MINIクーパーS 5ドア(FF/6AT)
足るを知る人の5ドア 2014.10.10 試乗記 3ドアしかなかったMINIのハッチバックモデルに、ホイールベースを70㎜延長した5ドアが登場。ボディーの造り直しや足まわりの再セッティングなど、メーカー肝いりで開発されたニューフェイスの走りを試す。Aピラーから後ろは別物
3ドアハッチバックに「コンバーチブル」に「クラブマン」、そして「ロードスター」と「クーペ」があって、さらには「クロスオーバー」と「ペースマン」――。と、MINIの陣容も気づけば7車系にまで拡大している今日この頃である。もうさすがにツッコむ隙間もなくなっただろう。なんなら「モーク」にトラック、「マーコスGT」でも復活させてもらって……と冗談めかしていたらば、隙間と隙間の間の隙間にカチ込んでくる第8の車系が現れた。
その名、MINI 5ドア。大枠としては3ドアのボディーをちょこっと延長してのドア追加で、乗降や積み下ろしのアクセス性を高めたというところだ。
……が、積みたい人にはクラブマンがあり、乗せたい人にはクロスオーバーがあるのはご存じの通り。確かにクラブマンのフルモデルチェンジ待ちという現在、もっとも新しいソリューションで作られたMINIであることに間違いはないが、果たしてそこに勝算はあるのだろうか。試乗前から疑問符はつきまとう。
MINI 5ドアのボディーサイズは、3ドアに対して全長で161mm、全高もひそかに11mm拡大されている。長さ方面ではホイールベースの取り分が70mm、残りは荷室およびリアまわりのデザインの調整しろというかたちになるだろうか(数値はいずれも欧州仕様)。そして高さ側の伸びしろは、そのほとんどが後席乗員のヘッドクリアランスに費やされている。つまりAピラーより後ろ側は、全て新規で起こされたパネルやガラスを使用しているということだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
必要にして十分な実用性を確保
肝心の後席の掛け心地に関しては、前後ディスタンスが約4cm伸びたこともあり、レッグスペース的には3ドア比で確実に余裕が生まれている。運転席を、筆者=身長180cmのメタボ体形で無理なきドラポジに合わせてからその後ろに座ってみると、レッグスペースもヘッドクリアランスもほぼピタピタといった感じだからして、標準的な成人男子4名が長居できる空間として、ギリギリのところを確保しているといえそうだ。もちろん男女もしくは女子のみ、あるいは子供や祖父母を乗せるファミリーにとっては、過不足ない実用性が期待できる。ただし、リアドア下端の開口部が狭いため、脚の出し入れには若干気を遣うこと、そして後席背もたれはやや立ち気味でカチッと座ることを前提にしていることは、頭に入れておいた方がいいかもしれない。ちなみに荷室容量はボディーの延長に合わせて3ドア比で2割強拡大しており、仮に大人4人での小旅行になったとしても、ボストンバッグを4つ5つは放り込めるだけの余裕がある。
MINI 5ドアのグレード展開は他と同様、「ONE」「クーパー」そして「クーパーS」という3構成となっており、それに合わせて搭載されるエンジンは、マップ違い等を含めて厳密にはガソリン&ディーゼルで6種類が存在する。うち、日本市場に導入されるのはガソリンのみとなる。最新世代のディーゼルユニットは、現状、残念ながら投入の予定はないという。が、日本市場ではクロスオーバーがディーゼル導入を英断していることもあり、今後の展開には注目しておきたい。
ゴーカートフィーリングは健在
ガソリンエンジンのラインナップは1.2リッター3気筒、1.5リッター3気筒、2リッター4気筒のいずれも直噴ターボとなり、そのパワーはおのおの102ps/136ps/192psとなる。この辺りのディテールは3ドアと同様だ。よってドライブトレインも同じく6段ATがメインとなる。今後、日本仕様に6段MTが採用されるか否かは不明だが、積載力相応のパワーをきっちり引き出すという欧州実用車的嗜好(しこう)で、あえてベースモデルをMTでぶん回すような乗り方をよしとするユーザーは少なからずいるのでは……と思ったりもする。
