第370回:ドイツの環境政策に裏打ちされた
BMWの燃料電池車
2016.09.30
エディターから一言
独BMWは2016年9月26日、同社が手がけた最新型燃料電池車(FCV)の試作車を、日本国内で公開した。2013年にトヨタ自動車と燃料電池車の開発で提携を発表してから初公開とあって日本での関心も高く、多くの報道関係者が集まっていたが、筆者がより強い印象を受けたのは、FCVを推進するドイツの環境政策のほうだった。
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トヨタのFCスタックを搭載
今回公開されたFCVの最大の特徴は、トヨタ自動車の「MIRAI(ミライ)」と基本的に同じ燃料電池(FC)スタックを搭載することだ。5ドアハッチバック車の「5シリーズ グランツーリスモ」をベースとしたもので、外観的な差異はほとんどない。室内に目を転じても、乗車定員こそ4人に限られるが、水素燃料タンクのせいで床が高くなったり、後席の座面が高くなって頭上空間が損なわれたりというようなことは一切なく、ベース車と同等の室内空間を確保している。さらに荷室も、やや床が上がっている印象はあるものの、実用的なスペースを確保している。現在BMWは、FCVを2020年に市場導入することを目指している。
ミライとほぼ同じFCスタックを積むBMWのFCVだが、車両のレイアウトは全く異なる。客室の床下にFCスタックを搭載して、エンジンルーム内に搭載したモーターで前輪を駆動するトヨタのミライに対して、BMWのFCVは、前のエンジンルーム(正確にはFCルームかもしれないが)にFCスタックを搭載し、後輪をモーターで駆動する後輪駆動レイアウトを採用しているのだ。
そして通常、プロペラシャフトを通すフロアトンネル内に、縦置きで細長い円筒形の水素燃料タンクを搭載する。FCVであっても後輪駆動にこだわっているのがBMWらしいところだ。後輪を駆動するモーターは左右の後輪の間に配置している。そしてこのモーターの真上にバッテリーを搭載する。荷室の床面が上がっているのは、このバッテリーのためだ。
航続距離は今後の課題
フロントシートの床下にFCスタックを搭載し、水素燃料タンクを後部の床下に積んでいるミライは、通常のエンジン車に比べると、荷室スペースがやや犠牲になっている印象がある。それに比べると、BMWのFCVは、むしろミライよりもレイアウト的に優れているかのような印象があった。もっともそれにはからくりがあって、そのことについては後で説明する。
モーターの出力は150kW以上、0-100km/hの加速は8.4秒という高い動力性能を誇る。気になる航続距離だが、今回日本で公開した車両は約450kmと、ミライが約650kmなのに比べて短い。燃料タンクの圧力は700気圧でミライと同じだが、フロアトンネルにおさまるようにタンクの大きさを抑えた結果、航続距離はやや犠牲になっている。これが先に「からくり」と言った意味だ。
当然、航続距離についてはBMWも十分と思っているわけではなく、別の手だてを考えている。それが、極低温に冷やした水素をタンクに充填(じゅうてん)することだ。冷やすことで水素の密度が上がるため、同じ体積のタンクでも、より多く燃料を貯蔵できるようになるという。ただしこの方法を採る場合には、水素を冷やすインフラがどの程度普及するかが問題になるだろう。
再生可能エネルギーを80%に
従来BMWは、液体水素を燃料として使い、エンジンで水素を燃焼させる水素エンジン自動車を推進してきた。しかし、水素エンジン自動車は、FCVに比べるとエネルギー効率が低いうえ、少量ながら燃焼に伴うNOxなどの排出もあり、また動力性能の面でも排気量当たりの出力を高めにくいなど課題も多かった。このため「ゼロエミッションにあまり効果がない」「FCVに比べて技術的な欠点が多い」(BMW執行役員のマティアス・クリーツ氏)と判断し、現在は開発を止めている。ここで遅れたFCV開発を、トヨタとの提携によってキャッチアップしているというのが現在の段階だ。
特にFCスタックの生産技術については「トヨタはかなり先を行っている」(クリーツ氏)と認め、2020年に市場導入するFCVについては、FCスタックを自社生産するかどうかは明言しなかった。導入当初はトヨタ製を搭載することに含みを持たせた格好だ。
