えることなく積極的にコーナリングを楽しむことができた。この辺はやはりクワトロの恩恵だろう。
粘りも伸びもある231psユニット
最高出力231psを絞り出す4気筒2リッターターボエンジンは、ボトムエンドから分厚いトルクをレスポンスよく生み出してくれるだけでなく、レッドゾーンの6500rpmまでスムーズに吹け上がる。このエンジンにはポート噴射と直噴を組み合わせたデュアルインジェクションが採用されているのだが、これが全回転域でパワフルな印象を与えるのに役立っているのだろう。
また、アウディ・ドライブ・セレクトでダイナミックを選ぶと、電子的にエンジン音を増幅してドライバーの心を高揚させるサウンドジェネレーター(フロントウィンドウをアクチュエーターで振動させて音を発する)も装備されているが、設定が控えめであまりボリュームが大きくなりすぎないことも、個人的には好感を覚えた。
ギアボックスは6MTのみ。デュアルクラッチ方式のSトロニックにすると前輪荷重が20kg増え、ハンドリングに悪影響を与えることが、採用が見送られた理由だという。ただし、6MTはシフトフィールが良好で、しかも自分でクルマを操っているという実感が強いので、S1にはむしろこのほうが好ましいかもしれない。
ボディータイプは3ドアハッチバックに加えて5ドアハッチバックの「スポーツバック」も用意されるが、ディメンション的に両者にはほとんど差がない。ただし、スポーツバックだと着座位置がやや高く感じられるので、個人的には3ドアのほうが好みである。
S1の日本導入は今秋以降、価格は400万円をいくぶんオーバーするだろう。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=アウディ)
テスト車のデータ
アウディS1
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3975×1740×1417mm
ホイールベース:2469mm
車重:1315kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:231ps(170kW)/6000rpm
最大トルク:37.7kgm(370Nm)/1600-3000rpm
タイヤ:(前)215/40R17/(後)215/40R17
燃費:7.0リッター/100km(約14.3km/リッター)(欧州複合モード)
価格:--円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。