第370回:噂のネット配車ハイヤー「UBER」にパリで挑戦してみた
2014.10.24 マッキナ あらモーダ!既存タクシーを揺るがした新システム
「26歳を超えてもバスに乗っている男性は、失敗者と自覚してよい」というのは、マーガレット・サッチャー元英国首相の語録である。
お抱えドライバーに任せて運転から解放された生活を夢見るボクだが、とうの昔に26歳を超えてしまった。かわりに、家の前を通過するバス路線の時刻表を完璧に記憶し、使っている。サッチャー氏からすれば失敗者代表である。恐らくこの先も運転手を雇える人生とはならないだろう。唯一できるのは、自動運転「グーグルカー」の頭金をためておくことくらいだ。
運転手といえば、近年ヨーロッパでも話題になっているサービスに「UBER(ウーバー)」がある。スマートフォンを活用した配車サービス(仲介業者)だ。2009年に米国カリフォルニアで考案された。
客がスマートフォンの専用アプリケーションで配車手配すると、近隣にいるドライバーや車両のタイプが表示される。車両にタクシーメーターは装備されていないかわり、概算料金や予想所要時間は、検索時点でわかる。
東京では、タクシーとハイヤー双方が呼び出せるようになっているが、ヨーロッパの場合、あんどんを付けたタクシーは選べない。
米国発のこの新しい配車サービス、ヨーロッパでは既存のタクシードライバーたちとたびたび衝突を巻き起こしてきた。
最も記憶に新しいのは2014年6月だ。各国大都市のタクシードライバーたちが一斉に、ウーバーや類似するインターネット系配車システムの排除や適正化を行政に求めるため、同時ストライキを決行したのだ。その後もタクシードライバーたち(とそのロビイスト)対ウーバーで綱引きが続いている。
7月、ロンドンでは市の交通局がウーバーを「合法」と判断。いっぽうで9月にはフランクフルトの地方裁判所がドイツでのウーバー営業を禁止した。同じ9月イタリアでは、ジェノバでウーバー向けハイヤー営業をしていたドライバーが市警察によって1700ユーロ(約23万円)の反則金が課せられたうえ、車両が差し押さえられた。10月にはベルギーでも「従来の旅客輸送に関連する法律を逸脱している」との理由でウーバーを禁止した。
ヨーロッパでこの問題を論じるには、従来のタクシー運転手と利用客、双方の立場に立って考えなければならない。
欧州の多くの国でタクシー運転手は個人が多い。営業許可証を手に入れて開業する。加えて、自治体が実施する資格試験を受け、無線配車組合に加盟する必要がある。
許可証の数は地方自治体が管理しているため、誰かが廃業して空きがでるまで手に入れることはできない。許可証の価格は手放す人との交渉により異なり、イタリアやフランスの場合、円換算で2000~3000万円が相場だ。
そのように苦労して取得した権利を、新興のウーバー登録運転手に奪われたくない、というのが彼らの本音なのである。
いっぽう利用客の側からすると、既存のタクシーに決して満足しているわけではない。指定の乗り場に行っても、混雑する時間帯や悪天候のとき(つまり客が多いとき)は一向にクルマが来ない。またそうしたときは電話で呼び出しても、オペレーターが出にくい。イタリアなどでは、通話の途中でブチッと切れてしまったりすることもある。
この慢性的車両不足状態は、既存ドライバーのロビー活動で台数が増やせないことが理由としてある。例えば、ボクが住むシエナは人口が約5万4000人で、年間を通じて観光客が押し寄せる街だ。多くの路線バスの最終が夜9時前という交通事情にもかかわらず、公認タクシーはわずか50数台にとどまる。個人的には、イタリアでウーバーがもっと充実すればよいのにと思うことしきりだ。
パリでウーバーを呼ぶ
フランスのパリも、既存のタクシーとウーバーとの間で紆余(うよ)曲折があった。2014年1月には、ウーバーのドライバーが乗客を輸送中に、タクシードライバーたちから襲撃を受け、クルマが破壊される事件が起きた。近年パリのタクシーは、ビッグスクーターを用いた「モトタクシー」といわれるニ輪タクシーにも顧客を奪われていただけに、さらに鬱憤(うっぷん)が募っていたのだろう。
そうしたなか、同じ1月に、ルールを制定することで、タクシーとウーバーの共存の道が図られた。そのルールとは「ウーバーは客のリクエストを受信してから15分以内に客を乗せてはいけない」というものだ。
先日、国際自動車ショーの取材でパリに赴いた機会に、ボクもウーバーを体験してみることにした。通常ボクは、どこの街でも極力タクシーは使わない。太川陽介+蛭子能収の人気旅番組『ローカル路線バスの旅』には及ばないが、電車もしくはバス網を駆使して交通費を節約している。
パリ・オルリー空港から市内間もしかり。空港バスと路線バス最低2本を乗り継いでセーヌ左岸の貸しアパルトマンとの間を往復してきた。しかし今回予約した飛行機はいつもより遅い到着で、路線バスのラッシュアワーともろにぶつかってしまうことから、ウーバーを利用するチャンスと判断したのだ。
午後6時過ぎ、オルリー到着。ウーバーのアプリ使用開始だ。
