トヨタ・カローラハッチバック 開発者インタビュー
真面目な若者のために 2018.06.09 試乗記 トヨタ自動車MS製品企画ZEチーフエンジニア
小西良樹(こにし よしき)さん
「オーリス」の後を継ぐモデルとして販売される、次期「カローラハッチバック」。その開発には、どんな思いが込められているのか。チーフエンジニアを務める小西良樹さんと、デザインを取りまとめた宇角直哉さんに話を聞いた。
ハッチバックの需要が増加傾向に
1966年のデビューから数えて12代目。日本のモータリゼーションを支えた国民車は、154以上の国と地域で販売されるグローバルカーになった。累計生産台数は5400万台を超える。今もトヨタの基幹車種としての地位は揺るぎないが、国内ではユーザー年齢の高齢化という問題を抱える。60代、70代が中心となっているという現状を打開すべく投入されるのが、カローラハッチバック(仮称)だ。開発を主導した小西良樹さんに、若返りの秘策をうかがった。
――20代、30代をメインターゲットにするというのは、かなり困難なミッションに思えますが……。
まずはデザインですよね。止まっていても動き出すかのような躍動感のある造形を目指しました。このあとセダンやワゴンも発売するわけですが、ハッチバックが若い人には一番受け入れられやすいということでメッセージ性を込めています。全高を落としてワイド&ローなフォルムにして、踏ん張った感じを出しました。
――子育て世代は、使い勝手のいいミニバンを好みます。でも、昔はセダンやハッチバックを普通にファミリーカーとして使っていましたね。
カローラでは「FX」とか「ランクス」とか。「カローラII」も人気でした。今は確かにミニバンやSUVが主流ですが、世界的に見ればハッチバックの需要が増加する傾向があるんですよ。ヨーロッパはもともとハッチバックが好まれていますし、北米でも変化があります。ホンダさんの「シビック」は販売台数の30%がハッチバックです。日本でも少しずつ動きが見えてきていて、スポーティーなカローラということを打ち出すために最初にハッチバックを出すことになりました。
――ただ、昔は若者がホットハッチを好むという文化がありましたが、今はどうなんでしょう。
欧州で言えば、「ゴルフGTI」などのホットなモデルは健在です。販売店で話を聞くと、日本でもスポーティーな走りを楽しみたいという若いお客さんがいらっしゃるということです。そういった要望に応えるため、カローラハッチバックにもMTを用意しました。もちろん、カローラですからガチガチのスポーツモデルではありません。乗り心地がいいのは当然で、いざ走ろうとするとスポーツモードで楽しめる。いろいろな場面に対応できるようにしました。
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SUVベースのセダンが出現する?
――フォードが北米でセダンの販売をやめると発表したのは衝撃でした。セダン重要が低迷する状況に、カローラはどうやって対応するんでしょう。
世界的に見れば、カローラの販売台数の8割がセダンです。中国ではセダンが多いですね。日本ではミニバンの後でSUVという流れになっていますが、また変わるかもしれない。セダンを大事にしながらSUVもという構えでやるのがいいと思います。
――マツダは、セダンの「アテンザ」がクルマづくりの中心にあると話していました。
それも変わってくるかもしれませんね。今まではセダンを作り、そこから派生的にSUVを作るというのが主流でした。でも、ここまでSUVが増えてくると、まずSUVを作ってそれをベースにしたセダンバージョンが出てくるということでもいいんじゃないかという気がします。作る時は両方を見ながら、どちらに基軸を置くかということですけど。
――「C-HR」はTNGAに基づく「GA-Cプラットフォーム」を使っているという点では同じですが、カローラハッチバックがSUVに走りで負けるわけにはいきませんね。
それはもう。「プリウス」もC-HRもいいんですが、さらにハンドリングが良くなっています。
――同じTNGAでも違いがあるんですか?
TNGAは、「もっといいクルマづくりのフィロソフィー」なんです。いろいろな表現があってわかりにくいかもしれませんが(笑)、いいクルマづくりをしていこうという活動そのものなので終わりがないんですよ。もちろんプラットフォームの部分は要素として大きい。コストダウンにもつながりますので、よりよい装備をつけたり価格を下げたりということになります。
――具体的に目に見える成果ということでは何がありますか?
技術的な話になるんですが、従来のコンパクトカーに比べて150mmぐらい荷室の横の寸法が広くなっています。リアのショックアブソーバーを斜め前方に傾けることで、荷室はワイド方向を広げることができるんですね。入力がキツくなって強度面では背反があるので、ジオメトリーをしっかり決めて運動性能への影響をなくしています。これは、プリウスやC-HRも同じですね。
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ゴルフに勝っている点とは
――このクラスのハッチバックというと、どうしても「ゴルフ」の存在が気になりますよね。やはり意識したんでしょうか?
ゴルフは、いいクルマなんですよ(笑)。試験車として、マイカーみたいに乗っていました。本当にいいクルマで、勉強して参考にしてというのはありますね。追いつけ追い越せ、というのを今もまだやっている状態です。
――ゴルフのいいところとは?
