フェラーリ・ポルトフィーノ(FR/7AT)
至高のグランツーリスモ 2018.03.07 試乗記 フェラーリの新しいV8GT「ポルトフィーノ」に南イタリアで試乗した。この「カリフォルニアT」の後継モデルは、グランツーリスモとして一段と洗練されていただけでなく、跳ね馬の名に恥じない熱い走りを備えていた。イタリアの高級リゾート地にちなむ
ジャパンプレミアの直後にイタリアで試すことができたのだが、つべこべ書く前に、さっさと結論を言ってしまおう。ポルトフィーノは、デイリーユースのGTとしてはもちろんのこと、FRのスポーツカーとしても、現時点で最も優れたモデルのひとつである、と。
「カリフォルニア」のデビューからちょうど10年。後継モデルとなったポルトフィーノは、カリフォルニアが10年かけて築き上げてきたクラス最高峰GTカーというステータス――それは跳ね馬にとってまったくの新ジャンルだった――を、いっそう引き上げることに成功したといえそうだ。
2017年秋。フェラーリの創立70周年を祝った一連の祝賀イベントの、ハイライトのひとつとして、ポルトフィーノはデビューした。この名前は、カリフォルニアと同様に、“海”の存在を感じさせる地名に由来する。
ジェノバの南、リグリア海沿いのコムーネ、ラパッロから海岸線を沿って走ると小さな入り江にたどり着く。港を見れば豪華なクルーザーが世界中から集まり、海に面してはカフェやレストラン、ショップが立ち並ぶ。そして、街には、世界中の有名ブランドが軒を連ねている。イタリアらしいセンスとファンタジーに溢(あふ)れた小さな港町、イタリア人なら誰もが憧れる場所、それがポルトフィーノだ。
デビューから、およそ半年。待望の国際試乗会はてっきりそのポルトフィーノで行われるものとばかり思っていたら、南イタリアはバーリへ来たれ、とのインビテーションが届いた。10年おいてフルモデルチェンジとなった“マラネッロ入門機”の仕上がり具合を確かめるべく、イタリア半島のかかとまで出掛けたのだった。
600psの3.9リッターV8ターボを搭載
2008年にデビューしたカリフォルニアは、フェラーリにとって史上初となるV8フロントエンジンのGTカーであり、リトラクタブルハードトップ(RHT)を備えた2+2シーターモデルであることが最大の特徴だった。
マラネッロのもくろみどおり、カリフォルニアおよび「カリフォルニアT」のユーザーは、その7割が新規のカスタマーで、跳ね馬入門機としての役割を十分に果たす。さらに、ミドシップモデルや12気筒モデルのオーナーに比べると、跳ね馬を日常的に乗って楽しむ割合がはるかに多く、そのうち3割はリアシートも存分に活用するという。
そんなカリフォルニアシリーズの成功を受けて、後継モデルの開発は、RHTで2+2のFR GTであるという基本のコンセプト以外、“ブランクペーパー”(白紙)から始められた。
もっとも、カリフォルニアTと同じパワートレインを使うことくらいは決まっていた、とは思う(最近のフェラーリはモデルチェンジとパワートレインチェンジを交互に行っている)。それでも、一見同じエンジンには数々の改良が加えられており、7段DCTのプログラムアップデートも施されている。
F154系3.9リッター直噴V8ツインターボエンジンのなかでも、「GTC4ルッソT」用との血のつながりが最も濃いものだ。スペックこそルッソT用とほぼ同等(最高出力のみ10psダウンの600ps)ながら、ワンピース構造(ルッソT用は3ピース)のエキゾーストマニフォールドを採用するなど、細かな改良が施されて効率や官能性が増した、というのがマラネッロの主張である。その他、内外装のデザインといった“見える部分”はもちろんのこと、ボディー骨格やシャシー、フロアパネルといった“見えない部分”もすべて、新規開発されている。
RHTも、開閉方式こそ従来と同じ形式ながら、全面新開発の軽量コンポーネントとした。RHTを採用するオープンカーでルーフ面積の大きなモデルというと、どうしてもリアからの眺めが不格好になりがちだ。カリフォルニアもその例にもれなかったが、今回ようやく美しいクーペスタイルを手に入れている。開閉に要する時間は、14秒。走行中でも40km/h以下であれば操作できる。
