マツダ・ロードスター プロトタイプ(FR/6MT)
基本は変わらない 2015.03.10 試乗記 ライトウェイト・スポーツカーの原点へ回帰した4代目「マツダ・ロードスター」。その走りは、操ることの楽しさに満ちていた。伊豆のクローズドコースでプロトタイプのステアリングを握った。FRの原体験がよみがえる
それは必死のバイトで手に入れて青春を共に過ごした「ハチロク」や「シルビア」でもいい。もっとさかのぼれば、父親から譲ってもらった家の「サニー」や「ランサー」を思い出してもらってもいい。
話はなにも、初代ロードスター「NA6CE」の再来というだけではない。免許をとって間もない頃、最も新鮮で濃い思い出を紡いだクルマがハンディーなFRだった――そういう世代にとって、新しいロードスターは恐ろしい魅力を備えている。クラッチをつないだ瞬間、よみがえる感動は何にも代えようがない。他人、いや、他車のコピーを借りれば「好きになるのに、1秒もいらない」というやつだ。
一般的なプロダクションレベルで実現した1トンのFRが、今、どれほどの価値を持つか。そんなことは、読者の皆さんには説明の必要もないだろう。
何のためらいもなくスッと路面をつかんで爽やかに蹴りだすその振る舞いは、同重量のFFとも、倍以上の出力のスポーツカーとも違う。このマスと駆動輪との絶妙な関係があってこそ醸し出せるものだ。
それはもちろん、奇跡の惑星直列ではない。まず目標とする重量があり、次に必要なパワーを想定し、それを成立させるための剛性や要件を担保しながら、考えうるあらゆるファクターを削りぬいてたどり着く、練りに練りこまれた周到なものである。
マツダでなければ作れない
思えばあれは、今から6、7年前のこと。とあるマツダのお偉いさんと、取材終わりからの夕食を共にする機会があった。酒の力を借りてのぶしつけで、こちらが聞きたい、いくつかの疑問の中には、もちろん次期ロードスターの進捗(しんちょく)状況もあった。いつ切りだそうかとタイミングをうかがっていたところ、軽量化への取り組みの話から、そのお偉いさんがツルッと口にした一言が僕の酔いを吹っ飛ばした。
「今、現場にハッパかけとりますわ。やるんじゃったら800kg台くらい目指さんかと」
言うまでもなく、それは次期ロードスターのことを指していた。しかし800kg台って、マツダは「エリーゼ」でも作ろうとしとるんかいな……。
さすがにそれは、誰もがツッコミたくなる無理な話ではあった。しかし企画の段階であれば、それくらい振り切れた究極を考えるべきだというサジェストは、思えば圧縮比の常識をまず疑ってかかったスカイアクティブ系エンジンの開発の端緒ときれいに符合する。
こういう、キーマンのむちゃ振りがなんらかのブレークスルーにつながるという話は、実は現在のマツダの好調の根底にあるのではないだろうか。パワハラ知らんがなの上下関係で生きてきた昭和世代には、困ったことにそれがまた美談として突き刺さる。
話はそれたものの、新型ロードスターの誕生の背景ではそういうことも耳にしたわけで、相応の模索があったことは想像に難くない。しかもこのクルマの開発はリーマンショックを境に一度ご破算となり、新たなあり方を構築するというプロセスをとっている。これは僕の想像だが、そこでは原価や売価にまつわる条件も、ひときわ引き締められたはずだ。
そういうことを鑑みるにつけ、よくぞここまでたどり着いたものだとしみじみする。だからもう、転がり始めの甘酸っぱい軽さを体感した時点でマツダの勝利を確信した。これはすごい。よそでは絶対に作れないと。
1.5リッターがベストの予感
そして走り込めば走り込むほどに、確信は確証へと変わっていく。
寸法と重量を思えば、がぜんしなやかな乗り心地やねっとりしたスタビリティー。つまみ上げられたフェンダーの両峰越しとなる前方視界の、機能と官能の両立ぶり。ペダル類の配置や操作力、シフトストロークも車格に対して完璧なら、わざわざ握り径を細身に仕立てたステアリングの操作感も、クルマの繊細な動きを引き出すのにピッタリと合わせこまれていること。そして今どき珍しいほど低く開放的なショルダーライン……。
