フォルクスワーゲンe-ゴルフ(FF)
2020年への第一歩 2017.11.15 試乗記 フォルクスワーゲン(VW)の「ゴルフ」ファミリーに、100%電気自動車(EV)の「e-ゴルフ」が新登場。VWグループがいよいよ本腰を入れた電動化、その嚆矢(こうし)ともいえるモデルの出来栄えやいかに!?電動化への意気込みを示すモデル
《世界最大市場の中国がEVにかじを切った!》
《各国で続々とガソリン車・ディーゼル車禁止政策が打ち出されている!》
《ヨーロッパの急激なEVシフトに日本は対応できていない!》
《ガラパゴス化した家電の失敗を自動車が繰り返すのか?》
《一刻も早くEV開発に取り掛からなくては手遅れになるぞ!》
経済誌や雑誌では、自動車業界が劇的な変動期を迎えていることを論ずる記事が人気だ。数年のうちに本格的なEV時代が到来し、ガソリン車にこだわる日本は時代遅れになるらしい。刺激的なタイトルを競い合い、日本の自動車産業が没落の危機を迎えていると警告する。単純化や誇張は読者の関心を引くためのテクニックなのだと考えることもできるだろう。温かい気持ちで見守りたいが、トヨタが1997年の「プリウス」から電動化技術を蓄積してきたことを理解していない書き手もいるから頭が痛くなる。
EVの開発競争に拍車がかかっていることは事実だ。その急先鋒(せんぽう)と目されているのがVWである。2017年の東京モーターショーのプレスカンファレンスでは、EVコンセプトの「I.D.」シリーズの前でセールスマーケティング・アフターセールス担当取締役ユルゲン・シュタックマン氏が「e-モビリティーのマーケットリーダーになる!」と胸を張った。
電動化に向けたロードマップを見ると、ディーゼル至上主義からはっきりとEV重視に方向転換したことがわかる。
・EV専用プラットフォーム「MEB」を開発し、それをベースにした次世代EVを2020年に発売。
・2025年に年間100万台のEVを販売し、VWグループ全体で80車種の電動化車両(そのうち50車種は完全なEV)を市場に導入。
VWの意気込みを示しているのが、初のピュアEVのe-ゴルフである。ベストセラーカーであるゴルフで勝負をかけてきたのだから、出来栄えには相当自信があるのだろう。
走行可能距離はカタログ値と同じ?
試乗会場に並べられたe-ゴルフはすべて白。ボディーカラーは「ピュアホワイト」しか用意されていないから当然だ。クリーンなイメージを強く打ち出すためのイメージ戦略なのだろう。ヘッドライトに配されたブルーラインやバンパー両脇のC字型LEDランプがe-モビリティーであることを示す印だというが、これみよがしではない。「e-Golf」のバッジも控えめである。
ステアリングホイールやシフトセレクターにブルーのステッチが入っていて、ドライバーにEVを運転していることを自覚させる。メーター類もEV仕様になっているが、もともとデジタル化されているのでガソリン車との極端な差があるわけではない。まず確認しておかなければならないのは、走行可能距離だ。朝一番の試乗枠だったので、満充電状態である。示された数字は300km。これにはちょっと驚いた。JC08モードで301kmとされているカタログ値とほぼ同じなのだ。
筆者がこれまで乗ってきたEVでは、満充電でもカタログ値をはるかに下回る数字が表示されていた。「BMW i3」はJC08モードで390kmのところ、メーターでは最初から190kmとなっていた。2代目「日産リーフ」は400kmという数字を強く押し出しているが、95%充電されている状態で示されたのは241kmだった。この2車の場合は、前に乗っていた人の運転の仕方を考慮した数値が示されているようだ。e-ゴルフはまず最大限の走行可能距離を提示した上で、運転の状況を見て実際の数字に修正していく方式である。
バッテリー容量はe-ゴルフが35.8kWhでリーフが40kWh。最高出力/最大トルクは、それぞれ136ps(100kW)/290Nmと150ps(110kW)/320Nm。リーフが若干上回るものの似たような比率になっていて、このくらいの構成がEVとしては現時点の標準なのだろう。
ワンペダル方式は不採用
発進はすこぶる静かだ。モーターやインバーターの音もほとんど聞こえない。ゆっくりとスムーズに進み、低速域のコントロール性に優れている。ドライビングプロファイル機能が備えられており、「ノーマル」「エコ」「エコ+」の3段階から選べる。通常はノーマルで走行することが推奨されているが、航続距離が乏しくなってきたらモードを切り替えて調整すればいい。出力やエアコンの作動状況を変えることによって、電池の消耗を減らすのだ。ノーマルでは最高速度が150km/hなのだが、エコでは115km/h、エコ+では90km/hに落とされる。
エコ+を選んで走ってみると、いくらアクセルを踏んでもなかなか加速しない。よほど困ったときだけに使うことを想定しているのだろう。ノーマルを選べば、EVらしいパンチの効いた加速が得られる。気持ちがよくて、ついついアクセルを踏み込んでしまった。モーターのスムーズさに慣れてしまうと、エンジン車には戻れなくなりそうで怖い。
i3やリーフ、ハイブリッド車の「日産ノートe-POWER」では、アクセル操作だけで加減速を行うワンペダル方式が採用されている。VWは少し違う考え方を持っているようだ。Dレンジを選ぶと、アクセルオフ時はコースティング走行を優先し、走行抵抗を軽減する。高速道路で巡航する際には、この状態が最も燃費が向上するという。
セレクターを左に倒すと「D1」「D2」「D3」の順にモードが切り替わり、回生ブレーキが強く作動するようになる。D3が最も強力なのだが、それでもBMWや日産と比べると効きは弱い。アクセルを離しても止まってしまうようなことはなく、減速するにはフットブレーキを使う必要がある。回生能力を最大にする「B」レンジもあるが、走行用というよりは充電のための選択肢だ。
EVらしい高級感のある乗り心地
