トヨタ・クラウン 開発者インタビュー
チャレンジの伝統を守りました 2018.07.02 試乗記 トヨタ自動車MS製品企画ZSチーフエンジニア
秋山 晃(あきやま あきら)さん
ユーザーの若返りを最重要課題に掲げて全面的に刷新された、トヨタの高級セダン「クラウン」。その開発に込めた思いを、チーフエンジニアの秋山 晃さんと、デザインを取りまとめた國重 健さんに語ってもらった。
デザイナーへの注文は4つ
2018年6月26日、トヨタは新型「クラウン」と「カローラ スポーツ」の発表とあわせ、情報インフラ「モビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)」を使った「コネクティッドサービス」の概要を明らかにした。トヨタを支える基幹車種を一新すると同時に、「コネクティッドカー」の推進を宣言したのだ。次世代に向けた取り組みの本気度を示したといえる。クラウンがその先兵としての役割を担うためには、売れるクルマでなければならない。重責を担った秋山 晃さんに、新たな時代のクラウン像について聞いた。
――コネクティッドカーということを強調していますが、今ひとつよくわかりません……。
人がクルマを愛し、クルマも人を愛す、ということです。ドライバーの要求にいつも応えてくれる、それがトヨタの願いです。ドライバーだけでなく、社会にも貢献していく壮大な構想ですね。
――うーん、やっぱり具体的な未来像が見えてこない……。
(笑いながら)実は、このクルマを始めた時は僕もコネクティッドというものに抵抗がありました。“クルマ本来の魅力”を追求したかったんです。でも、世の中の流れを見ていると、どうやらこれをやっていかないとどうにも回らなくなっていく。トヨタは箱を売るだけになってしまうという危機感が芽生えてきたんです。両輪としてやっていかなければならない、と思うようになりました。
――未来志向も大事ですが、まずはユーザーを振り向かせなければなりませんね。
それが一番難しくて。デザイナーには、最初に4つのことを注文しました。とにかくカッコよくないとお客さんが見に来てくれないから、アイキャッチのカッコよさがなくてはならない。でも、クラウンだから品がなければいけない。そして、シンプルにしてほしい。最後に、ずっと見ていて見飽きないデザインにしてくれということ。デザイナーは、えらい悩んでいましたけど(笑)。
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自分が憧れたクラウンをもう一度
――ユーザーの若返りが急務とされていますが、「ロイヤル」「アスリート」という区分をなくしたこともその一環ですか?
14代目クラウンは、初めてロイヤルとアスリートの割合が逆転したんです。6割以上がアスリートで、それ以前とは逆ですね。ロイヤルはカンパニーカー的な需要がほとんどです。どうしても社長さんのクルマというイメージがあって、パーソナルカーではないという見られ方をしてしまっていた。従来のお客さんは本当にありがたくて、実物を見ないでもカタログだけで買ってくださる方がいらっしゃる。そういう方々の期待を絶対に裏切ってはいけないし、一方で新しいお客さんを獲得しなければならない。クラウンは、非常に難しいクルマなんです。
――どのくらいの世代に乗ってほしいんですか?
40代なかばから50代のお客さんが積極的に買ってくださるといいですね。僕が大学生の時は「いつかはクラウン」の時代で、とてもインパクトがありました。僕は大学の卒業アルバムに「いつかはクラウン」と書きましたから(笑)。僕らが憧れを持ったクラウンをもう一度作りたい、と思っています。今の若い世代には手が届かないけれど、いつかは欲しいなと思うクルマを作りたいんです。
――ただ、セダンというジャンル自体の状況が思わしくないですね。
セダンには、SUVやミニバンでは味わえないものがあるんです。スタイリングだとか、快適性ですね。居住性で「アルファード」に乗っている社長さんも、短い距離ならいいけれど、長い距離はやはり体がブレてつらい。そういった部分では、今度のクラウンは圧倒的にいい。女性の方には、視認性のよさとか運転しやすいところを訴えていきたいと思います。
――サイズを大きくしなかったのも、重要な点でしょうか。
全幅1800mmをずっと守っていますし、Aピラーまわりの視界はどのクルマよりも良くなっているんですよ。振り向いた時のリアの見え方とかにも気を使っていて、そのあたりは欧州車に差をつけています。
クラウンのSUVやGR版もあり得る?
――セダンがクルマの基本形という考えですか?
セダンから逃げてはいけないと思います。本当はクラウンというブランドの中にいろいろな車体形状があってもいいんですよ。クラウンのSUVとかミニバンとかね。それをやってしまうとほかのトヨタ車と食い合ってしまってもしょうがないので慎重にやらなければいけないと思いますけどね。いや、具体的な計画はまったくないです(笑)。
――欧州のプレミアムセダンから客を奪うこともテーマじゃないですか?
ベンツの「Eクラス」とBMWの「5シリーズ」にはずっと乗っていました。Eも5も、アンジュレーションだとかステアリングを切り込んでいった時とかはバネ上が動くんですね。彼らはたいしたもので、動いてもステアリングを持っていれば何の苦もなくスーッと走れる。そこはすごくいいところなんだけど、目線が動くと、長く乗っていて酔いそうだし疲れてしまう。そこをまずなくしたいと思ったんです。ステアリングがスーッと切れながら、目線を動かさないクルマにしようとそこで決めたんですね。
――勝ちましたか?