ただし、筆者が非常に印象的だったのが、FCVを市場導入する推進力となっているドイツの環境政策だ。ドイツは2011年に脱原発を宣言し、2050年にはエネルギー供給の80%を太陽光や風力などの再生可能エネルギーでまかなうことを目指している。それまでの中間的な目標として、2030年にはエネルギー供給の55%を再生可能エネルギーにすることを目指している。すでに2015年の時点で、再生可能エネルギーの比率は30%に達している。
水素を需給のバッファに
このように、再生可能エネルギーをエネルギー供給の柱に据えようとする場合に問題になるのがエネルギー供給の不安定さだ。太陽光発電や風力発電は、発電量が天候に大きく左右される。エネルギー需要に応じて発電量を調整できる火力発電とは異なり、天候によってエネルギー供給が過剰になったり、不足したりする事態が避けられない。
この再生可能エネルギーの需給バランスのバッファとして位置づけられているのが水素だ。具体的には、電力が余ったときにはその電力で水を電気分解して水素を貯蔵し、電力が不足するときにはこの水素を使って発電する。そうすれば不安定な再生可能エネルギーを使ってエネルギーを安定供給することが可能になる。ここで生み出した水素を使ってクルマを走らせれば、クルマもゼロエミッション化できるという理屈だ。
もちろん、再生可能エネルギーによって生み出した電力を直接使って電気自動車(EV)を走らせてもいいわけだが、EVにはFCVに比べて航続距離が短い、充電に時間がかかるという難点がある。このためBMWは、都市内走行中心の小型・中型車にはEVが、長距離走行が要求される大型車にはFCVが適していると考えているようだ。
腹を決めたドイツ
筆者はこれまでFCVの普及に対して懐疑的だった。その理由はいくつかある。まず、新しい技術を使っているので当たり前ではあるのだが、コストが高いこと。そして、航続距離をエンジン車並みに確保しようとすると水素タンクが大型化して室内や荷室が狭くなることが挙げられる。加えて水素ステーションの数が少ないから燃料補給も不便だ。しかも日本では、水素の最も低コストな製造法が天然ガスを改質して作るというもので、燃料の採掘から消費までを考えた総合効率ではEVよりも低く、せいぜいハイブリッド車並みである。確かに車両だけを考えればゼロエミッションだが、エネルギー製造の段階まで考えれば、必ずしも他の環境車に比べて優れているわけではない。
つまり、消費者からみたら、値段が高くて、室内が狭くて、燃料補給に不便で、しかも必ずしも環境にいいとは言えないクルマということになり、商品としての魅力に乏しい。なので経済ベースで考えたらFCVの普及には懐疑的にならざるを得ないのだが、これがドイツのように国の政策としてゼロエミッション化を強力に進めるということになれば話は変わってくる。
エネルギー供給のすべてをゼロエミッション化しようとすれば、再生可能エネルギーか原子力くらいしか現実的な解はない。そして脱原発を推進するなら再生可能エネルギーしか選択肢は残らない。再生可能エネルギーを推進するなら、エネルギー供給の不安定さを補うためのバッファが必要で、その現実的な解は水素かバッテリーしかない。だとすればクルマもFCVかEVにするしかない。極めて理論的で、筋が通る。
ではなぜこの極めて筋の通った話が日本では実行されないのか。それは再生可能エネルギーで作った水素や電気が、化石エネルギーから作るよりもはるかに高コストだからだ。この政策を推進することは、企業や消費者に負担を強いることになる。国からは製造業が出ていってしまうリスクさえある。それでもドイツは、脱原発にかじを切り、ゼロエミッション化を決断したのである。
これに対して日本は、水素社会を目指すといいながらも、何のための水素社会なのかがよく分からない。ゼロエミッションを目指すなら、ドイツのようにコストを犠牲にするしかないのだが、その覚悟はないから、化石燃料から水素を作るという、目的が手段化してしまうようなことが起こる。恐らく現在、日本の完成車メーカーのFCV技術は世界一だろう。しかしその技術が最も生きる国は、どうやら日本ではないようだ。
(文=鶴原吉郎/写真=webCG)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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