マツダCX-8 開発者インタビュー
新しい挑戦が始まる 2017.09.14 試乗記 マツダ商品本部 主査
松岡英樹(まつおか ひでき)さん
日本におけるマツダの新しいフラッグシップSUV「CX-8」がいよいよデビューした。ミニバン市場から撤退し、未知のジャンルである3列シートSUVの開発に賭けるという決断に至った背景とは? 開発責任者の松岡英樹さんに話を伺った。
“ミニバン廃止”という道を選んだ理由
2017年9月14日に発表されたマツダのニューモデルCX-8は、海外向けの「CX-9」を除くと、同社初となる3列シートを採用したクロスオーバーSUVだ。すでに報道されているとおり、マツダはミニバンの生産から撤退すると発表。このCX-8が多人数乗車のニーズに対応する。
CX-8の開発にあたった商品本部の松岡英樹主査は、ミニバンの需要があることを認めながらもミニバン市場からの撤退の理由を「スライドドアを採用した車両では、われわれが求める安全性能を担保できなくなってきているから」と語った。それはある意味、正直なコメントなのだろう。開口部が大きなスライドドアを採用したミニバンでは、乗り降りや荷物の積み下ろしなどの利便性と衝突安全性能はトレードオフの関係にあり、特に横方向の衝突安全性能においてビハインドがあるのは確かである。
「ミニバンではなかなか成立しづらい“走る楽しさと安全性の両立”を考えた場合、現段階ではミニバン(の開発と販売)を続けるのは難しいと総合的に判断しました。もちろんこれは当社にとっても重大な決断であると同時に新たなチャレンジでもあり、賛否があったことは事実です。しかし、マツダの標榜(ひょうぼう)する走る喜びと安全性をまずは優先し、そのなかで多人数乗車に対応するモデルは何かという考えを煮詰め、CX-8というニューモデルを提案することにしました」
その背景には、北米市場でのミニバンブームの沈静化も大きく影響したことは否定できない。マツダの主要マーケットのひとつである北米では、やはりミニバンに代わり3列シートを採用したクロスオーバーモデルやSUVは徐々に注目されてきている。そうした市場のトレンドも、ミニバン撤退を決定づけた要素であろう。
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マツダのSUVだから実現できる“カタチ”と“走り”
ミニバンではなし得なかった走る喜びは、CX-8のどこで表現されているのだろうか。
その問いに対して松岡主査は、「2012年にスタートさせた“魂動(こどう)”デザインをさらに進化させ、フラッグシップSUVにふさわしいスポーティーで上質なものとしました。われわれはその新しいデザインを、「TIMELESS EDGY(タイムレス エッジー)」と呼んでいます。これにスカイアクティブ テクノロジーを組み合わせ、ダイナミック性能を確保。われわれが『SKYACTIV-VEHICLE DYNAMICS(スカイアクティブ・ビークル・ダイナミクス)』と呼んでいる、“G-ベクタリングコントロール”を含めた統合制御技術も、SUVというスタイルから想像する以上の走りをもたらします」と語った。
「ステアリングを中心にドライバーが(ドライビング)ポジションを取った際、右足が自然とアクセルペダルの位置に置かれ、左足がフットレストに乗る。つまらないようですが、こうした基本をキッチリ押さえていないクルマは、いざというときにペダルの踏み間違いを起こしかねません。ステアリングの中心軸とペダル配置がずれているクルマは、体にひねりが生じ不自然であり、走る楽しさをスポイルしているとも言えます。ドライバーがクルマに合わせるのではなく、クルマの設計時点から、人間の自然な姿勢や操作感を考えた設計です。オルガン式のペダルにこだわるのも“欧州車がそうだから”ではなく、人の自然な(踏み込み)操作、つまりより良い走り(をもたらすドラポジ)を考慮してのことです。この小さなこだわりと積み重ねが、走る楽しさにつながっており、同時に今の市場評価につながっているのではないでしょうか」
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“どこまでも走っていきたくなる”クルマを作る
そうした人間優先のドライビングへの工夫はこれだけではない。例えば視界。「CX-8ではボンネット形状を工夫して、旧『CX-5』よりさらに前方の障害物や信号で止まる際の白線の位置などを把握しやすくなるよう設計しています。同時にAピラーを若干ドライバーよりに後退させ、コーナリング時の左右の見やすさや、交差点での左折時の視界を改善しています。また、ドアミラー形状を工夫しAピラーとの間の死角を少なくすることで、例えば小さなお子さんの認知性を向上させました。(ドライバーから外が)より見えるということは、ストレスの解消にも役立ちます。こうしたストレスの削減もまた、“どこまでも走っていきたくなる気持ちよさや楽しさ”につながると考えています」と松岡主査。ゼロ次安全性の向上は、もはやスバルだけのセリングポイントと考えるのは間違いのようだ。
単に、パワーがあるとか、ダイレクトなハンドリングや路面に追従する足まわりといった分かりやすい要素だけで “走る楽しさ”をうたうのではなく、走り続けたくなるという“気分”もまた、マツダにとっては重要なキーファクターのようだ。ちなみにその“走り続けたくなる”気分に応えるべく、CX-8では国内メーカーでは最大といえそうな72リッターの容量を持つ燃料タンクを搭載。燃費に優れた2.2リッターディーゼルエンジンとの組み合わせで、1137kmという航続距離を実現している。これは東京~九州までをノンストップで走り続けられる距離になる。
“チャレンジ”の意味は一つだけではない
もちろん、マツダの安全技術である「i-ACTIVSENSE」も進化させ標準採用。アダプティブクルーズコントロール(マツダではMRCCと呼ぶ)は全車速対応になったほか、A-SCBS(アドバンスト スマート シティ ブレーキ サポート=自動ブレーキ)/AT誤発進とTSR(交通標識認識システム)も標準装備とした。これについて松岡主査は、「オプションで安全装備を設定してユーザーに選んでもらうのではなく、われわれは標準装備にこだわります。これからも(クルマを)購入した状態で最大限のヒューマンエラーをカバーできるように、装備の採用や充実を行っていきたい」と今後の意気込みを語った。CX-8の運転支援システムは3つのレーダーと5つのカメラ、そして7つのセンサーで構成されており、現状市販最高レベルの安全性を標榜している。
注目の3列シートは、「乗り降りはやはりスライドドアのミニバンにアドバンテージがある点は否めませんが、リアドアの開口部角度を広げるなど、乗降性にも考慮しています。シートはリアに行くに従って徐々に座面が高くなるいわゆるスタジアムシートレイアウトで、3列目では身長170cmの方が楽に座れる空間の確保を目指しました。これは170cmの身長であれば、日本人女性の9割の方をカバーできるという調査から設定したものです」と説明。「もちろん、ミニバンではなくSUVの3列シートモデルで勝負するというのは、われわれの新しいチャレンジでもあります」と続けた。
松岡主査の“チャレンジ”という言葉は、今までマツダが手をつけてこなかった3列シートSUVという市場への挑戦であり、同時に、新ジャンルに打って出るマツダというブランドの可能性への挑戦でもあると感じた。統一感あるデザインや走りへのこだわりだけではなく、今後はこのCX-8をきっかけに、3列シートSUVの利便性と機能性、そして安全性からもマツダを選びたいというユーザーが増える可能性がありそうだ。
(文=櫻井健一/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。
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