Eと5と乗り比べて欧州の道を乗って、最終的にはニュルブルクリンクに行って乗り比べました。バネ上は、やはりクラウンが安定していましたね。勝ち負けっていうことではなくて、乗り味の議論ができるクルマにはなりましたね。
――クローズドコースで乗ってみて、スポーティーな走りができるクルマだと思いました。せっかくだから、クラウンのGR版を出したほうがいいのでは?
やりたいですけどね。チーフエンジニアの一存では決められません。
――「クラウンGRMN」を2000万円ぐらいで。
それは高いんじゃないですか(笑)。ただ、そういうのがあっておかしくないクルマにはなっていると思います。やりたいですよ。大いに。ワンメイクレースも十分にあり得ると思いますよ。このあいだ中嶋一貴さんにサーキットで乗ってもらったら、「クラウンでサーキット走れるんだ!」ってビックリしていました。
――スポーティーなことが、販売に結びついていくんでしょうか。
今までのイメージとは対極にあるクルマですよ。僕は55歳で、スーパーカー世代よりちょっと前です。その世代には、スポーティーな走りは響くはずだと思いますよ。GRについてはまだ計画はありませんが、ぜひ記事であおっておいてください(笑)。
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クラウンは1800mmがプロミス
スポーティーさを形で表現しながらも、守ってきた歴史を傷つけてしまうような冒険はできない。二律背反の課題を背負う中で、新しいデザインはどのようにして生まれたのか。プロダクトチーフデザイナーの國重 健さんに聞いた。
――新型クラウンのデザインには、何かモチーフのようなものはあるんですか?
今回はないですね。むしろ、限られた中でスポーティーな骨格を素直に表現する手法は何かということを追求していきました。
――TNGA(Toyota New Global Architecture)のプラットフォームがデザインにも好影響を与えていると。
TNGAには、デザイナーも参画しているんですよ。もともと、デザイナーはスタイリストであるだけでなく、設計にも関わっている。日本車はずっとモデルチェンジでディメンションを守りながら室内を広くするという方向性でやっていました。そうすると効率がよく、商品力が高まるんですね。これまでスポーティーな骨格というのをやりきれていなかったんですが、「C-HR」や「カローラ」は新しいプラットフォームでそれを追求しているんです。
――クラウンも同じ方向性なんですね。
セダンというのはある種確立されたパッケージです。走りもいいし乗員も乗れて、バランスが取れている。歴史もあるから、プレミアムブランドもまずはセダンなんです。これだけ多様化した中で、価値としてはオーセンティックなところがある。グローバルで見れば、セダンのトレンドはスポーティーに振れてきています。プレミアムブランドがここ十何年かのスパンでやっているのは、全幅を広くしても室内を広げるのではなく、タイヤを外に出してスタンスのいいアジリティーのあるクルマに仕立てていくということです。
――今回も全幅は1800mmを守ったようですが……。
当初はもっとタイヤを外に出しましょうよ、という議論がありました。でも、クラウンは1800mmがプロミスなんです。その意義を知って納得したかったので、全幅1840mmの「レクサスGS」で繁華街から山岳路からいろいろな道で乗ってみたんです。片側わずか2cmなんですが、違うんですよ。走っていて、ウッとなる瞬間がある。クラウンが1800mmというのは大事だと認識しました。だから、ボディーを凝縮してタイヤを張り出して見えるようにしようというのが今回のやり方です。
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アイコンだった太いCピラー
――6ライトキャビンを採用したのは、大きな変化ですね。
12代目の“ゼロクラウン”以降はスポーティーという道を歩んできたんですが、太いCピラーはずっと守ってきたんですね。もともとは後席に乗る人の囲われた空間を保つという機能からきているものなんですが、フォーマリティーを出す記号性のようになっているんです。チームには若いデザイナーもいるんですが、スケッチを描かせるとみんなCピラーが太い(笑)。クラウンのアイコンのようになっているんですね。それを外したらクラウンではなくなるという感覚があって、社内的にはチャレンジでした。
――変えるにしても、以前のモデルを踏まえなければならないんですか?
クラウンというのはモデルを長く重ねてきたので、みんなそれぞれのクラウン像があるんですよ。「いつかはクラウン」の人もいるし、僕の場合は子供の頃に「クジラクラウン」が好きでした。伝統のあるクルマといわれますが、クラウンは毎回チャレンジしています。チャレンジすることが伝統なんです。ただ、様式を守ることが大事だという考え方もありますから、そういう方にも満足してもらいながらチャレンジするというのがクラウンの難しさでしょうね。
――初代モデルのデザインは今でも影響があるんですか?
どうでしょう(笑)。要素を取り入れているわけではないので、歴代の中で何が影響しているかわかりませんね。ゼロクラウン以前は水平垂直がしっかりしていて寸法以上に立派に見えるんです。オーバーハングを短くしてスポーティーさを見せようとすると、車格が下がったように感じられがちなんですね。でも、ゼロクラウンはそうなっていない。そういうチャレンジをしていいんだと思いました。
――秋山さんからは、かなり酷な要求があったようですね。
秋山さんはほぼ毎日のように足しげくデザインルームに来ていました。いえ、うっとうしいなんてことはなくて、うれしいんですよ。チーフエンジニアは総料理長で、僕は板前ですから。
――秋山さんは、クラウンのSUVもあり得ると話していましたよ。
いいですね。できると思います。今、頭の中でモーフィングができました(笑)。
(文=鈴木真人/写真=田村 弥/編集=関 顕也)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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