ポルシェ911カレラS(RR/7AT)
ほっぺたをつねりたくなる 2016.04.06 試乗記 3.8リッター自然吸気から3リッターツインターボへとパワーユニットを変更した「911カレラS」に試乗。最新型はどんなクルマに仕上がったのか? さまざまなシチュエーションでのドライブフィールに加え、燃費性能についてもリポートする。フツーのカレラにもターボが付いた
ポルシェ911のカレラって、どんなクルマ? 「ターボの付いていない、フツーの911」。そう答えればよかったカレラ系にもターボが付いたのが、新型911シリーズ最大のニュースである。
その最新型911カレラSを都内で受け取ったとき、車載燃費計は4.7km/リッターだった。“ダウンサイジングターボ化”された水平対向6気筒は3リッターツインターボ。420psの最高出力は従来のカレラS用自然吸気3.8リッターを20psしのぐ。燃費はこんなもんか。と思って都内を泳ぎ出し、首都高から中央道に入る。20km走ったところで再び満タンリセット後の燃費をチェックすると、8.4km/リッターになっていた。
低負荷走行時にアクセルを緩めると、ノーマルモードではアイドリングに落ちて惰性走行する。クラッチがつながっても100km/hなら7速トップで1800rpmだ。そこで“スポーツ”に切り替えると、6速に落ちて2200rpm、“スポーツ+”だとエンジンがうなって4速まで落ちるが、それでもまだ3200rpmだ。
ステアリングホイールにスイッチが新設され、こうしたドライブモード切り替えが手元でできるようになったのも新型911(PDK付き)のニュースである。さらに、そのスイッチの真ん中にあるボタンを右手親指で押せば、“スポーツレスポンスモード”に変わり、エンジンとPDKが20秒間、最もスポーティーになる。ごぼう抜きのオーバーテイクボタンである。御丁寧にも作動中は計器盤にメーターが現れ、20秒をカウントダウンしてくれる。楽しいギミックだ。
それほどターボっぽくない
カレラ系の3リッターツインターボは、自然吸気の従来型よりパワフルになり、よりクリーンで燃費もよくなった。排ガス対策でターボ車は生き残れないといって、2000年代初めに「マツダRX-7」や「トヨタ・スープラ」が消えていったことを思い出すと、ほっぺたをつねりたくなる。
新型カレラSの0-100km/hは、これまでのメーカー公式データを0.2秒塗り替える3.9秒。911カレラシリーズ初の3秒台突入である。
そうした限界性能はともかく、シリーズ初になる過給フラットシックスのふだんの表情はどうなのか。
まず、それほどターボっぽくない。左右のリアバンパー下からのぞき込めば見える一対のターボチャージャーも、コックピットではほとんど存在感がない。途中からターボキックが炸裂(さくれつ)するような味つけではないし、アクセルオフでブローオフバルブからシュパーッと派手な音が出るわけでもない。
エンジン音そのものも、旧カレラSより低くなった。7段PDKも以前よりさらに滑らかになった。サーキット由来の変速機を実感させたメカメカしさがほとんど消えうせてしまったのはちょっと残念だ。
2012年の発売直後、開発コード991の911カレラSに初めて乗ったときは、ポルシェ・フラットシックス特有のメタリックな回転フィールや、戦闘的なデュアルクラッチ変速機のシフトマナーに、走りだすなり感動を覚えた。あのような衝撃は、今回なかった。
限界性能の高さばかりが911の魅力ではないはずだ。「時速40kmで走っていても楽しい」と911ファナティックの吉田 匠さんに言わせたエモーションの点で、この後期型991カレラSは少々物足りないと感じた。
留飲が下がったのは、ワインディングロードに出てからである。
何をやってもこわくない
新型911カレラSは、飛ばすとスゴいクルマである。
ドライブモードスイッチでスポーツ+を選ぶ。PDKのフロアセレクターを左に倒し、ギアをホールドするマニュアルモードに替える。シフトパドルで7500rpmのレブリミットまで引っ張れるマニュアルモードだ。
ワインディングロードを走って印象的だったのは、911がますます“安全感”の高いクルマになったことである。420psのRRなのに、いまや何をやってもこわくないと思わせるスタビリティーを持つ。コーナーの頂点手前で一度、後輪がグリップを失ったが、ヒヤッとする間もなく、クルマが勝手に安定を取り戻し、正しいラインに戻してくれた。かつての911は舗装がめくれるのではないかと思うほどの強烈なトラクションを実感させたが、最新のカレラSは蹴り出し感がしなやかだ。それも安心材料のひとつである。