ただし、ボクが普段イタリアで使用しているモバイルWiFiルーターは、フランスでは機能しない。そうかといって、スマートフォン本体の高額なローミングを使う気もない。そこで空港内の無料WiFiサービスを活用することにした。自宅でイメトレしておいた要領でアプリを操作すると、例の「15分ルール」より短い約10分で到着する旨表示された。ドライバーの顔写真も載っている。車両は「オペル・インシグニア」のようだ。料金は35ユーロ(約4800円)。空港内の観光案内所が示す一般的タクシー料金とほぼ同じといってよい。
ドライバーがボクを発見しやすいようターミナルの外で待つことにしたが、外に出た途端無料WiFiの電波が弱くなった。ヒヤヒヤものだ。やがて、オペルが間近に着いたことが画面の地図上でわかったので、WiFiが切れるのを覚悟でそちらの方向にボクは歩きだした。
「できれば、車体色も表示してくれれば探しやすいのに」というのは、このときのボクの感想である。
間もなくドライバーらしきお兄さんと出くわした。相手は「ミスター・オオヤですか?」というので、ボクはオペル・インシグニアのドライバーさんですか?」と確認した。
インシグニアは、一般タクシー乗り場の脇にある運転手付き車両の一時駐車スペースに止まっていた。隣には同じくウーバーと思われる「メルセデス・ベンツEクラス」がいる。
ドライバーさんはスーツケースをトランクに載せたあと、ボクが頼まなくても後席ドアを開けてボクを乗せてくれた。タクシーにはない振る舞いである。ちなみに彼はネクタイ&スーツ姿。これもハイヤー規格だ。
車内は一般のタクシーよりも清掃が行き届いている。スマートフォンの充電アダプターもある。アームレストにはミネラルウオーター、キャンディー、チョコなどが詰められている。聞けば、どれも「無料です」と教えてくれた。ちなみに彼の隣、助手席の足元には、次のお客さん用と思われるウオーターのボトルが束で置かれていた。
がんばれ、パレスチナ人お父さんドライバー
市街に向かう高速道路に入ってまもなく、30代前半とおぼしきそのドライバーさんは一冊の雑誌を渡してくれた。見ると『マリ・クレール』の中国版である。表紙の中国人女性モデルがファッション・ウイークでパリ滞在中、彼は事実上お抱えドライバーに指名されていたらしい。「さっき、次の仕事場所であるイタリアに旅立ちましたよ」と教えてくれた。
「ということは、少し前まで、このモデルさんがボクの席に座ってたってこと?」というと、彼は得意げにうなずいた。
「雑誌、差し上げます」としきりに勧めるので聞いてみると、彼はボクが中国語をすらすら読めると勘違いしていたことが判明した。
やがてパリ市街に入ると、夕方の渋滞にはまってしまった。
ドライバー氏と再び会話が始まる。聞けば彼はパレスチナ人だがエジプトのカイロで長年を過ごし、パリに移り住んでからレストランで働きながら車を買ったのだという。「インシグニアは、車内は広いし、スタート&ストップも付いてて、とてもいいですよ」
今はウーバーともうひとつ別の配車サービスに登録し、ふたつのスマートフォンを駆使しながら仕事をこなしている。
「リラックスする音楽をかけましょう」と言って、iPhoneを操作してかけてくれたのはレバノン人歌手の曲だった。
家には奥さんと、ふたりの子供がいるという。「普段の生活で子供たちはフランス語主体。私としては、さまざまな国で使えるアラビア語をもっと勉強してほしいのですが」と。
今夏は家族そろってフランス西部の港町ラ・ロシェルでバカンスを過ごしたという。そのとき撮った家族写真をスマートフォンの画面に呼び出し、うれしそうに見せてくれた。
15区の貸しアパルトマンまでの所要時間は56分。かなり時間が掛かってしまったが、料金はアプリ上の概算どおり35ユーロだった。すでに登録してあるクレジットカードで自動的に決済が行われるので、降車時にはカードを提示することさえしなくてよい。
チップに関して明確な規定はないが、事前の情報によると、欧州では「料金に込み」というのが大方の解釈らしい。
ただし走行中にドライバー氏が何気なく話していたところによると、例の中国人美人モデルからは人民元でチップをもらったそうだ。そのついでに「ユーロに換算するといくらでしょう?」と尋ねられた。
そのときは「だからボクは中国の人じゃないんだってば!」と口に出かけたが、日本人代表として、チップを渡すことに決めた。財布の底に残っていたわずかなユーロ硬貨をかき集め、「これでコーヒーでも飲んでください」と渡した。
35ユーロはバスより高いが、ボク同様異国で奮闘している外国人からの「ファイト分けてもらい代」と思えばよい。もちろんパリでは普通のタクシーでも外国人に遭遇する確率はきわめて高い。しかし車内が清潔で対応も丁寧なクルマに当たるとは限らない。そう考えると、ウーバーの料金は十分納得できるものである。
頑張るパレスチナ人お父さんドライバーは、次の客のために後席を整えてから、ビルの谷間にエッフェル塔が光る夜の15区へと消えていった。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、OPEL)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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