アストンマーティンDB11ヴォランテ(FR/8AT)
季節の移ろいを感じながら 2018.07.13 試乗記 「アストンマーティンDB11ヴォランテ」に試乗した。その成り立ちを少々乱暴に表すならば、「V8クーペ」のオープントップモデル。しかしながらヴォランテは、クーペとも「V12」とも違う楽しみ方ができる、独自の魅力を備えたクルマに仕上がっていた。筆者の“ベスト・オブDB11”は!?
デビュー当初からのDB11 V12にも乗った。後に追加されたDB11 V8のステアリングも握っている。そして最新のV12搭載モデルであり、これからのV12搭載DB11のスタンダードとなっていく「DB11 AMR」にも試乗した。ついでにいうなら、微妙にチューニングは異なるものの同じV8ユニットを積む「ヴァンテージ」も、たっぷりと体験している。そして今回、これで何度目だろうか? あらためてDB11ヴォランテを走らせた。さて、その中のベストはいったいどのモデルなのだろう──?
ヴァンテージは従来よりもさらにDBシリーズとの性格の違いが際立ったモデルへと変貌を遂げているからともかくとして、これまでDB11はそのラインナップ内でどれを選ぶかがちょっとばかり悩ましいモデルであった。なぜならば、V12とV8とではパフォーマンス的には目を見張るほどの大差があるわけではなく、最高速や0-100km/h加速はV12が勝ってはいるものの、日常的に走りを楽しめる領域ではその差はほとんど感じられず、むしろ鼻先が軽くてハンドリングに優れるV8モデルの運動性能のよさが光る場面が多かったりもする。もちろんV12の与えてくれる饒舌(じょうぜつ)な官能性は街中を軽く流すようにして走っているときですら強く心に訴えかけてくるところがあって、常にクルマと情を交わしていたい向きには圧倒的にV12、ではある。けれどV8に対して250万円ほど高価でもある。
が、そこは決着がつくことになりそうだ。DB11 V12がDB11 AMRへと進化したことで、通常領域ではV8との差が分かりにくいくらいに運動性能が向上しているし、エンジンが+31psのパワーを得るなどさまざまな部分に手が入ったことで、国内での販売価格もさらに開くことになることが予想できるからだ。
ならばDB11 V8と同じパワーユニットを積んだDB11ヴォランテはどうなのか。実のところ、ヴォランテこそが僕の中でのベスト・オブDB11だったりするのだ。
メカニカルな部分はクーペと共通
DB11ヴォランテは、簡単にいってしまえばDB11 V8を基にしたオープントップモデル、英国風にいうなら、まさしくドロップヘッドクーペである。8層という凝った作りのソフトトップは電動式で、開けるのに14秒、閉じるのに16秒。トップを開け放ったときにはエクステリアの一部と見なされるインテリアには、クーペ以上にアストンらしい美しく贅(ぜい)をこらしたアレンジが加えられたりもしているが、メカニカルな部分は、基本、変わりはない。510psと675Nmを発するAMG由来のパワーユニットも、スペック上は共通だ。
DB11 V8を初めて走らせたときに少しばかり唖然(あぜん)とさせられたような印象は、今も忘れられない。体感的な速さでいうなら、アストンのプロダクションモデル史上最速だったDB11 V12に全く遜色がなかったことが、まずひとつ。それもそのはずで、数値を比べるなら102psと25Nmのダウンだが、逆に車重は115kgも軽く、0-100km/hは4.0秒とわずか0.1秒劣るのみ。最高速度は22km/h遅いがそれでも300km/hには届いていて、サーキットでラップタイムでも計るなら話は別だろうが、現実的な範囲で考えるならほとんど変わらないようなものなのだから。
さらに、ふたつめ。4気筒分の重量がなくなり、軽くなったばかりかフロントミドシップとしての性格はさらに強まって、長いノーズをためらいひとつなくグイグイとコーナーのイン側へと突き入れるかのようにして、素早く鮮やかに曲がっていく。V12も重たいエンジンを載せているわりにはアンダーステアにそれほど悩まされはしなかったというのに、V8のそれは別次元だったのだ。エンジンのサウンドは必ずしも美しいとはいえないけれど快く野太いビートを刻みながら響きわたり、その雄たけびの高まりに呼応しながらスピードはメキメキと伸び、“曲がる”という行為にまつわる一連の気持ちよさは、おそらくアストン史上ピカイチ。DB11で積極的に攻めた走りを楽しむにはV12よりもV8がふさわしい。そう思えたものだった。
走りの楽しさもクーペと同じ
ただし、V12には肌を泡立たせるかのような美しい咆哮(ほうこう)と、気持ちを蕩(とろ)けさせるかのような独特の滑らかさがある。アストンマーティンのひとつの矜恃(きょうじ)とすらいえるそうしたV12の持ち味は、いかなるときにも五感に染みわたって、ゆっくり走っているときですら気持ちいい。V8は、飛ばしているときには強みを発揮できるけど、そこにおいては勝ち目はないといわざるを得ない。
だからDB11ヴォランテも同じなのだろうな、と思っていた。ところが、必ずしもそうというわけでもなかったのだ。
いや、走りのテイストそのものはやっぱりクーペと共通している。アクセルペダルを強く踏み込めば、豪快にして強烈な加速をいともたやすく味わわせてくれる。ものの数秒で、あっさりと絶対スピードの世界に連れていってくれる。そこに荒ぶる攻撃性はあるけれど、粗さは微塵(みじん)もない。車体の上半身に大きな開口部が設けられ、その対策としての補強や電動式の開閉システムが与えられたことで100kgほど重量は増しているそうだが、ネガティブな影響も全くといっていいくらい感じられない。車体が変にねじれたり震えたりする様子も見られないほど強固だし、クルマの動きそのものの鮮やかさや快さも変わっていない。コーナーが続くような道での絶妙なステアリングの手応え、鋭くそして滑らかにノーズをインに向けていく明確な意思、姿勢を変えるときのしなやかな振る舞い。こと“曲がる”という一連の気持ちよさと楽しさでは、後から出てきたコーナリングマシンのようなヴァンテージに一歩譲るところもあるが、それでも歓喜の声をあげずにはいられない。DB11ヴォランテは、クーペ同様に素晴らしく速いし、すさまじく楽しいのだ。そこは変わらないのである。
