ホンダS660モデューロX(MR/6MT)【試乗記】
チューニングの原点 2018.07.20 試乗記 ホンダの軽オープンスポーツ「S660」に、走りの質を高めたコンプリートカー「モデューロX」が登場。ベースモデルと比べてお値段ざっと1.3倍、シリーズ初となるスポーツカーの出来栄えやいかに!?ディーラーで買えるコンプリートカー
とかく人はいいものを知ると、他人に教えたいという衝動に駆られる。それは、SNSや個人ブログでの情報発信が、いまだ優先順位の高いコミュニケーションツールになっていることからも容易に想像できるし、その根拠であるとさえいってもいい。もちろん、自分だけの発見にとどめておきたいという方もおられるだろう。しかし多くの人は、このよさや面白さ、体験を他人と共有したいと考え、それが広がっていくのである。
ホンダの純正アクセサリーメーカー、ホンダアクセスのカスタマイズパーツを組み込んだチューンドコンプリートカー「S660モデューロX」のステアリングを握った後、最初に頭をもたげたのが冒頭の気持ちだった。モデューロXは、これまで「N-BOX」「N-ONE」「ステップワゴン」「フリード」に設定されており、今回のS660が2013年からスタートしたシリーズの第5弾モデルとなる。チューンドコンプリートモデルではあるものの、各シリーズともラインナップの頂点、つまりトップグレードたる位置づけであり、ホンダ正規ディーラーで普通に買える。製造も通常のアッセンブリーラインで、他のグレードと一緒に生産される。
そんなモデューロXシリーズに共通している開発の柱は3つ。ひとつ目はスポーティーなドライビングを実現すること。ふたつ目は走るための性能を向上させた特別なスタイル(デザイン)を持つこと。そして最後は快適であること、である。つまり、パフォーマンス、デザイン、快適性の3要素において、ラインナップの中で最も優れた存在であり、価値を持つのがモデューロXということである。
中でも今回紹介するS660をベースとしたモデューロXは、シリーズ初のスポーツモデルということもあって期待が大きく、その出来栄えに注目が集まった。かくいう私も、登場のアナウンスに心躍らせたひとりである。
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後付けするよりもリーズナブル
内外装に専用装備を採用したS660モデューロXには、チューンドコンプリートモデルという成り立ちから想像する、道行く人の目を引くような大げさなデザイン変更があるわけではない。しかし、ベースモデルとは確実に異なったスポーティーな第一印象を与えてくれる。
専用LEDフォグライトを内蔵したグリル一体型専用フロントバンパーやブラックカラーの専用カラードドアミラー(標準モデルはボディー同色)、ボルドーレッドのカラーリングを採用したロールトップ、ボディー後端に位置するガーニーフラップ付きの専用アクティブスポイラー、リアロアバンパーなどが、標準モデルにはないアピアランス上の特徴だ。
足元に目を移せば、フロント15インチ/リア16インチの鍛造と鋳造のハイブリッド製法でつくられたステルスブラック塗装8本スポークアルミホイールの中に、ドリルドタイプのディスクローターとスポーツブレーキパッドの存在を確認できる。もちろん5段階減衰力調整機構付きのサスペンションも専用装備だ。
インテリアでは、専用表皮を採用したスポーツレザーシートや本革巻きステアリングホイール、「Modulo X」のロゴが入ったデジタル/アナログコンビ表示のメーター、チタン製シフトノブとグレーステッチ入りのシフトブーツ(6段MT車のみ)、ボルドーレッドのインパネソフトパッド、そのインパネやシートとカラーコーディネートされたサイドブレーキカバーなどが専用品として装備されている。
いずれもモデューロXの流儀にのっとった専用アイテムだが、フロントスポイラーやシート、インパネ、ロゴ入りメーターなど何点かの専用アイテムを除くと、そのほとんどがすでに純正パーツとして販売されており、後付けが可能。S660のオーナーが、コンプリートモデルに近い仕様にまでカスタマイズすることは難しくない。ただし、当然S660モデューロXをディーラーでそのまま買うよりもはるかに割高となり、モデューロXとベース車「α」との差額である約67万円では収まり切らない。
乗り心地のよさに驚く
最初からスポーティーな専用パーツが装備され、価格が抑えられていることはもちろん強みだが、S660モデューロXのアドバンテージはそれだけではない。S660を買ってきて後付けパーツを組み込んだだけでは味わえない完成度の高さが確実に存在する。
例えば最も顕著なのが、高速での安定性とコーナリングだ。試乗時はあいにくの大雨であったため、標準モデルとの差を歴然と感じたとまではいえないが、それでも本線への合流などの加速シーンにおいては、しっかりとした直進安定性とステアリングインフォメーションの高さを実感できた。ミドシップモデルにありがちな、加速時に(つまり荷重がリア寄りになるシチュエーション)ステアリングが軽くなるような挙動は皆無。4輪が常に路面を捉えて離さない感覚が、標準車以上に強い。
いっぽうコーナリングでは、ステアリング操作に合わせ、タイムラグなくスイスイとノーズがインに向かっていくソリッドな動きが印象的だ。足が先に動き、遅れてボディーがそれに追従するような違和感はない。ブレーキは十分に利き、タイヤのグリップ力も高い。大げさにいえば、まるでキャビンを中心にクルマが回転していくような動きである。
そんなハンドリングを楽しめるいっぽうで、乗り心地は望外によい。ソフトな乗り心地、それはつまりミドシップスポーツカー、そしてチューンドコンプリートカーというキーワードから想像する(いわゆるガチガチの足とボディーで体が上下に揺さぶられるような)ものとは180度異なる。足とキャビンの動きが見事にシンクロしているためにそう感じるのだろうが、S660モデューロXでの移動は(画面の大きくなった今どきのスマホや飲み物はもちろん、手荷物すら置く場所がないという、デビュー当初から持つS660固有のビハインドを除けば)十分快適だといってもいい。
