自動運転時代に向けた新技術も!
ボーズに見るカーオーディオのこれから
2018.03.30
デイリーコラム
クルマは理想的なリスニングルーム
アマー・G・ボーズ氏は、自身の希望以外に父親にも推されて入学したという工業大学の名門、MIT(マサチューセッツ工科大学)で学んだ後、その電子機器研究所(RLE)で電気工学の博士号を取得。その記念に購入したスピーカーが発する音色に落胆したという出来事もあって、MITで音響特性に関する研究を行い、1964年に2人の従業員とともに自身の会社「ボーズコーポレーション」を設立した。
そんな氏の、音響心理学にまで踏み込んだ発想やアイデアに基づいて開発されたスピーカーは人々の共感と称賛を集めた。まずは家庭用スピーカーとして名をはせたボーズの製品がクルマに搭載されたのは、1983年型の「キャデラック・セビル」が初だった。
自動車のキャビンは、エンジンをはじめとする騒音の音源が間近な上にガラスに取り囲まれているなど、一般には「オーディオシステムを使うには不向き」と言われる。しかし、ボーズ博士の解釈はそれとは異なるものであったという。
「人が座る場所が定まっている自動車では、スピーカーのマウント位置や内装素材の種類をクルマのメーカーと共同開発することさえできるのならば、そこは家庭よりも理想的なリスニングルームになりうる」というのが氏の考え方なのである。
このブランドの自動車用アイテムが、OEM用を軸とした展開にこだわっているのは、そんな創業者の考え方が今でも息づいているからなのだろう。ボーズの車載用システムは、1車種ごとにチューニングが異なる専用品なのだ。
![]() |
ヘッドレストのスピーカーを活用
前述のように、まずはキャデラック車への搭載を皮切りにゼネラルモーターズとの共同開発が進行。次いでアメリカのマーケットで販売するモデルを中心に、日本車にも広がり始めたボーズの車載システム。
当初は高級車向け限定で開発されたアイテムも、現在ではより小型モデルへの適用も狙って、スピーカーの数を抑えた「スモールビークルシリーズ」や、ルックスにもこだわった「パフォーマンスシリーズ」。さらには、今のところ「キャデラックCT6」に限定で搭載されている34個ものスピーカーを備えた最高峰システム「アドバンストテクノロジーシリーズ」などのプロダクツラインを用意するに至っている。
一方で、このところ同社が力を入れているのが、「新たなヘッドレスト内蔵型スピーカーを開発し、それを活用することでこれまではできなかった音響を実現させる」という取り組みだ。
その一例として、フロントシートとリアシートのパッセンジャーが、それぞれ好みの音量でオーディオを聴くことのできる「VolumeZones」や、スピーカー数を抑えつつも臨場感に富んだサウンドを実現させるコンパクトカー向けの「Personal Series Sound System」などが発表されている。今回、そんなボーズ社のさまざまな最新テクノロジーを、デモカーを用いて体験する機会が得られた。
![]() |
将来はオーディオでより安全に
「ボルボS90」を用いたVolumeZonesの体験では、通常のオーディオでは不可能なほど明確なその効果とともに、29個のスピーカーを用いたパフォーマンスシリーズが実現する圧倒的な音の良さに驚かされた。また、「日産ジューク」を用いてのPersonal Series Sound Systemの体験では、なるほど6スピーカーとは思えない音場の広がりに感心するばかりだった。
興味深いのは、このメーカーが、独自の信号処理技術を用いることで、「音楽を楽しむ」というカーオーディオ以外の領域についても積極的に新たな提案をしていることだ。
このうち「日産マーチ」のデモカーで体験した「ClearVoice」は、騒がしい車内でも電話や音声認識コマンドの明瞭性を高める技術。ボーズ独自の信号処理技術により、カーオーディオの音やほかの乗員の話し声、ナビのガイダンス、さらにそれらの反響音をキャンセルしつつ、会話音声だけを際立たせるというのだ。実際に、大音量でオーディオが鳴る車内でハンズフリーの通話をしてみて、システムのオンオフで通話音の聞こえ方に大きな差があることが確認できた。
「Aware Signal Steering Technology」という、自動運転時代までを見据えた次世代技術も開発が進められている。
この技術では、例えば後方からミラー死角内に接近する車両をセンサーが検知した場合、警告音を“車両が近づいてくる側”から発することでより臨場感を高めることができる。また、自動運転中に右左折や進路変更などを行う場合、乗員が予期をしないクルマの動きに対して不安や不快におそわれないよう、そうした動きを“指向性を持つ音色”によって表現する。これらの新技術の有効性についても、実際にデモで体験することができた。
現在は、まだプロトタイプという段階ではある。しかし、これらの近未来技術を見るに、ボーズは単なるオーディオのメーカーにはとどまらない存在なのだとあらためて知らされた。どうやら、カーオーディオを「音の良しあし」だけで評価する時代は、終わりに近づいているようだ。
(文と写真=河村康彦/編集=関 顕也)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
-
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか? 2025.10.10 満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。
-
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選 2025.10.9 24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。
-
ハンドメイドでコツコツと 「Gクラス」はかくしてつくられる 2025.10.8 「メルセデス・ベンツGクラス」の生産を手がけるマグナ・シュタイヤーの工場を見学。Gクラスといえば、いまだに生産工程の多くが手作業なことで知られるが、それはなぜだろうか。“孤高のオフローダー”には、なにか人の手でしかなしえない特殊な技術が使われているのだろうか。
-
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る 2025.10.6 NHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。
-
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来 2025.10.3 スズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? -
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】
2025.10.9試乗記24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。