第123回:あのレース映画の栄光と挫折を描くドキュメント
『スティーヴ・マックィーン その男とル・マン』
2016.05.20
読んでますカー、観てますカー
興行的に惨敗した『栄光のル・マン』
スティーヴ・マックィーンの代表作が『栄光のル・マン』だと考える人は多いだろう。しかし、それは日本だけのことらしい。この映画は日本では大ヒットしたものの、世界的には興行的に惨敗している。モータースポーツ好きからは歓迎されたが、一般の映画ファンは戸惑い、評論家は酷評した。作品が公開された1971年の時点では、レースのリアリティーを追求するストイックな方法は理解されなかった。
『スティーヴ・マックィーン その男とル・マン』は、映画製作の過程と裏側の人間模様を取り上げたドキュメンタリーである。失われたと思われていた未使用フィルムやメイキング映像が発見され、デジタル処理でよみがえった。マックィーンの肉声が録音されたテープも見つかっている。作品に関わった人物のインタビューを新たに行い、当時の状況を明らかにしようと試みた。
登場するのは、脚本家のアラン・トラストマン、ビジネスパートナーで親友のボブ・レリア、レーシングドライバーのジョナサン・ウィリアムズ、デビッド・パイパーなど。最初の妻ニール・アダムスや息子のチャド・マックィーンも証言している。彼らの言葉から、超大作の製作現場が大混乱に陥った様子や、関わった多くの人物の人生を変えていった事情が浮き彫りになる。
『グラン・プリ』を酷評
1970年、マックィーンは絶頂期を迎えていた。『大脱走』『ブリット』『華麗なる賭け』などの作品で大スターとなり、ハリウッドでの揺るぎない地位を確立した。発言権が増し、思い通りに仕事を進めることができる。ソーラー・プロダクションという会社を設立し、自ら制作を行う環境を整えた。彼が自分にとって最も大切なテーマを映画にしようと考えたのは自然である。それが、レースだった。
『大脱走』では「トライアンフTR6」でバイクアクションを披露し、『ブリット』ではサンフランシスコの町で「フォード・マスタング」のカーチェイスを自ら行った。バイクもクルマも大好きで、実際にレースにも参戦している。1970年にはセブリング12時間レースに「ポルシェ908」で出場し、左足を骨折していたにもかかわらず2位となった。
彼はF1を題材にした『Day of the Champion』という映画を構想していたが、1966年にジョン・フランケンハイマー監督の『グラン・プリ』が公開され、ネタかぶりということで頓挫した。相当恨んでいたようで、「『グラン・プリ』は監督が自己満足で作る映画の典型的な例だ」とけなしている。主演のジェームズ・ガーナーの住居の上階に住んでいたので、ベランダから小便をしてウサを晴らしていたという。モータースポーツを題材としながら、メロドラマ要素が大きかったのが気に入らなかったらしい。
自分の作品では、レースのリアルな迫力を見せたい。命を懸けてスピードを求める男たちの戦いを、ドキュメンタリーのように描きたいのだ。ハリウッドの常識とはまったく異なる方法論である。それでも彼は自分の意志を貫こうとした。
撮影車でレースにエントリー
『栄光のル・マン』の監督に指名されたのは、『荒野の七人』『大脱走』でマックィーンと組んだ名匠ジョン・スタージェスである。エンターテインメント性を重んじる彼は、レースシーンを前面に出す方針に賛成できない。しかし、俳優だけでなく製作者としても関わっているマックィーンのほうが立場は上だ。対立が深まる中、脚本が完成しないままで撮影が進められることになる。
マックィーンは、自分のルールを問答無用でまわりに押し付けた。一切の妥協を許さない。これまでの実績から、どんなワガママでも通ってしまうようになっていた。いわゆるてんぐ状態である。私生活も乱れて、現場のトレーラーハウスに次々と女性を招き入れた。1週間に10人以上も相手にしたというから恐れ入る。当然妻の知るところとなり、映画公開の翌年に離婚が成立する。
撮影は1970年のル・マン24時間レースの中で行われた。マックィーンがセブリングで乗ったポルシェ908にカメラを3台取り付けて撮影車に仕立て、レースにエントリーして走りながら前後に迫るマシンを追った。レース終了後も撮影は続けられた。脚本が完成しないので、クルマが走るシーンを撮り続けるしかない。ドライバーにはギャラのほかに「ポルシェ911」を1台ずつ与えるという大盤振る舞いで、予算を150万ドル超過。嫌気が差したスタージェスは監督を降板した。マックィーンは製作会社から俳優に専念するように命じられる。
栄光どころではない舞台裏がこの映画では明かされる。マックィーンの強引さは確執を生み、彼は妻と友人を失った。しかし、40年以上が経過して証言を行ったすべての人が、大騒動を幸せそうに振り返る。マックィーンの固い信念が形になった作品なのを知っているからだろう。『栄光のル・マン』がやはり彼の代表作であったことを、この映画は示している。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。