ロールス・ロイス・ファントム エクステンデッドホイールベース(FR/8AT)
やんごとなき乗り物 2018.04.30 試乗記 押しも押されもしない英国の名門、ロールス・ロイス。そのラインナップの頂点に君臨するのが、1925年からの伝統を受け継ぐハイエンドモデル「ファントム」である。8代目となる最新型の試乗を通し、このクルマだけが持ち合わせる無二の世界観に触れた。古くて新しいメーカー
ロールス・ロイスという名前には長く輝かしい歴史があるが、現在の「ロールス・ロイス・モーターカーズ」社は、厳密には1998年にBMWがゼロから立ち上げた自動車メーカーである。
アラフィフ世代以上の好事家の皆さんならご承知のように、1931年から98年までのロールス・ロイスはベントレーと一体の企業だった。そんな英国の最高級車メーカーをめぐって、1990年代にフォルクスワーゲン(以下、VW)グループとBMWが激しい買収争いを繰り広げたのだった。
買収合戦そのものは、実体ある自動車メーカーとしての旧ロールス/ベントレー本体をVWグループが買収することで決着したが、BMWも負けてはいなかった。ロールス・ロイスの商標権が、じつは自動車メーカーとは別の航空機エンジンメーカーである「ロールス・ロイス・ホールディングス」が所有していることを突いて、ロールス・ロイスの商標権だけを譲り受けることに成功した。
こうしてBMW傘下でロールス・ロイスの名の下で設立された新しい超高級車メーカーが、最初に手がけたのが、2003年にデビューしたファントムだった。
ファントムは初代が1925年にデビューして、今回の新型で通算8代目となる歴史ある銘柄だが、前記の経緯からもお分かりのように、歴史ある工場や熟練の職人、そして架装技術など、有形無形の資産をすべて受け継いだのはVW傘下のベントレーのほうだった。
というわけで、現在のロールスは創業20年足らずの新興企業であり、超高級車のノウハウもすべてゼロから作り上げた。それなのに、こうして旧ロールスの威光をしっかりと受け継いで、イメージとしてもクルマそのものの完成度にしても、“世界で最もやんごとないクルマ”という存在感の確立に成功している。このロールスといい、同じ英国の「MINI」といい、こっち方面のBMWの手腕は見事というほかない。
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どの角度から見ても巨大
その先代ファントムに続いて、ひとまわり小さな「ゴースト」や「レイス/ドーン」も成功させた新生ロールスは、この新型ファントムで技術的には次のステップに踏み込んだ。それは専用プラットフォームの開発である。
これまでのロールスの骨格設計は、なんだかんだいってもBMWの拡大強化版だった。それでも、その重厚感に静粛性、外界からの隔絶感は別格。とてもBMWのような庶民派高級車(?)ベースとは思えないデキだったが、新開発の専用プラットフォームを採用した新型ファントムの味わいの“やんごとなさ”は先代のずっと上をいく。
それにしても、ファントムは相変わらず、とんでもない存在感である。いや、存在する“感”だけでなく実寸法も巨大だ。全長はショートな標準型ですら5770mm。それは「メルセデス・ベンツSクラス」のロングよりおよそ50cmも長い。さらに今回の「エクステンデッドホイールベース」になると、それよりさらに22cmも長く、ほぼ6mに達する!
