第409回:オペル、オペル、オペルだらけの街を訪ねて
2015.07.31 マッキナ あらモーダ!本社は駅前!
自動車工場に近い小学校では、そこで社会科見学をするのが定番だ。
「ペリメーターフレームを採用していたころの『トヨタ・クラウン』の工場を見た子供は、一生モノコックボディーを知らないんじゃないか?」というツッコミもできる。しかし見学先が「コーラ工場」で、記念品はボトルを模したキーホルダーだったボクとしては、どんな車種であれ自動車工場を見学できる子供はうらやましいかぎりであった。その反動からか、大人になった今も、自動車メーカーの歴史展示コーナーや工場見学が好きである。
先日フランクフルトに赴いたとき、ふと思い出したのは、郊外のリュッセルスハイムにオペルの本社および工場があることだった。ボクが初めてそこを訪ねたのは、20年近く前のことだ。創業者アダム・オペル像が建っていて、背後にはれんが造りのオペル本社があった。それはリュッセルスハイムの、まさに駅を出てすぐのところにあった。英会話の「駅前留学NOVA」のごとく、こんな駅前に本社がある自動車会社は、ボクが知るかぎり欧州でほかになかった。本社屋の一角には「オペルフォーラム」と称するショールームがあって、ちょっとしたデザインコンセプト解説のパネルなどもあったものだ。
再びリュッセルスハイムを訪れたのは、それから数年後のことであった。すると線路をくぐった反対側の建物に歴史展示コーナーができていた。そこには、ピックアップされた歴代車両のほか、オペル草創期の製品であるミシンや自転車が展示されていた。一角にあるカウンターは工場見学ツアーの集合場所も兼ねていることに気づいたが、残念なことにその日のツアーは数分前に出発してしまっていて、泣く泣く諦めたのを覚えている。
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展示館消滅。見学またもや失敗
あれから10年以上がたっているので、歴史展示コーナーの内容も少しは変わっているだろう。そう思ったボクは、フランクフルト市内のホテルでネットにつないで下調べを開始した。
だが出てくるのは、ヨーロッパの一般ファンによる、それもかなり前の訪問記だけである。オペルのオフィシャルサイトには、工場見学の手引きしかない。コースには歴代車両の保管庫見学も含まれているが、予約制で最短でも申し込めるのは1週間先だ。
それでも、例の歴史展示コーナーはまだ見られるに違いないと思ったボクはその朝、フランクフルト中央駅から電車で24分、リュッセルスハイムに向かった。
まずは駅前の歴史的本社を訪ねる。ところがどうだ、20年前の「オペルフォーラム」は、もぬけの殻になっているではないか。かろうじて一角に「アダムスカフェ」と称する喫茶コーナーがあったので、マスターに聞いてみる。
すると「この建物は、少し前に別の企業に売却されたんだよ」と言って、「アダム・オペル・ハウス」と名付けられた場所に行くよう教えてくれた。ただし、ハウスとはいうものの、以前から保存されているアダム・オペル邸とは別の場所らしい。
取りあえず彼に教えてもらった道順をたどる。運が悪いことに雨が降ってきた。それでも、工場づたいに道を歩いてゆくこと15分、やがてその「アダム・オペル・ハウス」が現れた。それは、2度目に訪れた時に歴史展示コーナーが入っていた建物とも違う、新しいビルだった。2014年12月に落成したばかりの新社屋だということを後日知った。
びしょぬれになっていたが、何はともあれ、ダメもとで工場見学ができるか聞いてみる。すると、受付のおばさんは「ツアーは10時半に出発したばかりよ」という。時計を見ると10時45分だ。おばさんは親切に担当者に電話をかけてくれた。どうやら、飛び入りも場合によっては可能なようだ。
しかし数分後、おばさんは受話器を置くと、首を横に振った。グループに追いつく手段はないらしい。午後の部は満員。ふびんに思ったか「明日ならどう?」と勧めてくれたが、明日はもうイタリアにいなければならない。今回も工場見学は失敗に終わった。
かつてシュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ工場にフラッと行って見学できたボクとしては、本当にオペル工場って縁がないのだと思った。とにもかくにも、オペルの工場見学はオフィシャルサイトを通じて予約することを強くお勧めする。
撤収しようにも外は雨。仕方ないので、待つことにした。ホールをぶらついてみても、古い車両は社内の歴史部門が1800時間をかけてレストアしたという1928年の「オペル4/20」の1台しかない。あとは現行車両4台がポツリ、ポツリと置かれているだけだ。
