ジャガーFタイプR クーペ(4WD/8AT)
“象徴”の最終章 2021.09.06 試乗記 ジャガーのフラッグシップスポーツ「FタイプR クーペ」に試乗。まずはハンサムなフロントマスクに目を奪われるが、575PSにパワーアップした5リッターV8エンジンや熟成されたシャシーの完成度は、そのルックス以上に注目すべきものだった。よりパワフルに進化した5リッターV8
久しぶりに対面したジャガーFタイプは、相変わらずハンサムだった。デビューしたのが2012年だから、間もなく10周年。クルマの世界でいえばかなりの長寿モデルだけれど、古さは感じさせない。
デビュー当初から何度かの小変更を受けてきたFタイプが、最後にお色直しをしたのは2020年の1月である。このとき、縦長だったフロントヘッドランプはLEDのスリムな形状に改められ、フロントグリルも黒いメッシュ仕上げに変更。精悍(せいかん)な顔つきになった。同時に、テールランプも円から直線基調のものに変更され、ひとことで言うとイマ風のシュッとした外観となった。
うまい、と思うのは、時流に乗ってLEDのヘッドランプを与えただけではなく、ボンネットの形状にも絶妙に手を加えたことだ。工夫をせずにライトだけを新しくすると、おじいちゃんがはやりのサングラスをかけているようにちぐはぐな印象になってしまうけれど、このクルマは違う。すっきりまとまっている。
乗り込む前に、「R」のエンブレムを確認。2020年のマイチェンを機に、最高出力が550PSから575PSに引き上げられた5リッターのV型8気筒スーパーチャージドエンジンを搭載したFタイプのハイパフォーマンスモデルだ。
参考までに、現在のFタイプはほかに2リッター直4と3リッターV6という2つのエンジンをラインナップ。それぞれの最高出力は前者が300PSで、後者が380PS。また、最強仕様の「R」の駆動方式は、AWDのみの設定となる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
継承の技で磨き抜かれたシャシー
5リッターV8を始動してスタート。真っ先に感じるのは乗り心地のよさだ。「575PSの最強仕様」という先入観から、足まわりががっちがちに固められていることも予想していたけれど、良い意味で裏切られた。
街なかのせいぜい30~40km/h程度の速度域でも、サスペンションはきちんと仕事をしている。スポーツカー、というかスーパースポーツだから路面からの衝撃はそれなりに伝わってくるけれど、決して不快ではない。
第一に、路面のデコボコを乗り越えた後にサスペンションがしっかりと機能して、ボディーの揺れをすぐに抑え込む。だから乗り心地は辛口ではあるけれど、後味がすっきりしている。このすっきり辛口の乗り味には、ボディー剛性の高さも寄与していると感じる。ボディーがねじれたり歪(ゆが)んだりしないから、サスペンションが常に正しい角度で地面と接し、最高の仕事をすることができるのだ。
もうひとつ、スーパースポーツにありがちな、脳天から体の芯に響くような突き上げがないのは、マイチェンを機に設定を見直されたスプリングと可変式ショックアブソーバーの連携によるものだろう。
パワフルなモデルに上質な乗り心地を与える、というのはジャガーが何十年もかけて練りに練ってきたことで、このクルマにはそのノウハウが結集している。
ノウハウといえば、シートの掛け心地やステアリングホイールの手応えなど、数値化できないフィーリングがずば抜けて良好なのも、継承されてきた技によるものだろう。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
自動変速モードもいい感じ
5リッターV8エンジンのフィーリングは、ちょっとおもしろい。低回転域では、最新のエンジンのようなスムーズさはない。ちょっと引っかかる感じがあるというか、機嫌が悪そうというか、少なくとも「喜んで回っています」という印象は受けない。
ところが、回転数が3000rpm、3500rpm、4000rpmと上昇するにつれ、次第に機嫌がよくなっていく。ちょっとバラついた感触だった音も、一点に収束していく。センターコンソールに位置するエキゾーストパイプのマークが付いたスイッチを押して、通称“爆音モード”を選ぶと、電子制御式のバルブがガバッと開いて、乾いた美爆音を響かせる。
このドラマ感は、エンジン本来の特性というよりも、演出だと考えるほうが妥当だろう。低回転域からモーターのように滑らかに回すこともできるけれど、高回転域での気持ちよさを倍増させるために、あえて低回転域を不機嫌なセッティングにしているように感じる。このあたりも、長年にわたってエンスージアストの心をつかんできた手だれの技か。
