フォルクスワーゲン・パサートTSI Rライン(FF/7AT)
全方位的に優等生 2015.08.14 試乗記 フルモデルチェンジで8代目となった「フォルクスワーゲン・パサート」が日本上陸。セダンの最上級グレード「TSI Rライン」を連れ出し、その実力を多角的にチェックした。“御三家”を超えるクオリティーの高さ
新型パサートは、写真で損をする典型的なタイプだと思う。直線基調の基本プロポーションはごくごくオーソドックス。幅広の横ルーバーをモチーフとしたグリルデザインはおなじみだし、ヘッドライトも小さめ。デザインに対する印象や評価は個人差が大きいので、だれもが私と同じ印象をもつわけではないだろうが、少なくとも写真の新型パサートは大胆というより、いつもどおりの“控えめ”系、正直いって「ピンとこないなあ」が私の第一印象だったことを告白する。
しかし、新型パサートの実車を目の当たりにすると、ひさびさに「写真はアテにならない」という当たり前の現実を痛感した。現物はとにかく、“イイモノ”のオーラというかフェロモンがムンムンで、むせかえるほどだ。ボディーのプレスラインは手が切れそうなほどシャープだし、グリルやヘッドランプは本物の金属と見まがうばかりに精緻な輝きである。
この尋常ならざる質感は、インテリアも同様である。ダッシュボードを左右に貫通するルーバーは、ご想像のとおり、大半がダミー加飾。実際のエアコン吹き出し口は、左右両端と、アナログ時計の左右……と計4カ所の一般的なもので、この部分のみルーバーが上下に動く。似たようなデザイン処理は以前にもあったと記憶するが、たいがいは部位ごとに素人でも即座に気づく質感差があったり、分割線がやけに広かったりと、“デザイン倒れ”のケースのほうが多かった。だが、パサートのダッシュボードのルーバーは見事に左右まで一体化して見えるのだ。これはデザインだけでなく、設計や生産まで相当に大変だっただろうことは容易に想像がつく。
それ以外にもダッシュボードは分厚くソフトな手触りで、ドアポケットその他小物スペースにはいちいち上質な起毛処理が施されているなど、精緻な仕上げとともに、こうした細部に投入された物量でも圧倒される。このあたりは、いわゆるドイツの高級ブランド御三家を確実にしのぐ部分も多い。
装備の充実度でライバルに差をつける
今回のパサートは最上級グレードの「TSI Rライン」で、本体価格はセダンだと460万円強である。1.4リッター直噴ガソリンターボの最大トルクは2.5リッターの自然吸気エンジンに相当するが、ごくわずかな過給ラグなどで小排気量を感じさせるシーンもあり、トータルの動力性能は体感的に“2リッター・プラスアルファ”と評するのが妥当だろう。ということもあって、パサートTSI Rラインの本体価格は、例えば「メルセデス・ベンツC180アバンギャルド」の476万円あたりを意識したことが明白な設定といえる。
ただ、パサートの場合は自慢のレーダー安全装備も含めて、ツルシで装備がテンコ盛りである。今回の試乗個体で追加されていたオプションは、電動パノラマスライディングルーフや19インチホイールくらい。対するC180アバンギャルドはレーダー系装備やレザーシート、スマートキーなど、パサートで標準となっている重要装備の数々がオプションあつかいとなっている。
ただ、メルセデスの場合には、将来的なリセールバリューも含めた「ブランド料」を考慮する必要はあって、この点ではメルセデスに利点があるのが現実だろう。
それでも、Cクラスなどの高級Dセグメントを圧する点も少なくない質感や装備内容、あるいは比較にならない室内やトランクの広さを含めると、モノとしてはパサートのほうが圧倒的に買い得感が高い……といいきって、さしつかえないだろう。ちなみに、C180の実排気量は1.6リッターなので、日本の自動車税でもパサートのほうが有利である。
19インチの大径タイヤを履きこなす
Rラインはノーマルのパサートをベースに、内外装に高級スポーツ風味のコスメチューンを施した“だけ”のグレードである。しかも、今回の試乗車はそのRラインに、標準よりさらに大径の19インチホイールを履いており、タイヤもミシュランの「パイロットスポーツ」という本格武闘派銘柄だ。この種のタイプでは、そのクルマ本来の乗り心地や操縦性のバランスを崩してしまっているケースが少なくない。
しかし、新型パサートのRラインにおいては、その心配はまったく取り越し苦労だった。
絶対的に薄くて硬いタイヤなので、ときおりゴツゴツ感に気づく場面もあるし、凹凸が連続する波状路のような特殊なケースでこそ、車体の上下動が目立つケースもあった。ただ、総じて上屋の動きはフラットに抑制されており、ワダチにも強く直進性は良好だ。ステアリングに奇妙な過敏さはまるでなく、コンディションを問わず、同乗者に不快感を与えない上品なドライビングがしやすい。いい意味で「デカい『ゴルフ』」という気安さと扱いやすさも残っている。