昔、中嶋 悟にポルシェ911の感想を求めると、911は嫌いだと答えた。理由は「ほかのクルマと違う動きをするから」だという。じゃあ、ピットに戻ってきたとき、メカニックになんて伝えますかと聞くと、「エンジンの位置、変えてもらう」と言って笑った。F1参戦3年目の89年だったから、964の「カレラ4」が出たころである。そんなことを思い出すと、最新型カレラSが見せるコーナリングマナーは、やはりほっぺたをつねりたくなる。
たまにスポーツレスポンスボタンを試しながらガッツリ走っているときも、トリップコンピューターの燃費表示が7km/リッター台を割り込むことはなかった。以前、前期型991カレラSでワンデーツーリングをしたときは6km/リッター台後半だった。今回は400kmあまりを走って、8.7km/リッターを記録する。実走燃費の改善はたしかなようだ。
変わらないドライブフィール
ふと忘れがちだが、後席スペースを持つのは、リアエンジンレイアウトの御利益である。あくまで「シートの形をした荷室」だが、荷室としては優秀で、たとえば、前輪を外すだけでロードバイク(自転車)が積める。フロントのトランクには、直径70cmのロードバイクホイールが1台分2本あつらえたように入る。911の設計チームにはぜったいロードバイク乗りがいる。
室内では、ダッシュボード中央部にオリジナルのインフォテインメントシステムが標準装備されたことが新しい。モニターの位置をもう少し高くしてもらえると見やすいのだが、こんど使ってみようと思う。
今回のビッグマイナーチェンジでどうなるのかと思ったが、ドライブフィールは変わっていなかった。最近のドイツ車は、たとえば「メルセデスAMG GT S」のようなスーパーカーですら、運転操作系を軽くしてある。その点、911はステアリングの操舵(そうだ)力やペダル類のタッチなど、手応え足応えが重めだ。それがクルマとして厚切りな印象を与えてもいる。
そもそもドライバー真正面のいちばん大きなメーターも、いまだにエンジン回転計である。やっちゃえ自動運転ムードが高まるいま、こんなクルマ、ほかにない。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4499×1810×1295mm
ホイールベース:2450mm
車重:1460kg(DIN)
駆動方式:RR
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:420ps(309kW)/6500rpm
最大トルク:51.0kgm(500Nm)/1700-5000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:7.7リッター/100km(約13.0km/リッター、NEDC複合モード)
価格:1584万1000円/テスト車=1775万円
オプション装備:ボディーカラー<グラファイトブルーメタリック>(21万4000円)/LECヘッドライト<PDLS+付き>(47万1000円)/電動可倒式ドアミラー(5万5000円)/PASMスポーツシャシー(15万円)/スポーツクロノパッケージ(37万9000円)/20インチ カレラクラシックホイール(26万円)/カラークレスト ホイールセンターキャップ(3万円)/マルチファンクションヒーテッド ステアリングホイール(8万5000円)/スポーツシート・プラス(14万6000円)/シートヒーター<フロント左右>(8万6000円)/フロアマット(3万3000円)
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:2374km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:408.6km
使用燃料:46.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.7km/リッター(満タン法)/8.6km/リッター(車載燃費計計測値)
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下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
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