ジャガーFタイプ クーペ(FR/8AT)
驚くほど硬派 2014.09.04 試乗記 ジャガーひさびさの“ピュアスポーツカー”とうたわれる、2シーターモデル「Fタイプ クーペ」。実際の走りは、どれほどのものなのか? 最も廉価なベーシックグレードで試した。遅れて出てきた“ごちそう”
「ユーノス・ロードスター」に「MGF」、さらには初代の「ポルシェ・ボクスター」……そんなオープンモデルたちを所有してきた過去があるからか、自分は「屋根開きグルマが好きなやつ」と思われているフシがある。
もちろん、オープンエアモータリングがもたらす何物にも代え難い魅力は、人一倍理解しているつもり。一本道を森の中へと入った瞬間に、体を取り巻く空気の温度がスッと下がる独特の感覚や、住宅街に差し掛かった際“家庭の献立”が嗅覚を刺激する体験などは、オープンモデルならではのものだ。そう、こうしたモデルが味わわせてくれる魅力とは、「風を切って走る爽快さ」ばかりではないのだ。
……と持ち上げておいてなんだが、冒頭紹介したモデルを所有していた当時でも、実は、ルーフを開いて走る機会は多くはなかった。
四季がハッキリしていて夏は高温多湿な日本では、オープンに適した時期というのは、一年の中でもホンの半月ほど。そんなタイミングで“オープンに適した場所”へと出掛ける機会は、当然さらに限定されてしまう。
「オープンモデルに乗るならば、常に屋根は開くべき」。そんな主義主張の人もいるようだ。が、個人的には、それが真に快適であるシーンでのみ、ルーフを開け放つというぜいたくを味わいたい。
さらに白状すれば、実はオープンモデルであることを理由にクルマ選びをしたことは、これまで一度もなかった。そう、かつて自分が所有した前述モデルたちは、「そんなオープンタイプしか選択肢がなかったから」という理由から選んだものだったのだ。
ボディーの剛性面でも、重量面でも、そして乗り味の質においても、ルーフ部分をカットすれば、そのためにハンディキャップが生まれるのは自明のことだ。それゆえ、「50年ぶりのピュアスポーツ・ジャガー」を標榜(ひょうぼう)するFタイプについても、個人的により“ごちそう”に見えたのは、遅れて登場したクーペバージョンの方だった。
それが、すでに鮮烈な走りをたっぷり味わわせてくれた「Fタイプ コンバーチブル」をベースに、「より速く、より強靱(きょうじん)に、よりシャープに」とアピールされるとなれば、それだけで胸が高鳴るというものだ。
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オープンにはないよさがある
オープンエアモータリングを失う代わりにクーペのボディーが得たもの――それはまず、何とも流麗でいかにもジャガー車らしいと表現するしかない、独特のルーフラインをアイキャッチャーとした見事なルックスだ。
本来ならばリアシートが置かれる空間まで犠牲にして設計されたクーペモデルの場合、その“対価”として優れたスタイリングが得られなければ意味がない。その点、このモデルのルックスは、誰の目から見ても「文句ナシの合格点」だろう。
長いノーズセクションに、リアエンドへと流れるルーフラインの組み合わせは、いかにもスタイリッシュなクーペづくりのセオリー通り。奇抜なディテールを有するわけではないのだが、それでも、走り抜けて行く姿を思わず目で追いたくなってしまうあたり、そのデザインの完成度の高さが表れている。
キャビン部分とテールゲートの幅を強く絞り込んだことでワイドさが強調されたリアビューも、コンバーチブルを大きく凌(しの)ぐ豊かな表情が印象的だ。実際には、1.9mを超える全幅と大きなドアのせいで、狭いスペース内での乗降はかなりつらいことになってしまう。が、「これほどほれぼれする美しさを実現しているのだから、仕方がないか……」と、そんな気にもなる。
そうしたデザインの中で唯一気になるのは、高速走行時にリアエンドのスポイラーが大きく跳ね上がり、後続車に対して、その内部構造物を無防備に見せてしまう点だ。なるほど、このアイテムをあえてリトラクタブル式にしたのは、「格納時こそが本来の姿で、跳ね上げ状態は空力性能を確保するためのやむを得ない措置」なのだろうと理解はできる。
けれども、ここまで破綻のないスタイリングを完成させ、比類なき流麗さを実現させたモデルであればこそ、“裏方”部分にももう少し工夫が欲しかったと、そんな欲も生まれてしまう。
ちなみにそんなクーペのパッケージングには、もうひとつの大きなメリットがある。それは、コンバーチブルでは「航空機内持ち込み可能サイズのキャリーケースがようやくひとつ分」だったラゲッジスペースが、「特大サイズのスーツケースを二段重ねできそう」なくらいにまで拡大されたこと。各ボディーで得られる容量の差は、数字上では約2倍。しかし、実際にクーペのラゲッジスペースは、それ以上に拡大されたと実感できるのだ。
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「強い」一方で「つらい」
今回のテスト車は、3種類用意される中で最も非力なエンジンを搭載する、ベースグレード。もっとも、“非力”とはいっても、3リッターのメカニカルチャージャー付きV6ユニットが発するのは340psの最高出力と45.9kgmという最大トルクだ。車両重量は1720kgだから、パワー・ウェイト・レシオは5.06kg/psにすぎない。他のグレードと同様に8段ATを介することで得られる、0-100km/hの加速タイムは5.3秒。これは、同じ2ペダルの「ポルシェ・ケイマン」が記録する5.6秒を確実に凌駕(りょうが)する。
実際、そんなFタイプ クーペは、「本当にこれがベーシックなグレードなの!?」と思える勢いで加速する。トルコン式のステップATを採用しつつも、アクセル操作に対する駆動力のダイレクト感はMTやDCTと比べて遜色ナシの印象。加えて、後方マフラーエンドからの派手なサウンドが聴覚を強く刺激するので、大方のスポーツ派ドライバーはもうこの加速感だけで、やられてしまいそうだ。
