第66回:ユニバーサルジョイントの闇
2017.11.07 カーマニア人間国宝への道これは大事件だ……
「カルカルハンドルも直りました~」という尾上メカからの連絡。私は、にわかには信じられなかった。
なにしろ、赤い玉号のステアリングの軽さはハンパじゃない。想像を絶する軽さなのだ。あの池沢早人師先生も「えええっ!」と絶句したほどで、中立から左右60度ずつ、全部遊びみたいなのである。そこより切ると急激に手応えが出てくるが、とにかく根本的に何かがおかしいとしか思えない。
で、今のところの最有力説は「キャスター角がメチャ浅い」というものだった。
ところが、尾上サービスの金髪カーマニア・酒井メカの提案「ユニバーサル、ちょっとやってみていーですか」で、それが直ったという!
2日後。私はコーナーストーンズに赤い玉号を引き取りに行き、さっそくそこらで試乗した。
走りだしてすぐ、異変を感じた。
こ、これは……。
直ってるかもしれない!
1kmも走ると確信に変わった。直ってる! 確かに直ってる! いままでと全然違う!
厳密には、10年前に乗っていた「ヨーコ様」こと黒い「328GTS」に比べると、まだ手応えは軽めだ。しかしそれは、アライメントやタイヤで変わるレベルの軽さ(たぶん)で、根本的な部分は確実に直っている!
これは大事件だ……。
知られざるメカオタクな世界
一般の皆さまにとってはどーでもいーことでしょうが、カーマニア的には大事件。謎のカルカルハンドルが、謎の調整で直ってしまった! そこには、私がまったく知らないメカオタクな世界が存在する!
金髪リーゼントな酒井メカの提案「ユニバーサルをちょこっと調整」とは、いったいどんなものだったのか!?
尾上「ユニバーサルジョイントって、実は回転速度が変わっちゃうんですよ」
そのひと言を頼りにネット検索すると、驚くべき事実が判明した。
ユニバーサルジョイントすなわち自在継ぎ手は、軸が曲がる角度が深ければ深いほど、伝わる回転速度が大きく変わるのだ!
ただし通常、ユニバーサルジョイントは2つセットで使われるため、向きをそろえておけば、3本目の軸には、その回転速度変化は相殺されて伝わる。
が、向きがそろっていないと、回転速度の変化は相殺されない。つまり、ステアリング速度が場所によって変化してしまう。
で、赤い玉号のステアリングシャフトにある2つのユニバーサルジョイントの向きは、どれくらいズレていたのか。
尾上「ちょうど90度くらいだったってさ」
90度! 180度が一周期なので、90度向きがズレていたら、回転速度の変化は二乗になってしまう!
んじゃ、328のステアリングシャフトは、どれくらいの角度で曲がっているのか。
私が見たところ、それは30度ずつくらいであった。ハンドル側から見ると、まず30度くらい上向きになり、ステアリングギアボックス寸前で今度は30度くらい下向きになっている。
スゴイぞ、酒井メカ!
ネット検索で出てきたグラフによると、曲がりの角度が40度なら、回転速度の変化は最大30%を超える。その二乗なら1.69! それは一大事!
30度だといくつになるのか知りたいが、算出式には微積分が使われている。
実はワタクシ、微積分がまったく理解できず、高3の時「数III」で落第点を取った。後期中間テストは15点、期末テストは0点だった。そんな私にサイン・コサインはムリ!
ただ、雰囲気的には20%くらいと思われるので、その二乗は1.44。つまり赤い玉号のステアリング速度は、中立付近では4~5割スローになっていた! そりゃカルカル&手応え皆無に感じるわな……。
逆に90度切ったあたりでは、4~5割速くなっていたわけで、そこらから急に手応えが出ていたのも納得だ。
それにしても、こんな原理まったく知りませんでした! 後に“跳ね馬を2000台直したメカニック”こと平澤雅信氏に聞いても、「それは思い浮かばなかったですね……」と語ったほどである。
なぜって、ユニバーサルジョイントの向きなんて、フツーはまず手をつけないから!
こんなマニアックなことを一発で見抜いた酒井メカとは、いったいどんな男なのか。これは直接話さねばイカン!
酒井「ハンドルが軽いって聞いた時から、たぶんそうじゃないかと思ってました」
私「それはナゼ!?」
酒井「えーと、自分のポルシェがそうなっちまったことがあるからです」
私「あ、自分でいじってて?」
酒井「そうです。オレ、ポルシェに『ワゴンR』の電動パワステ付けてるんスよ」
私「そ、それはとってもユニークだね!」
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。