そして、2m超の全幅もなかなかのものだが、じつはファントムは背も高い。全長と全幅がデカいので遠目にはノッポに見えにくいが、実際の全高はちょっとしたSUVやミニバンなみの1645mmもある。ファントムはとにかくどの方向からながめてもデカい。
ただ、それでも先代よりわずかに小さくなっているのだから驚きである。「スピリット・オブ・エクスタシー」が鎮座するパルテノングリルこそ先代より上下に伸びて押し出しが強まっているが、全長が先代比で7~10cmも短くなっている。全幅や全高は先代と大きく変わっていない。
いずれにしても、新型ファントムはロング版でも全長がギリギリ6m未満におさまることとなった。いかに“The Best Car in the World=世界最高の自動車”を自認するファントムでも、さすがに6m超えでは物理的にオーナーを最後までエスコートできない場所も少なくなかったのだろう。
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目指したのは“世界一静かなクルマ”
新しいファントムのロング版は車検証重量で2750kgもある。意外なことに全長がより大きかった先代より、わずかだが重くなっているのは、いまどきのクルマづくりとしては異例である。
新型ファントムが使うロールス専用プラットフォームの「アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー」は、今年デビュー予定のSUV「カリナン」にも使われるもので、オールアルミのスペースフレーム軽量構造のはずなのに……と思ったら、新型ファントム最大の開発テーマは軽量化や効率化ではなく、“世界で最も静粛なクルマ”になることだという。本当に豊かな静粛性や乗り心地を実現するには、たっぷりと質量をかけるのが王道だ。
新型ファントム1台に使われている遮音材は計130kgで、車体全体は2層6mm厚のつや出しペイントで覆われており、窓はすべて極厚の2重ガラス、フロアやバルクヘッドも2層構造であるうえに、その間にフェルトとウェイトのある発泡素材が充てんされている。……といったことを考えると、これだけ力技の遮音・吸音処理を施して、しかも装備を充実させてもなお車両重量で数十kgしか増えなかったのは、軽量なアルミ車体のおかげ……と理解すべきだろう。
そして、新型ファントムでもうひとつ、デザインと技術の両面で大きな売りとなるのは、「ギャラリー」と称した全幅ガラスのダッシュボードだ。そのガラスの背後には見た目はアナログなのにフル液晶の計器盤とナビ画面のほか、試乗車ではビスポークのアナログ時計と折り紙細工のような加飾が収納されていたが、全車オーダーメイドのファントムゆえに、ここにはオーナーゆかりの写真やコレクションなどを飾ることも想定されるのだろう。その振るった発想もさることながら、ダッシュボード全幅を1枚の強化ガラスで覆う例は世界初という。
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素晴らしく運転しやすい
走る新型ファントムにおける“静けさ”はなるほど印象的である。V12ツインターボの声は遠方からかすかに耳に届くだけだし、こんな角ばったカタチなのにもかかわらず、高速での風切り音の聞こえなさにも感心する。
それでいて、外界の喧騒や緊急車両のサイレンなどの“聞こえるべき自然や町の音”をシャットアウトしすぎていない音響づくりはちょっとしたものだ。ただ、最近は静かなクルマも増えて、さらに電気自動車などの無音に近いクルマも普通に存在する。だから、いかにロールスといえども、かつてのような「聞こえてくるのは時計の音だけ」とたとえられた異次元の静けさ……とまではいかない。
乗り心地はとろけるように快適だ。ファントムのフットワークは、エアスプリングと連続可変ダンパーを、カメラによる先読みパラメーターも合わせて制御するセミアクティブサスペンションである。
ただ、機械はあくまで優秀な執事のように黒子に徹するのがロールスのお約束。世界最先端のサスペンションながら切り替えスイッチの類いはなく、GPSナビ連動の8段ATにもマニュアルモードやシフトパドルも備わらない。そして、いつものようにエンジン回転計も存在しない。なので、6.75リッターターボの地力や、電子制御サスペンションの働きも、あくまで状況証拠から類推するしかないのだが、素晴らしく運転しやすいことだけは確かだ。
車体は巨大そのものだが、とにかく車体の四隅が分かりやすい。ボンネット中央の「スピリット~」像のおかげもあって、運転席の反対側の車線や路肩にもピタリと寄せられるし、四輪操舵で取り回し性も望外に良好である。欧州公表値によると、最小回転半径は6.9m弱。絶対的に小回りがきく……とはいえないが、3.8m近いホイールベースを考えると、取り回し性はホメられるレベル。さらに、右足指のわずかな力加減で速度の微調整もドンピシャだし、身のこなしは柔らかで優雅でゆっくりだが、挙動は正確そのもの。これらは、後席をオーナーを不快にさせないことに腐心するショファーにも嬉しい美点である。
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極上のドライバーズカー
これだけのヘビー級にもかかわらず、箱根の山坂道でも持てあまさないのは、たいしたものだ。それは速度やGに応じてダンピングやロール剛性を緻密に制御している証拠だが、それもあくまでロールスらしい“マジックカーペットライド”と呼べる範囲内での制御だから、ターンインはあくまでゆったり。調子に乗りすぎると間に合わなくなる。