さらに軽量で低抵抗に
試乗前のプレゼンテーションにおいてエンジニアたちが強くアピールしたのは、軽量化に関する取り組みについてであった。ボディーシェルやインテリアといった大口のダイエット部位を筆頭に、エンジンからRHT、電装パーツ、溶接に至るまで、どこもかしこも軽量化に力を注いでいる。
カルフォルニアTより80kg軽い。大騒ぎするほどのことじゃない、と思われるかもしれないが、ボディー剛性やサスペンション取り付け部剛性など各部の性能が向上し、パワースペックもついに大台の600ps(カリフォルニアTは560ps)に達したことを併せて考えると、その効果は絶大だ。
ビークルダイナミクスをつかさどる制御系の進化も抑えておくべきポイント。「812スーパーファスト」に続き、このクラスで初めて電動パワーステアリング(EPS)を採用する。これを、最新世代の磁性流体サスペンション制御システムのSCM-EやE-Diff3、F1tracとともに統合制御することで、走行環境やドライビングスタイルにあわせた最適なパフォーマンスを提供するという仕掛けにも磨きが掛かった。
最新スポーツカーの進化を語るにあたって、ハイパワー化、軽量化、電子制御、とくれば、最後はエアロダイナミクスだ。アンダーボディーをはじめ、ラジエーターまわりや、エアカーテン一体型のヘッドライト、フロントホイールアーチ後方へのエア整流など、細かく工夫した結果、カリフォルニアT比でCd値を6%低減することに成功している。もし仮に、カリフォルニアTに600psエンジンを積んだとして、そのために必要なデザイン(グリル開口部など当然、容積が必要になる)を与えた場合のモデル(つまりカリフォルニアTの600ps仕様)と比べたとしたならば、なんと18%も低いCd値になっているという。
ちょっとだけポルトフィーノに詳しくなっただけだというのに、期待に胸がいっそうふくらんだ。フェラーリの新型車は、いつだってそうやってテスターから冷静さを奪いとってしまう。ブランドの力だと言われれば、それまでだけど……。
一段と快適なGTに進化
新デザインとなったステアリングホイールのエンジンスタートボタンを押す。ルッソTよりももうちょっと元気な目覚めか。けれどもすぐに静かに落ち着き、ノイズや振動もまるで感じさせず、しつけが十分に行き届いていることが手に取るように分かる。マラネッロでの位置づけは、あくまでもGTなのだ。
雨予報だったにも関わらず、日が射(さ)してきた。迷わず、オープンに。カリフォルニアのときも、その開閉のスムーズさに驚いたものだが、ポルトフィーノのそれはさらに上回った。軽やかでスムーズ、精緻なメカニカルムーブメントが、頭上の空気の動きから察知できる。それがなかなか心地いい。
コンフォートモードで走りだした。はっきりと身軽になった動きが、早くも乗り手の気分をわくわくさせる。フルオープンであるにも関わらず、ぎゅっと引きしまった感覚が下半身にあった。硬めながら弾力に満ちた車体の反応と、妙な震えやきしみが一切ないことから、乗り心地もこの手のスポーツカーとしては最高のレベルに仕上がったと言っていい。
新設計のウインドデフレクターのおかげで、前後サイドの窓さえ上げておけば、頭頂部以外に風を感じるということがない。それはそれでオープンカーとしてはどうか? とは思うものの、髪や服の乱れ、首まわりの寒さを気にする人にはうれしいはず。
コンフォートのまま加速を試す。ターボラグは極めて少なく、まるで大排気量自然吸気(NA)のような加速だ。あえてドカーンとトルクを出さず、かといってかったるさを感じさせない。トルクのノリのあんばいが、このユニットの肝だろう。
サウンドにしても、ルッソTと同じ仕組みの改良型電子制御フラップが仕込まれていて、モードや運転の仕方に応じてフラップの開閉量をきめ細やかに制御し、音を作りだす。2000rpmを超えたあたりから徐々にボリュームを上げ、4000、5000と、エンジンの伸びに従って甲高くなっていく。「488」系のように急なサウンドの変化はない。これは、バルブが全開となるスポーツモードでも同様だ。
