第283回:フォルクスワーゲンのもうひとつのベストセラー
「パサート」の魅力を考える
2015.03.20
エディターから一言
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フォルクスワーゲンの新型「パサート」の日本上陸の日が近づいている。ともすれば「ゴルフ」や「ポロ」の陰に隠れがちだった“もうひとつのベストセラー”は、ここ日本でもその平凡ならざる存在感をアピールすることができるのか。ジュネ―ブショーウイークに新型パサートとじっくり向き合った筆者が、その魅力をさまざまな角度から考えた。
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2015年は「パサートの年」
モーターショーのプレスデイが開かれる前日の晩に、各自動車メーカーが限られたメディアとゲストを招待して、ショーに出品予定のクルマを事前に発表することがよくある。
フォルクスワーゲンもその例に漏れず、以前から毎年「フォルクスワーゲン・グループ・ナイト」というイベントを開催している。
今年も、ジュネーブモーターショーの会場であるパレクスポとは別の、もっとレマン湖に近い特設ホールを使って行われた。
イベントの進行はシンプルなものだった。フォルクスワーゲン・グループを構成するドゥカティやスカニア、MANなどを含む12(!)のメーカーが、ショーに出展する予定のものを半日早くお披露目する。イベント全体の統一テーマは「MOVING EXPECTATIONS」。
トップバッターのポルシェが、すでにその姿が明らかにされている「ケイマンGT4」を公開すると、続くセアトは新しいSUVのコンセプトカーを、ランボルギーニは「アヴェンタドール」に追加された「LP750-4スーパーヴェローチェ」を、といった具合に次々と舞台に上げられていく。
もっとも、新車やショーモデルの中には、ここでも発表されずに翌日のショー本番のプレスカンファレンスで「本当のサプライズ」として発表されるものもあるから、ここで安心してはイケナイ。
大トリを務めるフォルクスワーゲン・ブランドからは、コンセプトカーの「スポーツクーペコンセプトGTE」と、昨年フルモデルチェンジが行われたパサートに新たに追加されたプラグインハイブリッド版「パサートGTE」が現れた。パサートは「欧州カー・オブ・ザ・イヤー2015」を受賞したことも大々的にアピールされていた。
スポーツクーペコンセプトGTEは、現行の「パサートCC」の後継と目されている4ドアクーペである。CCよりもひと回り大きく見え、直線基調のエクステリアデザインが特徴的だ。
乗ればわかるその実力
パサートは、日本では「ゴルフ」や「ザ・ビートル」ほどなじみのある存在ではない。しかしグローバルで見れば、実はベストセラーカーなのである。
CCなどの派生車種も含めれば、パサートシリーズは2013年に世界で約110万台も販売された。新型は8世代目となり、1973年の初代からの累積販売台数は2200万台にも上る。しかし、残念なことに日本での年間販売台数は多くても7000~8000台にとどまっており、1万台に届いていない。ちなみにその内訳はステーションワゴンの「バリアント」が約7割を占めている。
この1万台という数字に大きな意味はないが、「近い将来、フォルクスワーゲンは日本で同ブランドのクルマを年間11万台販売する(参考までに、2014年1~12月の販売台数は6万7438台)計画を立てており、それを達成するためにはパサートをもっと売らなければならない」(フォルクスワーゲン グループ ジャパン広報部)という事情があり、そうなってくるとパサートの販売増は大きな課題となってくるだろう。
もっとも、パサートへの評価そのものは、ここ日本でも悪くはなかった。悪くないどころか、僕の友人や知人でパサートに乗っていたり、知っていたりする人々の間では、「いいクルマ」「バリューフォーマネー」「質実剛健」といった肯定的な評価が多く上がっていた。しかし、輸入元は「もっと売りたい」「売らなければならない」という。
今回、ジュネーブ入りするために、わざわざドイツのデュッセルドルフから陸路1200kmをパサートで、2日かけて走ってきたのも、もう一度、パサートというクルマが持つ価値と、新型パサートの仕上がり具合を確かめることが目的だった。
今度のパサートは大幅に軽量化され、エンジンの効率が向上し、安全装備と快適装備がさらに充実した。1200kmを走った印象は、その効果を体感できるものだった。クセがなく、運転しやすいので疲れない。トランクスペースは広く、大きなスーツケースやブリーフケースをいくつも収めても、まだ余裕があったほどだ。
1.4リッターガソリンエンジンは必要十分な動力性能を持ち、2リッターディーゼルエンジンはとても力があった。ドイツとスイスの山岳地帯を長距離移動するのに何の不自由も不満も感じなかった。
今年のフォルクスワーゲンは、そんなパサートを全世界的に訴求しようとしている。日本にも導入が予定されていることもあって、ショーのプレスデイではドイツ本社のパサート担当者にインタビューする機会を得た。
こんなに“いいクルマ”なのだから、日本でももっと売れればいいと僕は思った。だから、インタビューもそこから始めることにした。
欧州ではビジネスユースが中心
インタビューの相手は、パサート担当のPRマネジャーであるクリストフ・パイネ氏と、パサート担当のプロダクトマーケティング部員であるダニエル・ゼーゲルケン氏である。
――パサートが持っている価値とは何でしょうか?
