ホンダ・シビック 開発者インタビュー
ホンダ・スポーツマインドの象徴 2017.06.02 試乗記 本田技術研究所 取締役 専務執行役員四輪R&Dセンター長
三部敏宏(みべ としひろ)さん
「シビック」が日本に帰ってくる。ドイツ・ニュルブルクリンクで鍛えた新型は、「タイプR」をフラッグシップとし「ハッチバック」にMT車を設定するなど、スポーティーさをウリにしている。“復活”に賭ける開発者たちの意気込みを聞いた。
ハイブリッドは……、出ません
トータル500万台のうちの70万台。それが現在のホンダ世界販売における日本市場のプレゼンスだ。グローバルメーカーのホンダにとって、日本は十数%のマーケットなのである。
そんな世界地図のなかで、先代シビックは日本市場を“パス”した。10代目にあたる新型は、登場年で数えると、シリーズとしては12年ぶりの日本市場カムバックである。
「ハッチバック」は、「タイプR」を含めて英国ホンダ製が輸入されるが、「セダン」は埼玉製作所寄居工場でつくられる。エンジンは1.5リッター4気筒。タイプR以外のシビックでは初のターボである。先々代8代目(FD型)の最後に出たハイブリッドは、用意されていない。
日本向けセダンが“国産”なのはグッドニュースかもしれないが、開発の軸足はどこまで日本に置かれていたのか、四輪R&Dセンター長の三部敏宏さんに聞いた。
――復活シビックは、開発段階でどこまでメイド・イン・ジャパンだったのですか?
三部:プラットフォームやパワートレインなど、土台をつくったのは日本ですが、上屋というか、最終的な商品にしていくところは、それぞれの地域の研究所がやっています。北米だとHRA(HONDA R&D America)ですね。開発の当初は、日本からLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)を含むチームが向こうへ赴任して、HRAと共同でつくりました。
――アメリカからLPLも出して、アメリカで生産する「NSX」ほどメイド・インUSAではないと?
三部:ええ。セダンの場合は、日米合作です。
――ハイブリッドがありませんが、待っていても出ませんか?
三部:(少し考えて)このシビックでは出ません。
――ディーゼルの予定は? 欧州の先代シビックにはありましたが。
三部:日本はガソリン1本でいきたいです。グローバルでみると、たしかにエンジンはいっぱい持っていますが、今回はシビックでターボエンジンが受け入れられるかどうかも注目しているところです。
ベンチマークはゴルフ?
特定のベンチマークは挙げなかったが、新型シビックは「操る喜び」において、欧州勢に負けないCセグメント(ゴルフクラス)のトップを目指した。車体設計の責任者、竹澤 修さんはそう語った。特にその成果が問われるのは、全量イギリスで生産し、ヨーロッパを主力市場にするハッチバックだろう。開発チームでパワートレインを担当した松持祐司さんにそのへんの自信について聞いてみた。
――「フォルクスワーゲン・ゴルフ」を超えた、と思いますか?
松持:ダイナミック性能で、ゴルフをしのいだかというと……、だいぶがんばりました。やはりすごい強敵ですし、クルマとしての完成度は本当に申し分ない。そういう意味で、ベンチマークとしては参考にしています。すべてをオーバーオールで超えたかと聞かれれば、一長一短です。
――具体的に、ここは負けていないという点は?
松持:パワートレインはそのひとつです。今回、1.5リッター4気筒ターボをどんなベンチマークにもひけをとらないエンジンとしてマネジメントできたと思っています。CVTも、欧州ではこれまで“ラバーバンドフィーリング”ということでかなりたたかれましたが、今度は有段変速のようなシフトデザインを採用しています。無段でビューンとゴムみたいに伸びる子供用ゴーカートのようなフィールは、たしかに楽しくない。新型CVTでは、多段AT、あるいはDCTのような“変速している感”を出しています。
――タイプRではないふつうのハッチバックにも6段MTがラインナップされています。日本では出しても数売れないというような議論はありませんでしたか?
松持:ありました。実はマニュアルを日本にも入れてくださいと開発チームが懇願したんです。タイプRを買えるお客さまばかりではないですし、「操る喜び」と言っている以上、スポーティーなハッチバックにMTがないというのは市場の期待に応えられないんじゃないか、というのは建前でして、開発チームの多くが、買うならマニュアルがほしい(笑)、ということで、MTの導入が実現しました。
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ホンダファンよ、もう一度
今回のインタビューが行われた「シビックデー」では、残念ながらタイプRに試乗するチャンスは与えられなかった。
だが、話を聞いた開発メンバーの多くが「フラッグシップはタイプR」だと言った。ゴルフのフラッグシップは「GTI」や「R」である、なんて言い方はしないし、そんなふうに思っている人もいないだろう。
320psの2リッター4気筒ターボ+6段MTの欧州仕様新型タイプRは、自己ベストを7秒近く更新して、ニュルブルクリンク市販FF車最速(7分43秒80)の座に返り咲いた。そんな超ド級トップガンを素直にシリーズのフラッグシップと呼んでしまうところが、新型シビックの際立つ“キャラ”といえるかもしれない。
昨年末、ホンダの世界累計生産台数は1億台を突破した。そのうちシビックは4分の1を占める。それほどの基幹車種でも、軽とコンパクトがメインの日本市場では、シリーズ全体をトンがった存在としてアピールしていきたい。そう語ったのは、国内営業を統括する日本本部長の寺谷公良さんだ。
寺谷:今度のシビックは、日本でたくさん売って、しっかり儲(もう)けようというクルマではありません。こういうクルマを出すことによって、オッ、ホンダらしいクルマが出たじゃない、ホンダが元気になってきたな、久々にイイねとか(笑)。まあ、リコール問題とかもありながら、ビジネス的にはなんとかやってきていますが、もうひとつホンダらしさというか、元気な商品がほしい。これを出すことによって、日本でのホンダブランド、ホンダ車のラインナップが少しでも魅力的に映るようになればいい。そういう起爆剤にしたいという思いはすごくあります。
――どんな人に乗ってもらいたいですか?
寺谷:核となるのは、ひとつにはホンダファンといわれるような人ですね。久々にホンダらしいのが出たね、待ってましたという。おかげさまで日本国内で1000万台の保有母体がありますが、一方で、ホンダに乗ってたけど、いまはドイツ車、なんていうかたも多くいらっしゃる。そういうかたに戻ってきてもらえればと期待しています。
(文=下野康史<かばた やすし>/写真=田村 弥、ホンダ/編集=大久保史子)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。