スズキ・アルト ワークス(FF/5MT)
昔の記憶がよみがえる 2016.02.26 試乗記 エンジンやトランスミッション、ボディー、足まわりなど、すべての要素が走ることにフォーカスされた「スズキ・アルト ワークス」。15年ぶりに復活した軽規格のスポーツモデルを、ワインディングロードで試した。手足に伝わってくるダイレクト感
試乗会場の受付で、プレス資料と一緒にアルト ワークスのステッカーを手渡された。歴代モデルのフロントマスクをデザイン化したもので、それぞれに発売年が記されている。1987、1988、1994、1998の次が最新モデルの2015という数字だ。17年も間隔が空いているのだから、復活が熱狂的に迎えられたのは当然といえる。
かくも長き不在が飢餓感を増幅させた。「ターボRS」の登場は朗報だったが、トランスミッションがシングルクラッチ式ATのAGSだったことに失望を隠さない人も多かった。AGSモデルが用意されているにもかかわらず、アルト ワークスは販売台数の9割がMTモデルなのだという。
ターボRSをベースにして開発したそうだが、ちょっと乗ればまったく別物であることがわかる。潔くスポーツとしての走りに特化していて、ほかのことには配慮をするそぶりすらない。騒音が四方八方から襲いかかるので、遮音材をわざわざ抜いたのではないかと疑った。ターボRSも静かなクルマではなかったが、レベルが違う。
ターボRSよりトルクを増大させたというエンジンは、ローギアードなマニュアルトランスミッションとの組み合わせで強烈な加速をもたらす。回転数の上昇が速いので、シフト操作はやたらに忙しい。手足に伝わってくる感覚はダイレクト感のカタマリだ。右足はエンジンに直結し、手はステアリングホイールを通じて路面に接する。
クラッチペダルを踏む左足と短いシフトレバーを操る左手は、リズムよく連携してギアと回転数の最適解を求めようとする。惜しいのは、左足のやり場に困ることだ。コーナーで体を支えようとしても、踏ん張るための場所を見つけられない。それを補うのが専用設計のレカロシートなのだろう。ただし、ヒップポイントが高くなってしまったことがいささか興をそぐ。
アルト ワークスのカタログを開くと、どのページも妙に黒っぽいことに気がついた。エンジンとトランスミッションの断面図がそれぞれ1ページ丸々使って掲載され、ショックアブソーバーとブレーキにも1ページずつが与えられる。ボディー構造のイメージ図に至っては見開き2ページだ。このクルマにユーザーが求めているものが、端的に表れている。
かつてクルマとは、何よりもまずむき出しの機械だった。速く走るために、エンジンが出力を絞り出してトランスミッションが効率的に動力を伝える。サスペンションがスムーズに動いて大地をつかむ。ドライバーは五感を研ぎ澄まして機械と協調し、最大の能力を引き出そうと努める。それが運転するということだった。
アルト ワークスに乗り、久々にプリミティブな感覚に触れて気分が高揚した。このクルマには、記憶をよみがえらせる力がある。購入者の多くが40代だというのは無理もない。20世紀の終わりにハイパワーな軽自動車をMTで楽しんでいた人々にとっては、タイムトラベルを可能にするマシンなのだ。参照すべき経験を持たない若い人たちに理解しろと言っても無理なのだろうか。いや、彼らは新鮮な驚きとして受け止めるはずだ。運転を楽しむことは断じてノスタルジーなどではない。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥)
【スペック】
全長×全幅×全高=3395×1475×1500mm/ホイールベース=2460mm/車重=670kg/駆動方式=FF/エンジン=0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ(64ps/6000rpm、10.2kgm/3000rpm)/トランスミッション=5MT/燃費=23.0km/リッター/価格=150万9840円
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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