また、2.75tという車重はやはり軽くはない。高速コーナーでも姿勢そのものは安定したまま、22インチの「コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5」だけが耐えきれずにグリップを失いかけるケースがなくはない。そしてブレーキは、いかなる基準をもってしても“不足なし”とはいいがたく、下り勾配では特に注意と自制心を必要とする。
ファントムは伝統的にオーナーが後席に座るクルマなのだが、最近はステアリングを握るセレブも多いそうだ。今回も試乗時間の大半を運転席で過ごしたが、とにかく車両感覚が優れて、反応は正確だがゆったりしていて、慣れるほどに肩の力がぬけるクルマである。しかし、その気になれば地の底から湧き出てスーパーカーも蹴散らす加速力……と、これは極上のドライバーズカーでもある。
そうはいっても、ファントム……ましてエクステンデッドホイールベースともなれば、後席は笑ってしまうほど広くて豪華だ。このクルマの前輪と後輪の軸間距離は、そこにあの「スズキ・クロスビー」がまるごと1台おさまるほど(笑)の長さなのである。その後席で身長178cmの私が足を伸ばしたところで、前席につま先が届く兆候すらない。あまりに後席レッグルームの広いので、そのフロアの中央に電動昇降式のフットレストが用意されている。
にわかショーファードリブン体験でも、後席はすこぶる快適ではあった。しかし、印象的だったのは後席と前席における快適性の差が意外なほど小さかったことで、新型ファントムのドライバーズカー適性の高さをあらためて確信したりもした。
そのありがたみを思えば……
われわれのような下世話な人間は、こういう富裕層のライフスタイルを垣間見ると、すぐにカネの話になってしまう。で、せっかくなのでカネの話をすると、新型ファントム エクステンテッドホイールベースの本体価格は6540万円である。
基本的には1台ずつのオーダーメイド販売なので、この試乗個体にしても、いくつか人気オプションが装着されていた。その細かい内訳は別項に詳しいが、オプションの合計追加代金は316万円。この時点で「これほどのオプションで……意外と安いな」と思ってしまったのは、数時間のファントム試乗体験によって、私の金銭感覚が完全にイカれてしまったからである。
ただ、そこには家庭用なら数百万円レベルでも不思議ではない高性能シアターシステムのほか、無数のLEDを1個ずつ手作業で埋め込んでいく「スターライトヘッドライナー」や繊細な手描きの「シングルロングコーチライン」などのスーパー職人の超絶技巧品も含まれる。そう考えると、そのありがたみの対価としては高くないとも素直に思う。
せっかくなので、各オプションの正確な単価もうかがおうとしたら、担当者に「そんなヤボなことは聞いてはなりませぬ」と丁重に断られた。なるほど、ロールスはかつてエンジンスペックすら“必要十分”としか表現していなかったブランドだから、あまり生々しい情報は公開しないのが伝統なのだろう。
まあ、さすがに今の時代は基本的なエンジンスペックは公開されるようになったものの、いっぽうで、いまだにエンジン回転計のかわりに搭載されるのがエンジンの余力を示す「パワーリザーブメーター」であることもしかり、また「ファントムの競合商品は(他社のクルマであるはずもなく)絵画にクルーザー、ビジネスジェット」というウイットに富んだコメントしかり……。こうした自分たちにまつわる“都市伝説”的なエピソードをあえて大真面目に守るあたり、彼らのクルマづくりはもちろん、ブランディングも本当に巧妙である。それゆえに今のロールス・ロイスがある。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
ロールス・ロイス・ファントム エクステンデッドホイールベース
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5990×2020×1645mm
ホイールベース:3770mm
車重:2750kg
駆動方式:FR
エンジン:6.75リッターV12 DOHC 48バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:571ps(420kW)/5000rpm
最大トルク:900Nm(91.8kgm)/1700rpm
タイヤ:(前)255/45R22 107Y XL/(後)255/45R22 107Y XL(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:--km/リッター
価格:6540万円/テスト車=6856万円
オプション装備:リアプライバシーガラス/フロントマッサージシート/リアシアターコンフィギュレーション/ビスポーク時計/シングルロングコーチライン/ビスポークインテリア/ウッドスポークステアリングホイール/ウッドピクニックテーブル/リアクールボックス/昇降フットレスト/22インチ フルポリッシュアロイホイール/スターライトヘッドライナー
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:1998km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:584.5km
使用燃料:84.5リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.9km/リッター(満タン法)/7.2km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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