コンバーチブルの同グレード車と変わらないそんな動力性能の印象に対して、明確な違いを感じさせてくれたのは、やはりボディーのしっかり感だった。
記憶の中のFタイプ コンバーチブルに対して、走行時に感じられるステアリングコラムやルームミラーの振動は、明らかに少ない。それら振動の減衰そのものがはるかに素早く行われるので、全体的な走りの質感が向上しているように感じられるのだ。
「AピラーからDピラーへとつながるルーフの梁(はり)に高強度のアルミ押し出し材を用いた」という成果が、まずはこうした部分に表れていると実感できる。「ねじり剛性値はコンバーチブル比で80%増し」というコメントは、まやかしではないということだ。
一方、それほどボディーの剛性感が高いにも関わらず、乗り心地は全般的にしなやかさに欠け、ボディーのチョッピーな動きを封じ込めないために、快適性は今ひとつ乏しい。80km/h付近から上の速度域ではやや改善されるが、それでも長時間のクルージングは少々きつい。この点に関しては、用意される3種類のうち、唯一電子制御式の可変減衰力ダンパーを採用しないこのグレードに、最も低い点数を与えざるを得ないのだ。
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弱点は「死角」にあり
とはいえ、ボディーがしっかりとしたことで、コンバーチブルでも体験済みだったダイレクト感あふれるハンドリングにはさらに磨きがかかっている。ステアリングの操作に対して、素早く、そしてシャープにノーズが動く感覚は、いかにもピュアなスポーツモデルらしい。
前述のようにクルージングシーンの快適性では上位2グレードに差を付けられるが、ワインディングセクションでは、このベースグレードも十分満足のいく走りを味わわせてくれる。
すなわち、“素の仕様”でも意外なまでに硬派なピュアスポーツカーであるのがFタイプ クーペだ。そこに死角があるとすれば、それは文字通り“物理的な死角”だろう。
まずドアミラーが高い位置にあり、周辺の“抜け”も乏しいために、その背後に大きな死角が生まれてしまう。さらに言えば、フロントカウルの位置が高いため、車体前方の死角も大きめ。例えば、下りながら左に大きく回りこむようなコーナーでは、一時的ではあれ、進路のほとんどが見通せなくなってしまうこともある。
パワーは十分でハンドリングもゴキゲンなFタイプというモデル全般から、ボクスターやケイマンのような“人とクルマの一体感”が今ひとつ得られない理由は、どうやらこのあたりにあるように思う。ポルシェ各車を強く意識しながら登場する昨今のジャガー車だが、こうした点にフィロソフィーの違いが見え隠れする。
とはいえ、コンバーチブルよりも150万円以上も安い823万円という価格が与えられたこのベースグレードが、“見ても”“乗っても”2ペダルモデルで844万円という「ケイマンS」を動揺させるモデルであることは確実。
「ジェントルなサルーンのブランド」というイメージからの脱却をもくろむ、ジャガーの意欲的な挑戦は、まだまだ続いていきそうだ。
(文=河村康彦/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
ジャガーFタイプ クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4470×1925×1315mm
ホイールベース:2620mm
車重:1720kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ スーパーチャージャー付き
トランスミッション:8段AT
最高出力:340ps(250kW)/6500rpm
最大トルク:45.9kgm(450Nm)/3500rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20 97Y/(後)295/30ZR20 101Y(ピレリPゼロ)
燃費:9.8km/リッター(JC08モード)
価格:823万円/テスト車=1069万2000円
オプション装備:アクティブスポーツエグゾーストシステム+スイッチ機能(37万円)/パノラミックグラスルーフ(13万4000円)/電動テールゲート(6万2000円)/リアパーキングコントロール+リアカメラパーキングコントロール(10万2000円)/レッドブレーキキャリパー(4万6000円)/ジャガースマートキーシステム(7万7000円)/オートエアコン<左右独立調整式、空気清浄機能付き>(8万7000円)/レザースポーツシート(20万6000円)/ストーンヘッドライニング<モルジヌ>(6万7000円)/スポーツサンバイザー<ミラー付き>(7000円)/ステンレススチールペダル(2万1000円)/スポーツカーペットマット(2万7000円)/ムードランプ(5万7000円)/ヴァレイモード(1万1000円)/MERIDIAN 380W サラウンドサウンドシステム 10スピーカー(17万円)/デジタルTVチューナー(12万1000円)/シートメモリーパック(15万4000円)/エクステリアデザインパック&ブラックパック(43万7000円)/19インチCentrifugeブラックアロイホイール(30万6000円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:7158km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:452.7km
使用燃料:53.2リッター
参考燃費:8.5km/リッター(満タン法)/9.2km/リッター(車載燃費計計測値)
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河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。