ポルシェ911カレラ(RR/7MT)
ポルシェは永遠の憧れ 2017.10.23 試乗記 ポルシェが誇る、伝統の高性能スポーツモデル「911」。数あるラインナップの中でも、最もスペック的に穏やかな「カレラ」にはどのような魅力があるのか。7段MT仕様の試乗を通し、「ベーシック」の一言では語れないそのキャラクターに触れた。“ダウン”じゃなくて“ライト”サイジング
いきなりで恐縮だが、これはまさにボクのためにあるようなクルマだ。
ポルシェ911で最もベーシックなグレードである「カレラ」に乗り、東京-御殿場間の高速道路と市街地を、飛ばすでもなく走りながら思った。これは、本当にクルマが好きで好きでたまらない人が乗るべき、極上のベーシックである。だがそこには、ある種の偏屈さもあっての“クルマ好き”というニュアンスも微量ながら含まれている。それがどういうことなのかは、これからお話ししていこう。
「911」の名を冠してから7世代目となる「タイプ991」。前モデルである「タイプ997」からの世代交代は2011年と6年も前の話であり、今回乗るカレラは、さらにこれを2015年にマイナーチェンジした後期モデル。「991 II」(キューキューイチ・ツー)と呼ばれたりもしている。
いまさら、登場から2年の月日がたったモデルをなぜ試乗するのか? 大変恐縮ではあるのだが、その答えを筆者は持っていない。なぜなら筆者は、以前にもこの“素カレラ”をwebCGでインプレッションしており、そこではたっぷりと思いの丈をぶつけているからである。
ただし前回とは異なり、今回の試乗車は“ライトハンダー”。トランスミッションが、よほどのエンスージアスト以外は選ばないだろう7段MTであるのは前回と同じだ。
911 IIで話題となるのはそのエンジンが、先代のタイプ997から受け継がれた水平対向6気筒の自然吸気ユニット(350ps)から、完全新設計の3リッター(正確には2981cc)ツインターボ(370ps)へと刷新されたこと。
ポルシェはこれをダウンサイジングならぬ「Rightsizing」と表し、当然ながらその性能を底上げした上で環境性能への対応を充実させてきたわけだが、ポルシェファナティックからすればそこには伝統の自然吸気ユニットをターボ化したことに対する危惧や不安があり、911を買えもしない筆者のような外野からすれば、これを酒のさかなにヤジを飛ばすことが、ひとつの気晴らしとなっているようである。
だがしかし、このエンジンは素晴らしい。
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フラットシックスの進化の歴史
小難しい話をまず済ませてしまうならば、ポルシェは既に自然吸気ユニットである991前期型からその排気量をダウン……もといライトサイジング化している。タイプ997のユニットをベースにストロークを82.8mmから77.5mmへと短縮して排気量を3436ccへと縮小し、モード計測におけるCO2の排出量を減らした。ただしその代わりに高回転型とすることでパワーを5ps増し(カレラ同士の比較)しているから、きっちり最高出力発生回転数(997後期は6500rpm、対して991前期は7400rpm!)までエンジンを回したときの燃費に関してはどうなのだろう? という疑問もあるのだが。
そしていよいよ環境性能への締めつけが本格化した状況で、ポルシェはそのユニットを直噴ターボ化することへと踏み切ったわけだ。彼らが公表するところではこの新世代エンジンは前期型に比べ、約12%の燃費改善を実現したという。
ただしマツダを見てもわかる通り、実用域での燃費を語る場合は、小排気量多段化ターボが必ずしも低燃費というわけではなく、むしろ適切な排気量の自然吸気エンジンで走らせる方が、アクセル開度に対する燃料消費が抑えられるという意見もある。
つまりポルシェは、グループを仕切るフォルクスワーゲンが小排気量多段化ターボ化を推し進めた背景を含みつつ、あくまでスポーツカーらしい動力性能をドロップさせない手段として、このターボ化を選んだのではないだろうか。さらに言えば、3リッターという排気量も適切な容量だと筆者は感じている。
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「毎日乗れる」という美徳
実際、このターボ化された6気筒ユニットは実に心地よい。先代比で60Nmも増強された450Nmの最大トルクは、クラッチをつないで少しだけアクセルを踏み込んだ瞬間(1700rpm)から生み出され、常用域ではまず達しない5000rpmの広範囲までカバーするから、常識的なドライブでその所作に不足を感じることはまずない。
またツインターボのレスポンスによってアクセルに対する“ツキ”の良さは完全に穴埋めされているどころか、自然吸気エンジン以上にリニアなレスポンスを常用域では発揮してくれる。
かつその排気サウンドは、適度に高揚感をあおる紳士的な抑えが効いた野太さを備えおり、日常的な運転がとても楽しい。そう、このエンジンはターボらしくないのである。
同時に991 IIのカレラには、水冷自然吸気エンジンの最終モデル(991 Iのことだ)のような“やり過ぎ感”がなく、「毎日乗れるスポーツカー」という911における最大の美徳をしかと備えている。
弟分である「ケイマン」が、かつて911の担っていた小さくて俊敏な運動性能を受け継いでくれたこともあり、そのGT性能にさらに磨きを掛けることができた。
フロント荷重が少なく、トレッドの広いノーズは操舵に対して遅れなく追従する一方、長いホイールベースが過敏な動きを抑えて優れた直進安定性をもたらす。もちろんその走安性の高さとリニアなレスポンスには、911の伝統であるリアエンジンによるトラクションの高さ、FR車のようにトルクチューブを介さない、プロペラシャフトへのダイレクトな出力伝達能力も加わっているはずだが、それを強く感じさせないところも成熟の結果といえるだろう。