それでいて、ステアリングを大きく切り込んだときにもノーズはしっかりとリニアに追従するなど、ハイグリップタイヤの利点もきちんと感じられる。もとがノーマルに準じるサスチューンなので、加減速による荷重移動やロールもほどよくリアル……という、それなりに納得できるバランスの仕上がりだった。
ドライビングモードが“エコ”や“ノーマル”では、興が乗ったスポーツ走行時に過給ラグが少し気になるものの、“スポーツ”モードなら、過給ラグが気にならないレスポンシブな特性となる。こうなると、この1.4リッターが強力なトルクに加えて、意外なほど軽快で爽やかな吹け上がりをもつ好エンジンであることにも気づかされた。
状況に応じて2気筒と4気筒を使い分ける可変気筒システムも、ゴルフのそれでは切り替えの瞬間がわずかに体感できたが、パサートではメーター(2気筒になると“2シリンダーモード”と表示される)を見ないと、まず気づかない。システム自体が熟成されたのか、あるいはゴルフより静粛対策も入念なのか。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
優秀なアダプティブクルーズコントロールに脱帽
ともあれ、これが新型パサート本来の姿なのだろう。各部の剛性も高く、サスペンションも滑らかで正確。基本フィジカルが高度だからこそ、この程度のタイヤでは基本特性がスポイルされない。新型パサートのRラインは歴代の同種グレードでも、いい意味で独特のクセがほとんどない。コスメなビジュアルにひと目ボレしても、後悔は少ないだろう。
新型パサートは、レーダー技術を使った安全機能や半自動運転機能で、一気にトップコンテンダーに躍り出たことでも注目されている。緊急オートブレーキはおいそれとは試せないが、今回の試乗で感心したのが“渋滞時追従支援システム”と名づけられたアダプティブクルーズコントロール(ACC)の超低速ストップ&ゴー機能である。
パサートのACCも最終的に完全停止まで作動する全車速対応だが、じわじわと這(は)うように前走車にくっついて走る所作が見事というほかない。機能的には前走車が停止すればパサートも停止して、短時間ならその後に再追従することになっている。しかし、その速度調整がまるで生き物のように有機的なので、実際にはなかなか完全停止にいたらない。
前走車が数秒単位で停止と再発進をくりかえしても、パサートは極低速までスピードダウンしてギリギリまで止まらず、結局はそのまま走り続ける。夏休み真っただ中の白昼の首都高都心環状線を、30分ほどパサートのACCで走ったが、完全停止と判断できた(……というくらい超低速走行が巧妙なのだ)のはわずか2回ほど。私なら10回は止まっていたはずで、東京運転歴28年の私の運転より、パサートのACCのほうが何倍もうまかった!
8月初頭の都心メインという暑いではなく“熱い”コンディションで、あまりの暑さにアイドルストップをカットしたりもして、結果的に燃費はあまり良い数値ではなかった。ただ、実感としては、特に高速での燃費の伸びが大きく、日本の高速ならなんの工夫もなく15km/リッターは軽い感じだったことをご報告しておく。
さて、どうにも取りとめのない文章になってしまったのは、私の筆力不足に加えて、新型パサートがあるポイントだけ秀でた一芸グルマではなく、すべての領域で高い点数を計上する超優等生だったからである。しかも、その平均点が恐ろしいほど高いのだ。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲン・パサートTSI Rライン
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4785×1830×1470mm
ホイールベース:2790mm
車重:1480kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:150ps(110kW)/5000-6000rpm
最大トルク:25.5kgm(250Nm)/1500-3500rpm
タイヤ:(前)235/40ZR19 96Y/(後)235/40ZR19 96Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:20.4km/リッター(JC08モード)
価格:460万9800円/テスト車=490万1400円
オプション装備:電動パノラマスライディングルーフ+19インチアルミホイール(29万1600円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:5050km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:483km
使用燃料:48.0リッター
参考燃費:10.1km/リッター(満タン法)/11.8km/リッター(車載燃費計計測値)
![]() |

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。