唯一、残念に思えたのは、後ろへ振り返った際、バルクヘッドの高さに若干の圧迫感を覚えたことくらいだろうか。
マツダのレシプロエンジンには特段の期待もない僕にとって、望外だったのはエンジンの気持ちよさだ。1.5リッターの4気筒は「アクセラ」に搭載されたそれをベースに大きく手を加えたものというが、アクセラの時にも感じていた素性の良さが、いいあんばいに高回転側へと増強された印象だ。
レッドゾーンの7500rpm直前までしっかり力を盛り上げ、緩やかにドロップさせるパワーカーブの描き方。実はライトウェイトオープンにこそ大切な粘り強く厚みのある低回転トルクの盛り方。そしてそれらをきれいにつなげ、まとめる自然吸気らしいサウンドデザイン。
そのいずれもが走りのキャラクターにピタリとかみ合っている。欧米向けには2リッターが設定されるとの話もあるが、個人的にはそれに乗らずとも、この1.5リッターこそが新型ロードスターにベストだとすでに決めつけているほどだ。
再び「だれもが、しあわせになる」
それでも気になるところを挙げるとすれば、それはコーナリングの姿勢作りについてだろうか。数多くの写真をみてもお分かりの通り、新型ロードスターは足まわり長がたっぷりしていて、そのロール量も軽量スポーツカーのそれとしては相当に多く感じられる。
実際のドライブでもそれは感じられるところだが、一方でステアリングを握る側に不安はまったくない。そのトラベル量から察するに、対地角はどうなってるんだろうと思うほど、タイヤはベッタベタに地面を捕まえていて、とことんグリップ力を使い抜いているからだ。この感覚はフランス車に似ていて、マツダがダイナミクスの構築のために「ルノー4(キャトル)」を研究したという話が一本の線でつながる。
しかし普通のクルマならいざしらず、ことスポーツカーとしてみれば、ほんのささいなGから車体がそこまで正直に動かなくてもいいかなという気がするのも確かだ。マツダは車両側からのフィードバックとドライバーの操縦実感を一体化させるために過渡域でのダイアゴナルの姿勢を重視しているが、振り返れば新型ロードスターの場合、肩からコーナーに向かっていくかのような姿勢が発生するタイミングがちょっと早い。ちょっと机上論に引っ張られすぎてるから、もう少し軽い気持ちで作ってみない? と肩でももんで差し上げたくなるような、そんな癖が見受けられる。
もっともそれは、軽さが七難隠すという言葉を用いるまでもないほどの、あえて強いてのイチャモンのような話だ。何人(なんぴと)といえども構えることなく楽しく気持ちよく走れ、多少の不便さえ甘受するならば、維持にまつわるエネルギーも普通のクルマと何ら変わらない。くしくも、マツダが初代ロードスターの発売時に掲げたコピーは「だれもが、しあわせになる」だ。四半世紀前とやってることは寸分違わぬことにまた、クルマ好きは思わずにんまりさせられる。
(文=渡辺敏史/写真=マツダ)
テスト車のデータ
マツダ・ロードスター プロトタイプ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3915*×1730×1235mm
ホイールベース:2315mm
車重:1000kg
駆動方式:FR
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:131ps(96kW)/7000rpm
最大トルク:15.3kgm(150Nm)/4800rpm
タイヤ:(前)195/50R16/(後)195/50R16
燃費:--km/リッター
価格:--万円/テスト車=--万円
オプション装備:--
*全長はライセンスプレートなしの数値。
※データはすべて暫定値であり、変更されることがあります。
テスト車の年式:--年型(プロトタイプ)
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:トラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。