アウディS1(4WD/6MT)
クールなエリート 2015.01.12 試乗記 コンパクトハッチバック「A1」をベースとする、アウディの小さな高性能車「S1」が登場。1980年代に活躍したラリーマシンの名を冠する、ニューモデルの走りは……? 燃費も含め、試乗の結果を報告する。希少なMT専用モデル
先日、国産各メーカーのMT車販売比率(2013年分。軽を含むすべての乗用車が対象)を教えてもらった。
トップは断然スバルで9.6%。最下位は日産の0.3%だった。
実は当初日産は「7%」と回答し、「そんなに高いわけがないと思うんですが……。0.7%の間違いでは?」と問い合わせたところ、実はそれをも大きく下回っており、爆笑の結末となった。国産車のトータルは2%。これでも「トヨタ86/スバルBRZ」の発売により、それ以前に比べるとかなり上昇しているようだ。
では輸入車はどうなのか。こちらの事情も日産と似たり寄ったりで、コンマいくつのせめぎあいになりそうだ。なにしろMT車の設定自体がほとんどないあたりからして、日産と同じである。
MTの本場である欧州でも、AT率は上昇を続けている。先日イタリアで駐車車両のAT率を数えたところ、ちょうど10%だった。かつては数%しかなかったというから、イタリアよお前もか、との感なきにしもあらず。まだたったの10%ではありますが。
そんな中、リリースされたアウディS1は、極めて希少なMT専用モデルだ。「MT車もあります!」ではなく、「MT車しかありません!」というモデルは本当に少ない。しかも、Sトロニックという十八番を持つアウディなのに、だ。しかもしかも、アウディとして「TT RS」以来4年ぶりのMT車なのだ。パフォーマンスより、そのことが最大のトピックではないだろうか。
日本でMT車に乗ることは、それだけでマニアでありエリートであり“もののふ”ではないかと私は思う。かくいう私も先日MT車を手放し、現在自家用車はすべてAT。もののふの立場を放棄してしまった。土下座。
意外な性格のモンスター
S1のベースはアウディのラインナップ中最もコンパクトな「A1」で、3ドアおよび、5ドアの「スポーツバック」が設定されている。今回試乗したのは3ドアのS1。ボディーサイズはスポーツバックとほぼ同じだが、重量は20㎏軽い。3ドアだけに狭い後席の使い勝手も悪く、事実上2シーターに近いという、ピュアなコンパクトスポーツだ。
それだけに、アウディの文法通りのエリート感がムンムンしている。真のエリートらしくすべてが控え目ながら、18インチのタイヤ/ホイールから4本出しのテールパイプまで、発するオーラが微妙に別格なエリート感を醸し出す。
パワートレインはA1とはまるで違う。1.4リッターターボでFFのA1に対して、S1は2リッターターボのクワトロ。かつてラリーシーンに衝撃を与えた「スポーツクワトロS1」の名に恥じない……とまでは言えないが、小さいボディーに大きなエンジンを詰め込んだ点で、極めて古典的な古き良きモンスターである。
その現代のモンスターを実際に走らせるとどうなのか。
それは、まるでモンスターではなかった。
乗り心地はA1より若干硬いかな、程度のものだ。数年前までのアウディは、スタンダードモデルでもこれよりガシッと硬かった。いま、すべてのクルマの、足まわりのしなやかさが年々増しているため、このS1でも、数年前の「A4」よりソフトに感じるくらいだ。もちろんこのソフトさは小さな入力に対する時だけで、ロールはしっかり抑え込まれ、限界は極めて高い。
ホットというよりクール
クルマというものは、スタビリティーが上がれば上がるほど、ドライバーが感じるモンスター感は落ちる。このボディー&シャシーに超フラットトルクの231ps程度はまったく余裕であり、典型的な「メーターを見たら速かった」というタイプだ。
ただし、このボディーに2リッターエンジンだから、重量配分はフロントヘビーになる。なのにワインディングロードを攻めてもノーズの重さは感じない。ノーズが軽いわけでないが、決して重くはない。バランス良好で違和感ゼロ。何も知らなければ何も感じないというナチュラルさだ。荷室のフロアボードを持ち上げると、その下のど真ん中にバッテリーが鎮座ましましていたが、この動きのナチュラルさは、こうした努力の積み重ねのたまものか。
焦点の6段MTは、いかにもアウディらしくカッチリとした金属感に満ちている。ペダル配置も適切でヒール・アンド・トウが容易に決まる。すべてにスキがない。
が、何か物足りない。洗練されすぎていて「ホット」な感覚がないのだ。
もちろん、大雨の中、高速を飛ばすといったシーンでは、抜群のスタビリティーを発揮したが、私が思う「ホット」はそっちではない。逆にそれは「クール」というヤツだろう。アウディドライブセレクトをダイナミックに切り替えると、サスペンションやアクセルレスポンス、サウンドまで野太く変わるが、それでもやっぱりクールだ。
世の中には、ホットよりクールなクルマを求めるユーザーだっている。というかそちらが大多数か。しかしこのクルマに410万円出すのはどうなのか。こういう方向性なら、「A3クワトロ」の方がお買い得じゃないか?
都会で真価を発揮する
が、都内に戻って、都心部の一般道をちょこちょこと走りだした時、私は膝を打った。そうか、これなのか! と。
このクルマは、ハイウェイやワインディングよりも、こうした都会を走るのが楽しいのである。もちろん性能の数分の1しか使い切れないが、都会でこそS1は真価を発揮する。
コンパクトそのもののサイズは、都心部では抜群に扱いやすく、超トルクフルゆえに周囲の流れをリードするのもたやすい。凝縮感満点のフォルム、堅牢(けんろう)そのもののボディーは、都会のビルの谷間を駆け抜けてこそ映える。
231psのエンジンは、1600rpmから最大トルクを発生するのだから、つまり1600rpmで性能を使い切っているとも言えるわけで、むやみに回転を上げる必要はない。高精度な6段MTは、街中で使えるのはせいぜい4速までだが、ワインディングで性能を使い切って走るより、街中をフツーのエンジン回転できびきびと走らせている方が、なぜかずっと気持ちいい。細かくシフトしてその金属的なフィールを味わうたびに、自分が選ばれし者であることを自覚させてくれもする。
この、うんと中身が詰まったコンパクトハッチの本質は、街の遊撃手なのだ(古くてスイマセン)。いや、街のエリート遊撃手か。
都心を駆け抜けるエリート遊撃手は、ドライバーに強い優越感を与え続けてくれた。これなら近所へのお買い物の時でも、優越感バリバリだろう。
(文=清水草一/写真=田村 弥)
テスト車のデータ
アウディS1
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3990×1740×1425mm
ホイールベース:2465mm
車重:1360kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:231ps(170kW)/6000rpm
最大トルク:37.8kgm(370Nm)/1600-3000rpm
タイヤ:(前)225/35R18 87Y/(後)225/35R18 87Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:14.4km/リッター(JC08モード)
価格:410万円/テスト車=471万円
オプション装備:ボディーカラー<ベガスイエロー/ブリリアントブラック>(25万円)/コントラストルーフ(6万円)/BOSEサラウンドサウンドシステム(8万円)/ファインナッパレザー+シートヒーター(22万円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:4436km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(5)/山岳路(1)
テスト距離:254.6km
使用燃料:25.7リッター
参考燃費:9.9km/リッター(満タン法)/10.0km/リッター(車載燃費計計測値)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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