あのですねえ、例えば雪道に行きますね。これは善しあしがあるんですが、雪道に行った時に、ステアリングのフィーリングが変わらないんです。いつもと同じような安心感で運転できる。心配を与えないクルマづくりなんですね。派手ではないところで工夫をしていて、ちゃんとかゆいところまで手が届く。
――カローラハッチバックが確実にゴルフに勝っている点はありますか?
ひとつは、出だしのスムーズな動き。最初の5m、10mぐらいのところでスーッと出ていく感じ。走りの質感ですね。ショックアブソーバーの中に封入するオイルを何百種類も作って試しましたから。もうひとつは、ワインディングロードでコーナーに入った時のリアが踏ん張る感じ。そこはゴルフよりもよくしようということでこだわってやってきました。
――ハイブリッドモデルはやはり強みですか?
ハイブリッドはトヨタの熟成した技術です。ブレーキフィーリングなんかも、とてもリニアになりました。踏み込んだ時にジワっと利いてくるところとか、離した時もスパッと切れるんじゃなくてスッと戻ってくるところとか。
――世界的にはいきなりEVに向けて舵を切る動きがありますね。
航続距離や価格の面で、まだまだ難しいんですが、できるだけ早くEVを出していかなければとは思います。中国ではカローラもPHVモデルを発表しています。各国の規制に対応していかなければなりませんが、今のところは間を埋めていく技術として、ハイブリッドが重要な役割を持っていると思いますね。
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トヨタデザイン批判のクルマ?
ユーザー年齢を下げるという使命を果たすためには、若い人を引きつけるフォルムであることが重要になる。カローラシリーズ全体のデザインを指揮した宇角直哉さんには、カローラハッチバックが目指した造形の狙いについて聞いた。
――12代目ということで長い歴史を背負っていますから、壊すことのできない伝統もありますよね。
人に対して優しいクルマであるということ、日常の足であるということは譲れません。特別なクルマであってはならないというところが基本ですが、それだけではつまらないクルマになってしまう。今回はプリウスから始まるGA-Cプラットフォームという武器をいただきましたので、ワイドで低重心な造形を実現できました。ただ、基本を極めるという言い方をするんですが、変に“意匠意匠”していないんです。ウエッジ(シェイプ)を効かせたりですとか、パッと見に斬新なデザインはいくらでもできます。息の長いデザインにするためには、まずは水平基調。室内空間をしっかりとって、それでもカッコいいねというところを狙いました。
――それって、最近のトヨタデザインを批判しているように聞こえますが……。
あははは。C-HRとかプリウスとかを想定しているのだと思いますけれど、それとは真逆になりますね。
――トヨタデザインは、もともとどちらかというと保守的と言われていました。
逆に言うと、これまでは基本スタンスのよさを武器にしていなかったところがあるんです。他のメーカーさんとの競争も激しいので、どうしてもそれとは違うデザインをしなくてはならない、新しいものを作らなければならないということで、意匠で頑張ってしまう。でも、タイヤが張り出していて低く伸びやかなフォルムを作れれば当然カッコいいじゃないですか。カローラの場合はドメスティック市場だけではなくて世界の人がどう思うかということで、素性のよさを生かすデザインをしています。
――目新しさで引きつける方法はとらない?
パッと見の刺激の強さを求める人って、実は多くないんですよ。若い方に意見を聞くと、上級志向の強い、非常に真面目な方が多い。自分のキャリアを大切にしていて、いつかはプレミアムに行きたいと思っている。そういう方をターゲットにするならば、刺激的で派手な意匠であるとか、形だけのデザインは最初からやるべきではないと思います。
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カタマリ感の中にアクティブさを
――方向性は違っていても、カローラハッチバックのリアスタイルはちょっとC-HRに似ているように見えますが……。
それを狙ったわけではありません。もちろん、相談もしていない(笑)。カローラハッチバックの場合は大きなラグビーボールをイメージしています。フロントには大きなハの字グリルと薄いヘッドライトがあって、そこからカタマリを作る。リアには立体的なバックドア。C-HRはかぼちゃの馬車型ですから、発想が違いますね。
――バックドアの立体的な造形は、荷室スペースの拡大には寄与していませんね。
キャビンのスペースが広いことは大事ですが、荷室容量に関してはゴルフバッグが2つ入ればいいと思っています。ハッチバックとしてのアクティブさを求めた結果がリアのボリュームにつながりました。空力に悪影響を及ぼさないように、フィンを付けるといった工夫で対処しています。
――ルーフの後端が小さなダブルバブルのようになっていますね。あれも空力を考慮したものですか?
いや、あれは中のヒンジをギリギリまで詰めたからです。空力は関係ありません。デザインだと思っていただけるならありがたい(笑)。
――仮想敵のゴルフとはかなり目指す地点が違いますね。
ゴルフはスタティックでカタマリ感の強い造形です。カローラハッチバックもカタマリ感という面では同様ですが、よりアクティブな方向に振っています。それを「Shooting Robust」と呼んでいるんです。水平基調で大人っぽいたたずまいの中にどうやってアクティブさを出すかというのは、難しい課題でした。
――エンブレムも新しくなりましたね。
初代モデルはカローラの「C」に花冠が3つ付けられていました。そのリバイバルです。次の50年も頑張るぞという思いを込めました。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥/編集=関 顕也)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。