配車の関係もあって試乗は6段ATのクーパーSのみとなったが、MINI 5ドアの動的な質感は3ドアに対して、まったくといっていいほど差異が見いだせなかった。もちろん傍らにそれがあって乗り比べれば、さすがに乗り心地面などでわずかな違いも確認できたかもしれないが、比較対象がいなければ判別は難しいというほどにキビキビ、サクサクと動いてくれる。聞けば開発陣がパフォーマンスにおいて最も留意したのは、3ドアと寸分違(たが)わぬゴーカートフィールの実現であり、そのためにサスペンションのセットアップは全面変更したというから、気合の入り方はハンパではない。
と、そこでみえてくるのがクラブマンでもクロスオーバーでもないMINI 5ドアのポジションだ。つまりは日々の生活で不便を感じさせない実用性と共に、もっともピュアなMINIのハンドリングに限りなく同等のものを供するというのがその立ち位置ということになるのだろう。そこにどれほどのニーズがあるかは計りかねるが、成り立ちが普通のBセグメント5ドアに限りなく近いことを思えば、特に「アウディA1スポーツバック」辺りとはユーザー層がかぶることになるかもしれない。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
クラブマンでもクロスオーバーでもなく
ただしMINI 5ドア、アジリティーで頑張ったぶん、乗り心地方面もホイールベース増の恩恵がまったく感じられないほどに普通のMINIである。3ドアに対してアシがやや引き締められていることもあり、ピッチング傾向はホイールベースの延長分を相殺。このモデルだからこそのプレミアム感はライドコンフォートにおいて望めそうもない。もっとも、MINI 3ドアは現在のBセグメント的水準でみても相当乗り心地には長(た)けているから、ファミリーカー的なニーズに照らしても総じて大きな不満が出ることはないだろう。
つまるところ、MINI 5ドアの供するところは、走ることにおいて3ドアと限りなく同じのままに、実用性だけをアドオンしたということになるだろうか。クラブマンで感じる後ろが遅れてついてくる印象や、クロスオーバーで感じる上屋の高さがロールにまとわりつく印象……と、それらは共にちょっぴりの差なのだが、それでも看過できないというパフォーマンス命のお父さんが、家族への免罪符として5ドアを選ぶということは十分考えられる。あるいは日常に多分な余剰を求めず、ジャストサイズに囲まれることを由とする暮らし向きに共感する人にとっても、このクルマはちょうどいいものと映るだろうか。いずれにせよ、自身の生活観に引き算的な発想がなければ、選ぶことが難しいクルマである。例えば並盛りと大盛りの価格差が50円しかないラーメンがあったとすれば、僕を含めて多くの人は、食べ切れないかもしれないのについ大盛りを頼んでしまうだろう。そこであえて並盛りを頼める意志や信念の強さがあるか否か。MINI 5ドアは、大盛りの誘惑に勝った人が選べる、ある意味ミニマリズムへの踏み絵のようなクルマかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=BMWジャパン)
テスト車のデータ
MINIクーパーS 5ドア
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4005×1727×1425mm
ホイールベース:2567mm
車重:1240kg
駆動方式:FF
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:192ps(141kW)/4700-6000rpm
最大トルク:28.6kgm(280Nm)/1250-4750rpm
タイヤ:(前)205/45R17 88W/(後)205/45R17 88W(ミシュラン・プライマシー3)
燃費:5.4~5.5リッター/100km(約18.2~18.5km/リッター、欧州複合モード)
価格:350万円/テスト車=--円
オプション装備:--
※価格のみ日本仕様、その他の数値はいずれも欧州仕様のもの
テスト車の年式:2014年型
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
![]() |

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。