祝・デビュー60周年!
ホンダの名機「スーパーカブ」に思うこと
2018.08.24
デイリーコラム
はじめから型破り
エンジンオイルの代わりに食用油を入れられたかと思えば、ピザだのスイカだの総重量200kgにもおよぶ荷物を背負わされ、その挙げ句にビルの4階から放り投げられる。そんな悪逆非道の限りを尽くされても動き続けたバイクがホンダの「スーパーカブ」だ。
これはアメリカのテレビ番組で実際に行われた内容で、世界最強のバイクを決定する企画の一環だった。結果、スーパーカブは世界の名だたるモデルを抑えてブッチギリで1位を獲得。元GPチャンピオン、ケニー・ロバーツ・シニアは「防弾バイクと呼ぼう」と賛辞を送り、バイク研究家のポール・ガーソンは「まるでダーティハリーのようなタフさだ」と感嘆した。
番組が放送されたのは1970年代ではなくて2005年のことなので、ハリー・キャラハンよりもジョン・マクレーンかイーサン・ハントに例えた方が伝わりやすかったような気がするものの、それはさておき。ともかく、この時スーパーカブの名声があらためて高まったのである。
1958年8月に登場した“初代”こと「スーパーカブC100」は、低床のバックボーンフレームと50ccの空冷4ストロークのOHV単気筒が組み合わせられ、それ自体が他メーカーのバイクとはまるで違っていた。
というのも、当時のエンジンは構造が簡単な2ストロークが主流で、特にコスト重視の小排気量モデルはそれが当たり前だった。ところがホンダの創業者たる本田宗一郎はそれをよしとせず、「広く親しまれるべき庶民のバイクだからこそクリーンで静かで低燃費でメンテナンス性に優れる4ストロークであるべき」とこだわり、それを見事に実用化したのである。
そしてもうひとつ。「出前のお兄ちゃんが片手で乗れるように」と、クラッチ操作の必要がない自動遠心クラッチを完成させたことも手伝って爆発的な売り上げを記録したのだ。
世界で常識を変えてきた
当時の新車価格は5万5000円。ライバルメーカーのモデルよりズバ抜けて高かったものの、そこに採用されていた小径のスパークプラグも大径のホイールもプラスチック製のレッグガードも前例のない専用品だったため、普通ならそれでもなお採算割れだった。
それをビジネスとして成り立たせるためには、月に3万台程売れればコストが回収できる試算だった。それがどれほどの目標台数だったか? いまひとつピンとこないだろうが当時の日本には大小150社ほどの二輪メーカーがあり、その販売台数を全部合わせてようやく月に4万台だった頃の数字である。
つまり、たった1社、たった1モデルで月に3万台を売るなど夢物語もいいところ・・・・・・のはずが、いざ発売されれば3万台どころか、ほんの数年で月販5万台に到達。その頃のスーパーカブに色もカタチもビミョーに異なるさまざまな仕様が存在するのは、あまりにも売れすぎてサプライヤーの部品供給が間に合わず、日本中からかき集めるようにして生産されていたためだ。
そんなスーパーカブはニッポンの出前のお兄ちゃん以外にも愛され、ほどなく東南アジア、ヨーロッパ、アメリカへと普及。特に北米でのヒットはホンダの名を一躍広めただけでなく、“YOU MEET THE NICEST PEOPLE ON A HONDA”というキャッチコピーとその時のイラストが、ライダーという人種のイメージをも引き上げたのである。
ところで、初代のスーパーカブは1958年8月に登場とサラリと書いたが、つまりはちょうど60周年を迎えたことになる。人間でいえば還暦。赤いちゃんちゃんこを贈られる年齢に達したわけで、実際鮮やかなレッド×アイボリーの外装を持つアニバーサリーモデルが受注期間限定(2018年8月1日~10月31日)で発売されることが決まっている(正確にはちゃんちゃんこの赤ではなく、アメリカでヒットした時のイラストを再現したカラーだが)。
電動化は急務じゃない
コンセプトもスタイルも大きく変えず、60年にわたって正常進化を繰り返してきたスーパーカブは、ホンダの公式見解としては1966年と2012年の2回しかフルモデルチェンジを行っていない。細かく分ければ6世代から7世代に分けられるものの、息の長さとモデルライフの長さではスズキの「ジムニー」を上回り、2017年10月には生産台数が1億台(!)を突破。2018年6月の時点で1億0200万台に達していることを踏まえると日本の総人口を上回る日も近い。
ちなみに誕生60年つながりでいえば、日清食品の「チキンラーメン」、エポック社の「野球盤」、コカ・コーラ社の「ファンタ」、そして「東京タワー」が同期にあたり、累計1億つながりでいえばカシオの「G-SHOCK」がそこに並ぶ。
次のアニバーサリーを70周年、あるいは1億5000万台とするならば、そこに向かってスーパーカブはどのように変化していくのか?
まず誰もが考えるのがパワーユニットのハイブリッド化やEV化だろうが、急ぐ必要はないと思う。
なぜなら、スーパーカブにはインフラの整っていない国や地域の人々の暮らしを支えるツールという側面が多分にあり、メンテナンス性や汎用(はんよう)性ではまだまだガソリンエンジンに分があるのが事実。しかも「スーパーカブ50」の定地燃費値は105km/リッター(理屈上の航続距離は400kmを超える)に達し、発進・加速・停止を含めたWMTCモード値でも69.4km/リッターをマークしているため、そういった場所での経済性も十分。ならばこれまで同様、頑強さを突き詰め、人の移動やモノの運搬をミニマムなエネルギーで支えていくことがスーパーカブの存在意義としてふさわしい。
なくてはならない存在
ただし、そこに新しい価値観も生まれようとしている。それが2018年9月14日に発売される予定の「スーパーカブC125」だ。
これは初代C100をモチーフにした、さしずめネオクラシック的なモデルで、日常のツールとしてではなく、趣味性や所有欲を満たすためのプレミアムな一台として開発されたことが最大のトピックである。
上質さが追求されたパーツのすべては専用設計品で、エンジンやフレーム、足まわりには独自のチューニングが施されているほか、ミラー、ステップ、リアキャリアといったディテールまで既存のスーパーカブとは別モノ。人々の生活を支えてくれたのが1958年のC100ならば、今後うるおいをもたらしてくれるのが2018年のC125だ。そこに込められているのは60年の時がもたらした豊かさの表れといってもいい。
国や地域によってスーパーカブに求められるものが変わっていくことはあるだろう。しかしながら、それはいつの時代もなくてはならない存在であり、これからも人々の暮らしとともにあるに違いない。
(文=伊丹孝裕/写真=本田技研工業/編集=関 顕也)

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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