すべては空力改善のたまもの
ひと通りの試乗が終わってから、そうした印象を開発者であるホンダアクセス開発部 走行性能担当の湯沢峰司さんに伝えると「走りの質を高められた要因の多くは空力の改善にあります」と、その秘密を教えてくれた。
ノーマルのS660に対してS660モデューロXでは、走行中のリアのリフト量を30%抑えることに成功。車両の前後において、均等な荷重配分に改善されたのだという。これは、前後に装備したエアロパーツによってもたらされたもの。もちろん、その空力効果を最大限に生かすために、専用サスペンションの働きも重要だ。
具体的な数値比較では「ノーマルをベースに、モデューロXではCLf(前輪揚力係数)を-3%、CLr(後輪揚力係数)を-13%の値に調整、Cd値は(ノーマルの)-1%の改善につながった」と前述の湯沢氏。「主にボディー下部を流れる空気をスムーズにボディー後端まで導き、あわせて旋回時にボディーサイドを流れる乱気流を抑えるよう、フロントエアロパーツの形状を新設計することによって、この数値が達成できました。従来、デザインはデザイン、(ボディー形状を実際に構築する)造形は造形で動いていた社内チームをひとつにまとめ、現場でともに実験車両に試乗し、同じタイミングで共通の問題意識を持ちながら改善を進めていくという、これまでにはなかった開発の進め方が(いい方向で)大きく影響しているのだと思います」と、続けた。
S660モデューロXには(バンパーの形状などは標準モデルと異なるが)派手なエアロパーツも、誰もが知るブランドロゴを掲げたブレーキもホイールも付いていない。だが、基本を見直しながらウイークポイントを洗い出し、細部を最適化することで走りの質をトータルで高めることに成功している。「車両を丹念に分析すれば、標準パーツのポテンシャルが、十分に生かされ切っていないと分かる場合もあります。新しい(性能が高いとされている)パーツに差し替えるだけでなく、既存のパーツのポテンシャルをフルに引き出すというチューニング手法をとったのがモデューロX」なのだと湯沢氏は言う。派手さはないが、これこそホンダ直系たるプロのチューニングである。無限とは確実にアプローチが違っていることを実感する。
楽しめないのは“耳”だけ
タイヤは標準モデルと同じ「アドバン」銘柄ながら、きっとコンパウンドを専用開発したモデルだろうと想像させるほどのグリップ力(ウエット路面でも恐れずにガンガン行けるほど)を感じたのだが、それすら「(エアロパーツによって)空力を最適化し、前後の荷重を適正にチューニングした結果」なのだと湯沢氏は言う。そう、実はタイヤは標準モデルそのまま。十分な荷重が得られればこのタイヤは、S660モデューロXで実際に感じられたような高いパフォーマンスを発揮する。
採用パーツ個々の力を最大限に引き出してセットアップすれば、有名ブランドで固めたチューンドモデルよりも、レベルの高いクルマに仕上がるということを証明してみせたそれは、タレントぞろいのコロンビアに競り勝ったサッカーワールドカップの西野ジャパンを思い出させる。
ブレンボのブレーキやBBSのホイール(書いてしまった……)がなくても、走りのポテンシャルは大きくエモーショナルに向上させられるのだ。それこそがチューニング、すなわち語源のひとつでもある「同調」や「調律」が意味するところに通じるもの。そして話は冒頭に戻り、S660モデューロXに乗り、チューニングの面白さや奥深さを再確認できたと、他人に教えたくなるわけである。
惜しむらくは、ホンダ直系ゆえにエンジンや吸排気系に一切手が入れられていないという点だ。軽の枠にあるエンジン性能に不満はない。ただ、実用性(積載性)がほぼないとはいえ普段使いも快適にこなせる乗り心地と、ワインディングロードではミドシップカーの楽しさを存分に味わえるハンドリングを見事に両立させているのに、エキゾーストサウンドが標準モデルと変わらないというのはいささか物足りない。もっとも、ホンダアクセス側にも「吸排気系の変更が必ずしも性能向上につながらないことは確認済み」(湯沢氏)という言い分はある。
チューンドコンプリートカーとはいえ、ホンダが(標準モデルと同じラインで)製造して販売するシリーズトップグレードなのだと考えれば腑(ふ)に落ちるのだが、エンジンやエキゾーストのサウンド系になんらかのアイデアとアプローチとがあれば(音量でなく音質でもいい)、遠慮なく「五感を刺激するミドシップスポーツカーに進化した」と言えたはず。ないものねだりは承知の上だが、耳でもモデューロXの特別感を楽しみたいのだ。
(文=櫻井健一/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ホンダS660モデューロX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1180mm
ホイールベース:2285mm
車重:830kg
駆動方式:MR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:104Nm(10.6kgm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)195/45R16 80W(ヨコハマ・アドバンネオバAD08R)
燃費:21.2km/リッター(JC08モード)
価格:285万0120円/テスト車=306万3960円
オプション装備:スカイサウンド インターナビ(21万3840円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:673km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。
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