スズキ・アルトX(FF/CVT)
デザインに見とれてはいけない 2015.03.19 試乗記 このインパクトのある“顔つき”がとかく話題になりがちな新型「アルト」だが、デザインばかりに目を奪われてはいけない。このクルマの見どころはその奥、しっかりとしたボディーにこそあるからだ。上級グレードの「X」に試乗し、アルトの“軽自動車力”を探った。CVTが人気とは思うが……
アルトを最初にティザーサイトで見たときはトキメいた。そして「フォルクスワーゲンup!」を連想した。もちろんスズキの軽自動車が、フォルクスワーゲンのクルマのように作られているとは思わない。そして、それを求めるつもりもない。
しかし一時、提携関係にあった相手を、スズキが意識しないわけはないだろう。彼らは彼らなりに小さなクルマへの回答をアルトに詰めたのではないだろうか? そうだといいな……と筆者は思ったのだ。
今回試乗したのは、最も燃費が稼げるグレード、CVTを搭載する「X」である。155/55R15サイズのタイヤ(試乗車はブリヂストン・エコピアだった)を履いた、いわば一番の売れ線モデルだ。でもこのCVTモデルは本当に“稼げる”のか? 試乗する前にちょっと考えてみた。
ご存じの通り、アルトにはこのCVTと、シングルクラッチを油圧制御で自動変速する5段AGS、そしてコンベンショナルな5MTという3つのトランスミッションが搭載されている。JC08モード燃費は順に37.0/29.6/27.2km/リッターで(FF車の場合)、価格はCVTの「X」が113万4000円、5AGSの「F」が84万7800円、5MTの「F」が同じく84万7800円だ。つまり、CVTとそれ以外のトランスミッションの価格差は約30万円。これを燃料代で埋めるには何年かかるのか……。考え始めて、途中でやめてしまった。
おそらくユーザーは「燃費」の2文字でこのCVTモデルに飛びつくと思う。しかしアルトのそれは、なんのへんてつもないCVTである。アクセルを踏み込んだとき常に滑っているような感覚や、高速走行時の作動音がちょっとな……というのであれば、気持ちよく、かつ楽しく乗れて、燃費も悪くない5AGSにした方がよほど“健康的”な選択だと思う。
5AGSはマニュアルモードでのシフトスピードも速いし、なによりロボタイズドクラッチの制御(クラッチのつなぎ方)が丁寧だ。トルクが小さいから、滑りを利用できるのだろう。この出来栄えは、同じシングルクラッチ式を採用するフィアットの「パンダ」や「500」を超えている。個人的には5AGSに強く引かれている。
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街中で本領発揮
さて、そんなアルトで東京をたち、東名高速道路、そして小田原厚木道路を経由して、箱根のターンパイクまで行ってみた。だがはっきり言ってしまえば、アルトは長距離ランナーではない。もちろん長距離も“こなせる”けれど、むしろその的はタウンユースに絞られている。
まず、ステアリングとの連携が一番よくなるドライビングポジションは、直立気味に座ったときだ。ステアリングのギア比はとりわけ速くはないのだが、中立付近がやや過敏で、加えて切り込んでいくとグイッと一気に曲がり込むポイントがある。
そんな傾向があるので、高速道路で背もたれを傾かせたポジションで運転すると、イメージよりも曲がりすぎて最初は驚かされる。また、ダンパーもストロークし始めの領域が柔らかいため、ロールの初期で踏ん張り感がなく、ちょっとした操作で過敏に動いてしまう。
一方、3気筒の自然吸気(NA)エンジンはスッキリとした味わいだ。CVTと連動することでノイズは大きくなるが、80~100km/h付近での伸び感は滑らかで、必死に走っている感じがあまりしない。
そして走りの舞台を街中に移すと、アルトは本当にクイクイとよく走る。サスペンションの剛性バランスがタウンスピードにバッチリ合っているのだ。ダンパー自体はお世辞にも高級とはいえず、安っぽさが拭えないが(失礼!)、軽い車体がその乗り心地をも補っている。NAエンジンの瞬発力も見事で、信号ダッシュから街中の流れに乗るまで、なんら引け目を感じることはない。
このボディーがあればこそ
そんな具合だから、アルトでワインディングロードに行って、その良しあしを語るなんてあまり意味のないことだろう。燃費を著しく悪化させるだけだ……とも思ったのだが、そこはまあテストなので、一応行ってみることにした。そしてわかったことがある。初期ダンピング領域は街中に合わせてあるから“ヘコヘコ”なのだが、そこから先はグッと粘るのだ。この挙動はエコピアのグリップ性能の高さと、中速域以降のダンパー減衰力の強さによってもたらされるものだろう。
つまり、それなりに深いロール角を与えてしまえば、アルトは結構なスタビリティーを伴って、コーナーを貼り付くように走る。またサスペンションはロールしてからのアライメント変化もなく、足元がビタッとおさまってくるのがわかる。
