第291回:デビュー戦で見事完走!
ディーゼルデミオ、スーパー耐久参戦記
2015.04.17
エディターから一言
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“戦うSKYACTIV-D”がいよいよ日本のサーキットに現れた。スーパー耐久シリーズ(通称S耐)2015の開幕戦がツインリンクもてぎで開催され(2015年3月28日予選、29日決勝)、1.5リッター直噴ディーゼルターボを搭載する「DXLアラゴスタNOPROデミオSKY-D」が見事完走を果たした。ステアリングを握った筆者が、その参戦記をお届けする。
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日本初の市販ディーゼルレーサー
去る3月の最後の週末、筆者は歴史的な瞬間に立ち会ってしまった。「マツダ・デミオ」のレーシングカーで、レースに出場してしまったのである。……って、そんだけ? なんて言わないで! デミオはデミオでも、そのエンジンは今をときめくSKYACTIVの「D」。1.5リッター直噴ディーゼルターボを搭載したデミオの「XD」なのだから。
海外ではフォルクスワーゲンやアウディが、すでにディーゼルエンジンでレース活動を行っており、マツダもFIA世界耐久選手(WEC)でバイオディーゼル燃料を使って走るLMP2マシン「SKYACTIVレーサー」を走らせていたりする。
しかし、日本で市販されたディーゼルカーでレースを戦うのは、初めてのこと(だと思う)。いずれにせよ、デミオでは初だ。
このような幸運を与えてくれたのは、マツダ車の老舗チューナー「ノガミプロジェクト」である。代表の野上敏彦さんは元マツダスピードという経歴を持ち、鈴鹿1000kmや全日本GT選手権にも出場したドライバー。「今年、面白いレーシングカーを作るんだけど、興味ありますか?」と、モータージャーナリストとしての筆者に声をかけてくださったというわけである。
ちなみにノガミプロジェクトは2012年から先代デミオで全日本格式のツーリングカーレース、スーパー耐久に参戦しており、昨年はクラス3位を獲得した実績を持っている。これを熟成させることで、さらなる高みを狙うこともできたはずだが、野上代表は「マツダを愛する立場として、未知の領域へとチャレンジしたかった」と、ディーゼルでの参戦理由を語ってくれた。
まだ始まったばかり
今回出場したのはそのS耐である。ツインリンクもてぎで開催された開幕戦に出場し、5時間という長丁場を4人で走った。
S耐は全部で6クラスに分かれている。一番上のSTーXクラスでは、スーパーGTでも活躍する「BMW Z4 GT3」や「メルセデス・ベンツSLS AMG GT3」といったFIA-GT3マシンたちが走る。その下にST1~ST4が続き、デミオは一番下のST5(排気量1500cc以下。駆動方式は問わない)に属する。ライバルは「ホンダ・フィット」や「トヨタ・ヴィッツ」。同じ1.5リッターながら、直噴ターボのデミオが自然吸気マシンと同じクラスになったのは……ずばり遅いからである!
「どうして最大トルクが22.4kgmもあるディーゼルターボで遅いんだ!」と、マツダファンに怒られてしまうかもしれない。実際、デミオは日常的なシーンではとても速く、快適なクルマだ。それは22.4kgmという最大トルクを、1400~3200rpmというわれわれが常用する回転域で生み出すからである(6MTの場合。6ATは25.5kgm/1500-2500rpm)。街中でのゼロスタートや、高速道路での追い越し加速で“グッと押し出す加速”が得られるから、速いのである。
しかし、舞台がサーキットになると話は変わる。ここでは常に全開加速が求められるから、結局のところ最高出力がものをいう。そしてデミオのパワーは105psしかない(ちなみに「フィットRS」は132ps)。レースで使う領域は、街中でスーッと加速していく領域よりも高回転で、しかもそれがずっと続く。フラットなトルク特性も、高回転ではドロップしてしまう。それでもシフトアップは4000rpm+αなのだが。
馬力は、ご存じのとおりトルク×回転数×係数0.001396で求められる。もし現状の低回転特性のままで速さを得たいなら、レースレギュレーションに則した上で、燃料増量とブーストアップ(吸気量増量)を施し、今以上にトルクを増やさなくてはいけない。そうそう、ディーゼルは自然着火だから、点火時期は変更できない。
またそのエンジンブロックは、14.8という高圧縮(それでも通常のディーゼルエンジンは圧縮比がもっと高いのだが)に耐えられるように頑丈に作られている。だからガソリンエンジン車に比べて、ディーゼル車は100kgも重いのである(XDと13Cのカタログ比較)。
しかも、今回のレーシングデミオは、まだ“生まれたてホヤホヤ”なのだ。デミオの人気があまりに高いために納車が遅れ、チームにクルマがやってきたのは2015年2月。現状はロールケージや消火器、けん引フックといった安全装備と、車高調整式ダンパーを取り付けた程度にすぎない。軽量化にしてもエアコンと内装を取り外しただけで、レースで変更が許されるボンネットなども純正の状態なのである。
燃費はナンバーワン!
そんなわけで予選のタイムは、レーシングドライバーである谷川達也選手がドライブしても1分29秒357がやっと。順位は45台中45位というものだった。ちなみにポールポジションのフィットは1分17秒453で、その差は12秒近い。
しんがりを務めて出走した決勝レースでは、別クラスのマシンがリタイアしたおかげもあって40位。しかしST5クラスでは、びりっけつの6位となった。
とはいえ、そこはさすがにマツダ。シャシーの基本性能は高く、ターンインはシャープだ。だから、コーナーの進入ではライバルたちのテールをつつくこともできるし、重たい4WDマシンが相手なら、ブレーキング勝負では絶対に負けない。もちろん立ち上がり加速では、アッという間に置いていかれるけれど。
ちなみにディーゼルだけあって、燃費は抜群にいい。レーシングスピードで約7km/リッター(ほかは大体4km/リッターくらいだろう)を刻めることから、給油回数もライバルたちよりはるかに少ない。この余裕を今後のエンジンECUチューニングに振り分け、どれだけパワーを得られるかが、速さのカギとなる。
速度差が100km/h以上のFIA-GT3マシンに左右から挟まれ、時にはコース脇へと追いやられ、タイヤマーブルを拾いながらも5時間のレースを完走したことは、大いなる一歩だと思う。
ピットウォークでは驚くほどに大人気のデミオ。みなさんの期待に応えて、「速くて燃費の良いレーシングカー」になってくれることを願っている。
(文=山田弘樹/写真=池之平昌信)

山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。