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第468回:「お棺」に「電車」に「調理トレイ」!? 
巨匠ジウジアーロの“自動車じゃない作品”を振り返る

2016.09.23 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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天才の仕事は生きている

カーデザインの巨匠として知られるジョルジェット・ジウジアーロ氏が、最後に保有していたイタルデザイン・ジウジアーロ社株の9.9%を2015年7月に手放し引退してから、早くも1年が過ぎた。

現在、同社の社長はフォルクスワーゲン・グループ出身のヨルグ・アスタロッシュ氏が、デザインディレクターは、前ランボルギーニのフィリッポ・ペリーニ氏が務めている。
2016年3月にはイタリアの三色旗が追加された新ロゴも採用された。さらに、ウェブサイトでは現場で働くスタッフたちの名前や顔が掲載されていたり、より広く優秀な人材を確保するためウェブ上でスタッフ募集が行われていたり、さらに、トリノ工科大学主催の就職フェアにスタンドが設けられたりもしている。48年前、天才デザイナーによって創立された会社が、新たな章に入ったと感じざるを得ない。

同社のプロダクト・デザイン部門である「ジウジアーロ・デザイン」が手がけた仕事は、イタリア生活のなかで、今もたびたび目にする。

例えば、2012年に運用開始された特急「イタロ号」である。NTV社という企業が、イタリア国鉄系トレニタリア社の鉄道網を借りて走らせている。既存キャリアの電波設備を使って携帯電話サービスを提供しているMVNO事業者の、鉄道版のような会社である。

イタルデザイン・ジウジアーロ社の新ロゴマーク。2016年3月から用いられている。
イタルデザイン・ジウジアーロ社の新ロゴマーク。2016年3月から用いられている。 拡大
特急「イタロ号」の内装は、ジウジアーロ・デザインが手がけた。写真はビジネス・クラス「プリマ」のもの。
特急「イタロ号」の内装は、ジウジアーロ・デザインが手がけた。写真はビジネス・クラス「プリマ」のもの。 拡大
これは「イタロ号」の電源アウトレット。
これは「イタロ号」の電源アウトレット。 拡大

デザインで旅が楽しくなる

そのイタロ号のアルストーム製ETR575型車両の内装は、ジウジアーロ・デザインの仕事だ。シートは全クラスにポルトローナ・フラウ社製のレザーが用いられている。

ネット予約主体の料金が安く、乗務員の平均年齢が若いことなどから、気がつけば筆者も、ミラノや、わが家からはほぼ東京~大阪間の距離にあるトリノへの出張などには、もっぱらクルマではなくイタロを使うようになった。

「シートの座面が滑りやすい」「足元のゴミ箱の容量が少ない」そして「ゴムひもを左右に渡しただけのマガジンラックは雑誌が落ちやすい」とった欠点もある。しかしそれらに目をつぶれば、内装は日本の特急車両の何倍もスタイリッシュで、旅そのものが楽しくなる。

スーパーマーケットを覗いても、見つけることができる。かつて本エッセイの第301回で紹介したCuki社製のアルミ製調理用トレー「ウルトラフォルツァ」だ。従来製品に比べて剛性が20%アップというそれは、調理用品の棚で定番商品のひとつになった。

高いクオリティーに比例して、価格もそれなりに設定されている。そのためわが家では、女房が家計にふさわしい安物を買ってきてしまうことが多く、ウルトラフォルツァを見る機会が少ないのは残念である。

「イタロ号」のシートは、ポルトローナ・フラウ社製。写真中央に見られるように、ロゴマークが刻印されている。
「イタロ号」のシートは、ポルトローナ・フラウ社製。写真中央に見られるように、ロゴマークが刻印されている。 拡大
特急「イタロ号」の、エコノミークラスのシート。「スマート」と名付けられている。
特急「イタロ号」の、エコノミークラスのシート。「スマート」と名付けられている。 拡大
Cuki社のアルミ製調理用トレー「ウルトラフォルツァ」(2012年)。
Cuki社のアルミ製調理用トレー「ウルトラフォルツァ」(2012年)。 拡大
横から見た「ウルトラフォルツァ」。いまや、スーパーマーケットの定番商品だ。
横から見た「ウルトラフォルツァ」。いまや、スーパーマーケットの定番商品だ。 拡大

イタリアの至宝が“卒業制作”

イタルデザイン・ジウジアーロは「お棺」も手がけている。
といっても、現代人が入る棺(ひつぎ)ではない。古代ローマ以前、中部イタリアに暮らしていたエトルリア人の石棺「サルコファガス」の複製である。エトルリアのサルコファガスは、夫婦をかたどったものが有名だ。ジウジアーロは、イタリアの至宝といわれるその棺の複製に挑戦した。

イタルデザイン・ジウジアーロによれば、材質はポリウレタン。ジョルジェット・ジウジアーロ会長(当時)監修のもと、原寸大の自動車モデルを製作する技術で、縦型フライス盤を用いて切削したという。

出来は上々で、首都ローマにあるエトルリア博物館の文化財保護官は、「テクノロジーのおかげで、これからは破損を気にすることなく貴重な文化財を、あらゆる場所で展示できる」と高く評価。2014年、ボローニャ歴史博物館で行われた特別展に展示された。

ジウジアーロ氏本人も「とても誇らしく、幸せな仕事だった」とコメントするとともに、「(この仕事は)私をアーティストとしての原点に立ち戻らせてくれた。自動車の仕事の合間、よい息抜きにもなった」と振り返っている。
同時に、こうも付け加えている。「新たな芸術の楽しみ方も示すことができた。この複製のおかげで、目が不自由な人も、自らの手で触れることで、偉大なる作品を鑑賞できるのだから」。

ジウジアーロ氏は筆者にたびたび、「自動車デザイナーになっていなかったら、祖父や父と同じように絵描きになっていただろう」と話していた。
自ら興した会社を去る前年に残したこの複製は、本人にとって十分に価値ある“卒業制作”となったに違いない。同時に、イタリアの美術界への、素晴らしい置き土産といえる。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ、Italdesign-Giugiaro)

イタルデザイン・ジウジアーロが複製した、エトルリア時代の石棺「サルコファガス」。2014年制作。
イタルデザイン・ジウジアーロが複製した、エトルリア時代の石棺「サルコファガス」。2014年制作。 拡大
エトルリアの石棺は、夫婦をかたどったものが有名。ジウジアーロ氏はクルマのプロトタイプを作る技術で、その複製に挑戦した。
エトルリアの石棺は、夫婦をかたどったものが有名。ジウジアーロ氏はクルマのプロトタイプを作る技術で、その複製に挑戦した。 拡大
こちらは、イタルデザイン・ジウジアーロ社のモデリング作業場。
こちらは、イタルデザイン・ジウジアーロ社のモデリング作業場。 拡大
21世紀によみがえった「サルコファガス」。ポリウレタンの複製とは思えぬディテールの細かさ。いかがだろうか。
21世紀によみがえった「サルコファガス」。ポリウレタンの複製とは思えぬディテールの細かさ。いかがだろうか。 拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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