また、今回の試乗車にはリアアクスルステア(後輪操舵)がなかったことも興味深かった。「GT3」や「ターボ」で体感したあの小回り感は驚くべきものではあるが、これがなくとも日常で911の楽しさが削がれる印象はまったくなかったのである。
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オススメは“つるし”の19インチ
また7段まで増やされたマニュアルトランスミッションの手応えも悪くなかった。右ハンドルになっただけでこれまで遠く感じていた7速が手前になり、操作は一気に楽になったのである。逆に1~3速は遠くなるじゃないかと言われそうだが、そこに対する不便は、なぜだかさほど感じなかった。
そして、変速時のちょっとばかり面倒な操作に対して、オートブリッパーがピタリと回転をそろえてくれるのも助かる。おかげで、その面倒な“ゲートを探るブラインドタッチ”に五感を集中させる行為そのものが、911との対話になった。
唯一難クセをつけるとすれば、試乗車に20インチの大径タイヤが装着されていたことだろうか。特にフロント側は短い周波数の突き上げ感があり、その紳士的でまったりとしたサスペンションのロードホールディング性とマッチしない。もっとも、格上の「カレラS」やターボといったグレードでは、これも見事に抑え込まれているのだから、常用域ではまだまだストラット式サスペンション(フロント)もその剛性を確保しきれているのだと思う。つまりこのしなやかなカレラのスプリングおよびダンピングレートに対しては、スタンダードな19インチタイヤの方がふさわしいということである。
そのお値段がもどかしい!
高速道路における瞬間移動、目の前が開けたときに刹那的な加速を演じてスマートに自分の居場所を確保するような場面、はたまたちょっとしたライバルに遭遇したときの自己主張といったシチュエーションにおいては、確かにカレラSほどの爆発力をこのカレラは持っていない。
しかし、あえて言えばその“遅さ”さえもが、パワーバンドを使い切って走らせる往年のカレラに似ていて、乗れば乗るほどにその良さがカラダに染み入ってくるのだ。
そしてこの心地よさが、“愛着”へと変わってしまったらマズいことになるゾ……と筆者は感じた。
つまり、このベーシックなカレラはまごうかたなき“往年の911”なのだ。そして本当にクルマが好きでたまらないマニアックな人間には、この味わいがとてつもなく肌に合うはずなのである。
だからこそ、1244万円というプライスが本当にもどかしく、悩ましい。
何が言いたいのかといえば、911に好奇心をもってこれを手に入れようとする人々にとってカレラは木訥(ぼくとつ)に過ぎ、本当に欲しいクルマ好きには、ちょっと手が届かないもどかしさがあるのである。
筆者が免許を取った頃のカレラ(タイプ964)は、その価格が1035万円だった。約30年近い月日を経てその値上がり幅は20%と意外に小幅だが、デフレ日本に取り残されたいちクルマ好きの肌感からすると、1244万円という金額をスポーツカーに投じる行為そのものが狂気の沙汰だとしか思えない。
しかし、もしここを踏ん張って(筆者と同じクルマ好きサイドの)アナタがカレラを手に入れたとすれば、それはもうとびっきり濃密な愛車との蜜月が始まると筆者は予言する。ナムナム……。
そういう意味では、PDKではなく7段MTモデルを迷いなく選べるか否かが、ひとつの試金石となるかもしれない。
あぁ! 911カレラは筆者にとって永遠の憧れである。
(文=山田弘樹/写真=田村 弥/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
ポルシェ911カレラ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4499×1808×1303mm
ホイールベース:2450mm
車重:1430kg(DIN)
駆動方式:RR
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:7段MT
最高出力:370ps(272kW)/6500rpm
最大トルク:450Nm(45.9kgm)/1700-5000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ)
燃費:8.3リッター/100km(約12.0km/リッター、NEDC複合サイクル)
価格:1244万円/テスト車=1501万3000円
オプション装備:ボディーカラー<サファイアブルーメタリック>(21万4000円)/レザーインテリア/レザーシート<サドルタン>(61万4000円)/電動可倒式ドアミラー(5万5000円)/LEDヘッドライト<PDLS+付き>(47万1000円)/ドアミラー下部ペイント仕上げ<「911ターボ」デザインタイプ>(7万7000円)/スポーツクロノパッケージ(32万7000円)/20インチ カレラSホイール(26万円)/スポーツシート・プラス(14万6000円)/シートヒーター<フロント左右>(8万6000円)/カーボン・インテリアパッケージ(29万円)/フロアマット(3万3000円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:2827km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:298.3km
使用燃料:38.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:7.8km/リッター(満タン法)/8.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
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