乗り心地がいいのも、EVであることのメリットだろう。外形寸法はガソリンエンジンのゴルフと同一で、車重は270kg重い。重量増は走行性能の面では望ましいことではないが、落ち着きのある動きになることが乗り心地にはプラスに働く。バッテリーを搭載するために高張力鋼板を多用してシャシーを強化していることも、好結果につながっているはずだ。
コーナーで感じたのは、ハンドリングのナチュラルさだ。これぞニュートラルステアという印象で、ハンドルを切った角度がそのままクルマの動きに表れるような気がする。この感覚はe-ゴルフに限ったことではなく、モーター駆動で走る時はいつも感じることだ。エンジンの音や振動がないことが、心理的に快適さをもたらしている。要するに気のせいなのだが、それがEVの高級感を演出しているように思える。
e-ゴルフにはほかのゴルフと同等の運転支援システムと先進安全装備が備えられている。歩行者にも対応する緊急ブレーキの「フロントアシスト」や車線逸脱を防ぐ「レーンアシスト」、前車との間隔を保って加減速を行う「アダプティブクルーズコントロール(ACC)」などだ。この手の装備は珍しいものではなくなってきたが、ACCに関してはEVが一歩先を行く。すべて電動だから、制御がしやすいのだ。e-ゴルフもタイムラグのない加減速が心地よく、渋滞でもストレスなく機能した。
人間が運転しているとつい無駄に加速してしまうから、ACCに運転をまかせたほうが燃費はよくなりそうだ。ただし、限界はある。高速走行していればどうしても大量に電力を消費するので、機械が運転してもさほどの節電効果はない。カタログ値と同等の燃費を実現するには、50km/hぐらいのスピードで定速走行するしかないそうである。もちろん現実の交通状況では不可能で、e-ゴルフが充電せずに301kmを走りきることはできない。短時間の試乗を終えると、メーターには衝撃的な数字が表示されていた。
いつかは“いいゴルフ”に
市街地と高速道路、渋滞区間も含む16.1kmを走って、走行可能距離は228kmになっていた。スタート時は300kmだったから、72km分減っている。実際走った距離のほぼ4倍だ。思うままに気持ちよく走った場合、75km走るとバッテリーが空になる計算になる。近場だからと安心してEVの気持ちよさを味わってしまったからで、普通に走ればもっと長い距離を走れるはずだ。それでもきっとカタログ値の“七掛け”がせいぜいで、遠出をすれば急速充電器のお世話になるしかない。
今のところ、EVはガソリンエンジン車と同じレベルの利便性があるとは言いがたい。所有するには自宅に独立した電源の充電器を備えていることが必須で、遠距離を走る際には時間の余裕を持って出掛ける必要がある。東京で乗るならば、普通充電でバッテリーを満杯にするのにかかる電気代は1000円強ぐらい。仮に200km走れるとすれば、100km走るのに500円かかる。エンジン車よりはかなり安いが、車両価格を考えればトータルで経済的とはとても言えない。
同じタイミングでマイナーチェンジを受けたプラグインハイブリッド車の「ゴルフGTE」は、e-ゴルフより30万円安く手に入る。実用性を考えればこちらのほうが手を出しやすいのは間違いないが、それでも販売台数はあまり伸びていない。購入しているのは、環境や先進技術に興味を持つ一部の意識高い系だけだという。だから、VWは今すぐにEVシフトが起こるとは考えていない。派手な電動化構想をぶちあげたのは、あくまで企業姿勢のアピールなのだ。真に受けてVWがEV路線を突き進むと決めてかかるのは、あまりにも軽率である。
e-ゴルフについても、「VWの電動化戦略の第一歩として重要なモデル」という控えめな表現をしている。ゴルフファミリーの中に新たなパワーユニットを用意したことに意味があるわけで、将来を見据えた構想の一環なのだ。本格的なEV計画の始動は、専用プラットフォームであるMEBの開発を待たなければならない。
試乗車を前にして、編集部F青年は「タイトルは“e-ゴルフはいいゴルフ”で決まりですね!」と言って飛び切りの笑顔を見せた。若いに似合わず競馬とプロ野球を愛する昭和的感覚を持つ彼は、新橋ガード下の陽気なサラリーマンのようなダジャレ好きでもあるようだ。青年の思いつきを生かしたいところだが、現時点ではe-ゴルフをいいゴルフと言い切ってしまうことにはためらいを覚える。この後何年か、あるいは十何年か後には、名実ともにe-ゴルフが最もいいゴルフになるのかもしれない。その時まで、このすてきなタイトルはとっておくことにしよう。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フォルクスワーゲンe-ゴルフ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4265×1800×1480mm
ホイールベース:2635mm
車重:1590kg
駆動方式:FF
モーター:交流同期電動機
最高出力:136ps(100kW)/3300-11750rpm
最大トルク:290Nm(29.5kgm)/0-3300rpm
タイヤ:(前)205/55R16 91Q/(後)205/55R16 91Q(ブリヂストン・トランザT001)
一充電最大走行可能距離:301km(JC08モード)
交流電力量消費率:124Wh/km(JC08モード)
価格:499万円/テスト車=520万6000円
オプション装備:テクノロジーパッケージ<デジタルメータークラスター“Active Info Display”、ダイナミックコーナリングライト、ダイナミックライトアシスト、ダークテールランプ、LEDテールランプ>(17万2800円) ※以下、販売店オプション フロアマット<プレミアムクリーン>(4万3200円)
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:33km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:--km/kWh
![]() |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。