もっとも、だからといってアルトは峠が抜群! なんて言う気もさらさらない。ワインディングロードでわかったのは、フロア剛性の高さである。ここがシッカリしているから、ダンパーを多少ケチってもアシが素直に動くのだ。
先にも触れたが、その剛性感には650kgという軽さも効いている。軽さは動きの軽快感にのみ表れるわけではない。各部への負担が少なくなることで、シッカリ感を際立たせるのだ。そしてイマドキの軽自動車としては低いルーフが、重心を下げてくれている。
このシッカリとしたボディーこそが、アルトというクルマの魅力の根源を作っているのだと思う。だから、内装をペラペラにしようが、ダンパーをケチろうが、ボンネット裏の塗装を端折(はしょ)ろうが、あるいはリアハッチのヒンジがうそみたいに細かろうが、そんなことに文句を付ける気がなくなってしまうのである。
これぞ真の“軽”である
フォルクスワーゲンup!は、どこまでも行けるマイクロカーだ。実際、筆者は東京から博多まで運転したことがあるが、これが思ったほど苦にならなかった。アルトに比べて圧倒的に質感の高いハンドリング、しなやかで強いアシコシ、電池を搭載することまで考えて作った、想像以上の高いボディー剛性……。それらがあるから、長旅もまったくもって平気なのだ。
一方、アルトにはこのシッカリとしたボディーがある。だから、もしスズキがダンパーやブッシュといった操縦安定性の向上に効く部分にもっと金を掛けていたなら、北海道でもどこでも行く気になったろうと思う。
こうしたアルトのハンドリングについて話そうとすると、スズキのスタッフからは必ずや「ベースモデルですから」というリアクションがくる。さらには「GT的な性能を求めるなら、後に控えるモデル(「ターボRS」のことだ)がありますから……」と言う。でも、そうじゃない。一番売れるベースモデルだからこそ、誰もがわかるしっかりとしたハンドリングが必要なのだ。
日本では、スズキでいえば「ワゴンR」、ダイハツでいえば「ムーヴ」などのトールワゴンが圧倒的なシェアを誇っている。そこにオーソドックスなスタイルのアルトが食い込み、シェアをひっくり返すなどということは、まずないだろう。なぜなら日本人のコンサバな国民性をひっくり返すだけの強烈なパンチは、デザイン以外残念ながらないからだ。
それならば、なぜスズキはこんなクルマを再び世に問うたのだろう?
トールワゴンの広い後部座席や荷室を本当に必要としている人はさておき、そうでもないのに、まるで保険を掛けるかのようにそういったものを手に入れたがる人たちに、ジャストサイズなクルマの楽しさを、今一度、教えたかったからではないのだろうか? 少なくとも筆者はそういったメッセージを受け取ったし、それに同意してくれる人も少なからずいると思う。
だからこそ、スズキには――別にドイツ車的な価値観を押しつけたいのではないのだけれど――もっとプライドを持って作ってほしいと思っている。スズキはこの乗り味を「ユーザーが求める味」と言うかもしれない。でも、それは違うのではないか。この乗り味は、誰あろう、スズキがよいと思っている乗り味である。
人目を引くデザインなんてアッという間に飽きられる。でも乗り味は、飽きられることはない。クルマはやっぱり、乗った印象こそが一番大切なのだと思う。
(文=山田弘樹/写真=小林俊樹)
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テスト車のデータ
スズキ・アルトX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1500mm
ホイールベース:2460mm
車重:650kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:52ps(38kW)/6500rpm
最大トルク:6.4kgm(63Nm)/4000rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ブリヂストン・エコピアEP150)
燃費:37.0km/リッター(JC08モード)
価格:113万4000円/テスト車=118万8918円
オプション装備:ボディーカラー<ピュアレッド ミディアムグレー2トーンバックドア>(1万6200円)/※以下、販売店オプション フロアマット(1万6902円)/ビルトインETC(2万1816円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:2151km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:262.1km
使用燃料:15.3リッター
参考燃費:17.1km/リッター(満タン法)/17.2km/リッター(車載燃費計計測値)

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。