パイネ氏:パサートは、大人が乗るビジネスユースのクルマです。仕事に使うために、機能を第一に優先させました。プレミアムカーではありませんが、あなたがおっしゃった長距離を走って疲れないことなどは、最も重要なポイントになります。
――ファミリーカーではないのですか?
パイネ氏:日本でパサートがどのように使われているのかは知りませんが、ヨーロッパではビジネスユースが中心です。
企業や役所、公共団体などが購入したり、ある程度の肩書の社員に支給するカンパニーカーに選ばれたり、そうした使われ方をした場合の満足度が高く評価されて、パサートはヨーロッパではベストセラーを続けているのだ、とパイネ氏は説明した。
ゼーゲルケン氏:「フォード・モンデオ」や「トヨタ・アベンシス」なども内容を充実させてきていますが、新しいパサートは新設計のシャシーに新設計のエンジンなどが搭載された自信作です。ですから、各専門誌の比較テストでもコンペティターたちに勝っています。
ゼーゲルケン氏が言うように、ヨーロッパにおけるパサートのライバルは、モンデオやアベンシスなのである。プレミアムカーではないが、ビジネスユースをはじめとするさまざまな用途に使用されているポピュラーな存在だ。
“枕ことば”を返上できるか
デュッセルドルフからジュネーブに至る1200kmの旅の途中で、パサートのアダプティブ・クルーズ・コントロール(ACC)を作動させようとしてもオンにならなかったことがあった。インタビューではその理由についても尋ねてみた。
――パサートのACCを作動させようとしてもオンにならなかったことが2度ありましたが、それは何が原因だと考えられますか?
パイネ氏:「その状況を体験していないのでわかりませんが、ACCはあくまでも安全運転をアシストするものです。限界はあります。もちろん、作動不良などを減らす努力は続けています」
モデルチェンジに伴うメカニズムや装備の改良点についての質疑応答をしばらく続けた後、僕らに同席していたフォルクスワーゲン グループ ジャパンのマーケティング部マネジャー氏が口を開いた。
――最初の質問に関連しますが、パサートはバリューフォーマネー以外で、「メルセデス・ベンツCクラス」に勝る部分はありますか?
パイネ氏:プレミアムブランドにはプレミアムブランドのマーケットがあり、パサートのそれとは別です。
――別のマーケットなのですか?
パイネ氏:メディアとは、常にクルマ同士を比較したがるものです。ユーザーも同様です。私はパサートはこのクラスでベストだと信じています。比較すればするほど薄っぺらに聞こえるから、着実にパサートの良さをアピールするべきです。
1200kmの旅とインタビューを終えて、僕はパサートが“いいクルマ”であるという確信をますます深めることができた。ヨーロッパと日本におけるパサートの受け入れられ方の違いも再認識することができた。それゆえに、日本でもっとたくさん売るために解決しなければならない課題は重層的で、多岐にわたっていると思わざるを得なかった。
今まで、パサートには「クルマはいいんだけど」という枕ことばが付きまとってきた。しかし今度のパサートは、それ以上にいいのだ。
(文=金子浩久/写真=フォルクスワーゲン グループ ジャパン)