一角には小さなスタンドカフェがあるが、普通の喫茶とあまり変わらない。「メルセデス・ベンツ・ミュージアム」の併設食堂におけるシュヴァーベン料理のように「ぜひここで」というものがない。ケチャップで例の稲妻マークを描いた「オペルオムレツ」とか、簡単なのだから作ればいいのに。
グッズショップも併設されているが、純粋ドイツ系ブランドのような華やかさはない。プレミアムカーではないオペルにそれを期待しても仕方がないのだが。
無料Wi-Fiの電波は飛んでいるものの、訪問先の従業員のIDを入力しないと使えない仕組みだ。アポなしで呼び出せるような従業員は知らない。幸い展示車のドアは解錠されているが、たった4台なので、中に入って遊んでいるにも限界がある。いやはや、まいった。
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従業員駐車場で「熱いクルマ」発見
ふと脇の壁にかけられたLEDディスプレイを見る。すると、「マルタさんがヨハネスさんの車に乗りました」といった情報がリアルタイムで表示されている。なにかと思えば、スマートフォンの相乗りアプリ「Flinc(フリンク)」というサービスだった。
スマートフォンのアプリに出発地・目的地を入力すると、同じルートを通り、かつ便乗させてくれるドライバーを自動マッチングしてくれるという、相乗り援助システムである。一般ユーザーの利用は無料だ。
オペルは、リュッセルスハイム市内でこのシステムに協賛していて、従業員の通勤に役立てているらしい。実際、市内のあちこちには、待ち合わせ場所の目印となるプレートが掲げられている。同乗者各自の評価もアプリ上でできるようになっている。なかなか面白いアイデアだ。
やがて雨がやんだので外に出ると、今度はレンジエクステンダー型電気自動車「アンペラ」の充電ステーションが設置されているのを発見した。ちょうどパークしに来た社員によると、車両は従業員用に提供されているものという。「EVモード時の静かさは最高だよ」と言い残して消えていった。
広大な従業員駐車場の脇を駅に向かって戻る。駐車場にいるのはオペルばかりだ。時折、ちらほらと韓国GM製シボレーなども駐車しているが、9割9分がオペルである。発売後2年経過した今も街ではいまひとつ見かける機会が少ない3ドアハッチバック「アダム」も、ここでは次々見つけることができる。
駐車場入り口のプレートを見てわかった。レッカー移動のマークとともに「従業員かつ、オペル車、GM車以外は駐車禁止」と記されている
ボクなどは「オペル・カデットC」の姉妹車、いすゞの初代「ジェミニ」を止め、警備員を困惑させる冗談を思いついてしまった。また2009年に親会社GMが経営破綻したとき、オペルが初期計画どおり「マグナ・インターナショナル」の手に渡っていたら、この駐車場規則がどうなっていたのかを考えると面白い。
とにもかくにも、自らの嗜好とは別に通勤車を選ばざるを得ない自動車メーカーの従業員とは大変なものだ。と思った。
それでも、仕事中のあるじを待つオペルたちを眺めていて面白いのは、ささやかなドレスアップが施されたクルマが少なからずあることだ。
ハワイ柄ステッカーは、ドイツで長年ポピュラーなパイナップル&チーズを載せた「トーストハワイ」と呼ばれるパンを思い出してしまう。ちなみに数メートル先には、昼どきの従業員を当て込んだイタリアンアイスクリーム屋台がやってきた。ドイツの厚い雲の下、誰しも南国への夢が募るのだろう。
ほかには、お花柄のステッカーをあしらったクルマも。学生時代ずっと私服だったボクであるが、それらの小ドレスアップは、厳しい校則のなかクラスメートと違いを出すため制服をいじるのに似た気持ちに違いない、と察した次第だ。
やがて現れたのは、前述のカデットCのクーペである。それも1977年に投入された「2.0Eラリー」だ。当時のWRCにおける好成績を武器に、スポーツイメージを強調したモデルである。現オーナーが何年所有しているかは不明だが、カデットCの生産終了は1979年ゆえ、車齢としては最低でも36年だ。日本で愛知県豊田市にあるトヨタ自動車の従業員用駐車場の脇を通ると新車のかおりが漂っていて驚くが、それとは別の感動がある。
とかくヨーロッパではクルマ趣味の対象というよりも堅実な実用車として捉えられがちなオペルだが、熱いファンが、それも従業員の中にいるとは。かつての歴史展示コーナーは消え、またしても工場見学がかなわなかったにもかかわらず、満ち足りた気持ちになった筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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