エンジンの気持ちよさを陰で支えているのが、ジャガーが「クイックシフト・トランスミッション技術を活用した」とうたう、8段ATだ。指にしっかりとなじむ素材と形状のパドルを操作して変速すると、電光石火でギアを変える。それだけでなく、クルマにおまかせする自動変速のモードで走らせても、いい感じでシフトしてくれるのだ。
例えば加速したいときに、アクセルペダルの踏み加減を敏感に察知してすかさずシフトダウンしてくれるから、ストレスがなくスポーツドライビングを楽しむことができる。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
人と機械の距離が近い
前述のエキゾーストノートに加えて、エンジン、トランスミッション、ステアリングホイール、サスペンションのそれぞれのモードを、別々に設定できるのもこのクルマの楽しいところ。例えば乗り心地は快適なままに、エンジンと音をアグレッシブにすることもできる。ただし、ワインディングロードに入ったら、すべてを「ダイナミック」モードにしたい。
記憶に残るのは、575PSをフルに味わうセッティングにしても、冷徹な機械というよりも、どこかに体温を感じさせることだ。
ステアリングホイールの手応えや体をホールドするのではなく包み込むシートなど、実際に体が触れる部分のタッチがよくて、温かみを感じる。そして操舵した瞬間にデジタルにバキッと曲がるのではなく、動物がパワーを発揮する瞬間に力を蓄えるように、一瞬のタメがあってから曲がり始めるフィーリングも好ましい。豊かなホイールストロークを利してしっかりとロールすることから生まれる、前後がバランスしたきれいなコーナリングフォームも、生き物っぽいというか人間の感性になじむ。
スーパースポーツであるけれど、このクルマは、速く走ることよりも心地よく走ることを重視しているように感じる。そしてそこが、ライバルとの違いだろう。パワフルで精密な機械よりも、人との距離が近い機械を目指している。
ジャガー・ランドローバー社は、2025年までにジャガーブランドの全車をEV化すると発表している。ってことは、あと何年かでこの感動は味わえなくなるのかと思うと、寂しい気持ちになる。けれどもジャガーのスポーツカーの頂点に位置するこのクルマの心地よいドライブフィールを味わっていると、仮にEVになってもジャガーはジャガーだろうという期待が持てる。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ジャガーFタイプR クーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4470×1925×1315mm
ホイールベース:2620mm
車重:1670kg
駆動方式:4WD
エンジン:5リッターV8 DOHC 32バルブ スーパーチャージャー
トランスミッション:8段AT
最高出力:575PS(423kW)/6500rpm
最大トルク:700N・m(71.4kgf・m)/3500rpm
タイヤ:(前)265/35ZR20 99Y/(後)305/30ZR20 99Y(ピレリPゼロ)
燃費:8.4km/リッター(WLTCモード)
価格:1590万円/テスト車=1954万2000円
オプション装備:ボディーカラー<SVOウルトラメタリックペイント ソレントイエロー>(62万6000円)/カーボンファイバーセンターコンソール(6万3000円)/クライメートパック(13万5000円)/MERIDIANサラウンドサウンドシステム(37万9000円)/エクステリアデザインパック(11万1000円)/固定パノラミックルーフ(14万6000円)/プライバシーガラス(7万3000円)/トレッドプレート<メタル、イルミネーション機能&JAGUARスクリプト付き>(5万円)/シフトパドル<アルミニウム>(4万1000円)/パークアシスト(10万7000円)/カーボンセラミックブレーキパック(155万8000円)/サンバイザー<レザー、バニティーミラー付き>(1万2000円)/地上波デジタルTV(13万1000円)/ヘッドライニング<エボニー、レザー>(0円)/12ウェイ電動フロントシート<ヒーター&クーラー、メモリー付き>(21万円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:2217km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:280.3km
使用燃料:34.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.2km/リッター(満タン法)/8.7km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。