NAに比べて、低回転域において音質がやや太いのはやむを得まい。その代わり、NAのようなきゃしゃな回転フィールとは無縁。力を保ったまま、きっちり7000rpm以上まで回ってくれる。
スポーツドライビングへと誘う
世界遺産の村・アルベロベッロの近くに、スポーツカーのテストにはおあつらえ向きの峠道があった。ルーフを閉じて、見た目も機関も乗り手の気持ちも、スポーツモードにスイッチする。
パワフルだが、あくまでもリニアな加速がドライバーを慌てさせない。逆に、遅い? とまで思ってしまったが、速度計を見て驚いた。車体の完成度が高いため、ドライブ中の速度感覚がこれまでのフェラーリとはちょっと違うのだ。
そのことをはっきり知ったのは、後から助手席に座ったときだった。ペアを組んだ腕利きのジャーナリストが同じコースを同じ感覚で攻めたてた。助手席モニターの速度計を確認するまでもなく、尋常ではない速さ感に思わず体が硬直する。運転しているときには感じなかったスリルを覚えたのだった。
コンフォートモードでのシフトアップは滑らかさ重視だが、スポーツモードではパドル操作をするたびに“ぐぃぃ”と前へプッシュされるような前のめりの感覚がある。電光石火の変速が欲しいのは、減速するシフトダウン時ではなく、加速するシフトアップのとき、だ。
驚いたのは、それだけじゃない。雨上がりで砂利の多い舗装路、つまりはとてもスリッピーだったわけだが、にも関わらず、車体の微妙な動きを捉えやすく、それゆえ、リアが滑り出すような場面がいつなんどき現れても、冷静に対処できた点にも感心した。あらゆるコーナーの入り口では荷重移動が手に取るように分かり、タイヤと腕が直結しているかのような十分な手応えをもって旋回する。さほど敏感な腰センサーを持たないドライバーであっても、車体の変化に驚くほど迅速に反応できてしまえる。強いボディーと最新の電子制御、そしてレスポンスのいいパワートレインに強靱(きょうじん)でコントローラブルなブレーキ、のたまものだ。
どんなにスポーツカーとして褒めたたえても、マラネッロはポルトフィーノのことを“あくまでもGTだ”、と言ってはばからない(確かにレースモードやCTオフモードは用意されていない)。彼らの言うスポーツカーとは、ミドシップや12気筒FRの2シーターのモデルを指している。
オープンエアを気軽に楽しめ、荷物もことのほかしっかりと積めて、+2のシート(しかもちょっぴり広くなった)が備わり、トランクスルーまであるポルトフィーノの、デイリーGTとしてのポテンシャルは相当に高い。
けれどもその一方で、このGTがただドライブを爽快に楽しむだけに使われるとしたならば、もったいないと言うほかない。
誰もが安楽に自信を持って運転できるよう基礎体力を鍛えぬいたクルマというものは、スポーツドライビングにおいても存分に乗り手を楽しませてくれるものなのだから。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=竹下元太郎)
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テスト車のデータ
フェラーリ・ポルトフィーノ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4586×1938×1318mm
ホイールベース:2670mm
車重:1664kg(空車重量)/1545kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:3.9リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:600ps(441kW)/7500rpm
最大トルク:760Nm(77.5kgm)/3000-5250rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20/(後)285/35ZR20
燃費:10.7リッター/100km(約9.3km/リッター、欧州複合サイクル)
価格:2530万円/テスト車=--円
オプション装備:--
※=日本市場での税込み価格。
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。