いつまでも眺めていたい
けれど、ちょっとばかり乗り手の心持ちに与えるものは異なるのだな……ということに、都内をゆっくり流しているときにふと気がついた。飛ばさなくたって気持ちいいし、攻めるように走らなくても十分に楽しいよな、と。
とても単純なお話、屋根がないから、だ。夏が始まっていることをはっきり伝えてくる日差しが幅を利かせる前の早朝の爽やかな空気から、強力なエアコンの風を浴びつつ日に灼(や)かれつつ時折眺める原色の青に白い雲の峰が立った一枚の絵のような空まで。そう、四季がはっきりと存在していて、その一つひとつと、それが徐々に移ろっていく様子を全身で楽しむことができるこの国においては、ルーフがないというのは最高に饒舌なエンターテインメントなのだ。それを体感しつつ、高級サルーン並みに快適な乗り心地に包まれて走るのは、ただそれだけで存分に心地いい。だからペダルを強く踏み込まなくても、わりとたっぷり満足できちゃうのだ。ヴォランテは開け放つことのできる恵みの屋根を持ったことで、V12と比べたら希薄だった“ゆっくり走っても気持ちいい”とか“情緒深い”というようなところを、しっかりと埋めているのだ。できるけどやらなくてもいい気持ちのゆとり。それもいい。
しかも、どうだろう? 屋根を開けても閉じても美しいその姿は、いつまでも見ほれていられるほどに美しい。DB11はクーペも十分に麗しい姿を見せてくれるけど、ヴォランテのエレガンスはそれを上回ってるようにすら感じられるのだ。……ひいき目だろうか?
しかもヴォランテはV8クーペにプラスすること150万円ほどで、これから導入されるV12のAMRはヴォランテより200万円以上高価となることが予想されている。もちろんベスト・オブDB11は、“アストンマーティンらしさ”というものの中にあるどの部分を重視するかによって変わるのだとは思うけど、僕は自分と対峙(たいじ)することのできるスポーツ性と満足できるパフォーマンス、そしていかなるときも心を満たしてくれる豊穣(ほうじょう)さのバランスを重視したいので、そうなるとやっぱりDB11ヴォランテが最も気持ちの中で黙ってクローズアップされてくるのだ。それ以前に真剣に悩める身の上になるべし、という現実を何とかしなければならないのだけど……。
(文=嶋田智之/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
アストンマーティンDB11ヴォランテ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4750×1950×1300mm
ホイールベース:2805mm
車重:1870kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:510ps(375kW)/6000rpm
最大トルク:675Nm(68.8kgm)/2000-5000rpm
タイヤ:(前)255/40R20 101Y/(後)295/35ZR20 105Y(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:10.0リッター/100km(10.0km/リッター、欧州複合モード)
価格:2423万2276円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:5412km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:273.0km
使用燃料:33.7リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.1km/リッター(満タン法)/8.6km/リッター(車載燃費計計測値)

嶋田 智之
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
NEW
アウディQ5 TDIクワトロ150kWアドバンスト(4WD/7AT)【試乗記】
2025.10.16試乗記今やアウディの基幹車種の一台となっているミドルサイズSUV「Q5」が、新型にフルモデルチェンジ。新たな車台と新たなハイブリッドシステムを得た3代目は、過去のモデルからいかなる進化を遂げているのか? 4WDのディーゼルエンジン搭載車で確かめた。 -
NEW
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの
2025.10.16マッキナ あらモーダ!イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。 -
NEW
ミシュランもオールシーズンタイヤに本腰 全天候型タイヤは次代のスタンダードになるか?
2025.10.16デイリーコラム季節や天候を問わず、多くの道を走れるオールシーズンタイヤ。かつての「雪道も走れる」から、いまや快適性や低燃費性能がセリングポイントになるほどに進化を遂げている。注目のニューフェイスとオールシーズンタイヤの最新トレンドをリポートする。 -
NEW
BMW M2(後編)
2025.10.16谷口信輝の新車試乗もはや素人には手が出せないのではないかと思うほど、スペックが先鋭化された「M2」。その走りは、世のクルマ好きに受け入れられるだろうか? BMW自慢の高性能モデルの走りについて、谷口信輝が熱く語る。 -
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】
2025.10.15試乗記スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。 -
第849回:新しい「RZ」と「ES」の新機能をいち早く 「SENSES - 五感で感じるLEXUS体験」に参加して
2025.10.15エディターから一言レクサスがラグジュアリーブランドとしての現在地を示すメディア向けイベントを開催。レクサスの最新の取り組みとその成果を、新しい「RZ」と「ES」の機能を通じて体験した。