第37回:カーマニア人生劇場
ある激安中古車専門店オーナーの夢(その3)
2017.04.18
カーマニア人間国宝への道
不況下で激安車の需要が高まる
(その2)からのつづき
車両本体10万円、支払総額20万円以内の激安中古車専門店を経営するリュウ。
商売を始めたのは、2010年4月だった。リーマンショックから1年余、日本だけでなく世界中が不況に喘(あえ)いでいた。
翌年には東日本大震災が発生する。リュウが現在の地に店(と呼べればだが)を構えたのはちょうどその頃だ。たまたまながら時流に乗っていた――のだろう。
激安中古車は売れた。どんどん売れた。
来店客は9割がた成約して帰る。自転車で来た客は、最初から買って帰るつもりだし、クルマで乗り付ける客も、多くは車検が迫っている。今日車検が切れる、あるいはもう切れている(※運転すると深刻な違反です)という切羽詰まった客も多い。
地方ではクルマは必需品。それがないと、明日出勤することもできない。「なんでもいいから動くヤツをくれ!」という需要は、驚くほど多かった。
「軽自動車でも、さすがに登録には2~3日かかります。でも、多くのお客さんがそのまま乗って帰りたい人なので、代車を用意してます。みんなそれに乗って帰りますね。自転車をクルマに積んだりして」
切羽詰まって「動けばなんでもいいから」と来店する客には、ある共通点があるという。
来店客の驚くべき共通点
「乗ってくるクルマの車内が汚いんです。床は大抵ゴミだらけです」
車内の掃除をしていると、いろいろなものが発見される。
「下の方から、食べてない弁当が出てきます。あと、開けてない乾電池のパックや、携帯の充電コード。小銭も多いですね」
床一面に小銭が落ちていたクルマもあった。本人は「カネがないからなるべく安いのを」と来店するが、クルマの床はカネだらけで、それを拾おうともしない。総額5000円くらいになったこともある。
しかもそれら”下取り車”は、あまりにもボロすぎて、その場で廃車になるケースが過半数だ。
「タイヤのワイヤが見えてるのは当たり前、今にもタイヤが取れそうだとか、足まわりのベアリングが完全に逝ってて走るとものすごい音がするとか、ドアノブが全部折れてるとか、そんなのばっかりです」
修理代が車両価格をオーバーしてしまえば、廃車にするしかないのは理の当然だ。
「白煙吹きながら来店したクルマもいました。来る途中でオーバーヒートしちゃってたんでしょうけど、もう最後だからって無理やりそのまま来た感じで。到着と同時に噴水吹き上げてご臨終でした。クルマ買って帰るしかないですよね」
それらのポンコツぶりは実に凄(すさ)まじい。
「清水さんなんか、そんなボロいクルマ、見たこともないでしょう?」
涼しい顔で彼はつぶやいた。
ワケあり客、それぞれの事情
多くの客は、切羽詰まった状態で、ギリギリの予算を握りしめて来店する。
他の店に行ったところで、もっと安いクルマなどめったにない。お互いそれはわかっているが、半数以上の客が一応値切る。
「そういう時は面倒なので(笑)、『今すぐ決めてくれれば5000円引きますよ』ぐらいのことは言いますね。それでほとんど決まります」
ローンを希望する客の割合は3割程度。10万円を40回払いといったことになるが、それも半数以上が審査に落ちる。
そういう時は、何か下取れそうなものはないか尋ねてみる。例えば原チャリとか自転車、あるいは時計。カネはないのにロレックスを持ってたりする人は意外と多い。
「中には『カネが足りないので、ここでバイトさせてください』とか、売春を持ちかけられることもあります。それで2万円引いてくれとか。もちろん断りますけど」
といっても、そういうパターンばかりではない。ロールス・ロイスで来店した客もいた。
「その人はお医者さんでした。病院を経営してて、『出勤用にするから適度にボロいのをくれ』って。患者さんの手前、いいクルマで通勤するわけにいかないって」
驚いたことに、「フェラーリF40」で来店した客もいた。
「その人も『ふだんの足は動けばなんでもいい』ってね。地方で近所を動くだけなら、動けばなんでもいいのはどんな人も同じですよ。買ってったのはえーと、10万円の「ムーヴ」だったかな」
それにしても、わざわざF40で乗り付けなくてもいいように思うが、一種のカタルシスだったのだろうか。
(つづく)
(文=清水草一/写真=清水草一/編集=大沢 遼)
第35回:カーマニア人生劇場 ある激安中古車専門店オーナーの夢(その1)
第36回:カーマニア人生劇場 ある激安中古車専門店オーナーの夢(その2)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。