第33回:進化と革新のターボチャージャー
パワーの追求から環境への対応へ
2018.09.27
自動車ヒストリー
徹底したパワーの追求から、環境負荷の低減へ。時代の変化とともに目標は変わったものの、今なお進化を続けるエンジンのターボ技術。普及や転換のきっかけとなったさまざまな技術や名車の数々とともに、その歴史を振り返る。
空気の流入量を増やす第3の方法
1970年代後半から、日本では“ターボvsツインカム論争”が盛り上がりを見せていた。ハイパワーカーがもてはやされる中、ターボとツインカムのどちらが高性能かという議論が巻き起こったのである。この論争に終止符が打たれたのは1982年。「鬼に金棒。ツインカムにターボ。」というキャッチコピーで「トヨタ・カリーナGT-T/GT-TR」が登場した。2つの技術はともに高性能車には欠かせないもので、組み合わせることでよりスポーティーなクルマが生み出されることが広く認識されたのだ。
1983年には「日産スカイライン」にターボエンジンを搭載した「2000ターボRS」が加わった。ターボは高性能の代名詞となり、各メーカーが高出力を競うことになる。この時代は、日本のみならず世界中でターボエンジンが流行した。高出力を得るのに、最も手っ取り早い方法がターボだと考えられたからである。
ターボとはターボチャージャーを略した呼称で、正式にはタービン式スーパーチャージャー。スーパーチャージとは過給という意味で、強制的に空気を押しこむことだ。エンジンの回転出力を利用して空気を圧縮する機械式のものをスーパーチャージャー、排気でタービンを回して圧縮するタイプをターボチャージャーと呼んでいる。
エンジンの出力を増大させるためには、多くの燃料を燃焼させる必要がある。燃焼には酸素が不可欠であり、空気の流入量が燃焼させられる燃料の量を決定する。高出力を実現するには、高回転化して燃焼の回数を増やすか、エンジンのシリンダー容量を増やして大排気量化するか、どちらかの方法をとるのがスタンダードだ。第3の道として考えられたのが、空気を圧縮して体積あたりの酸素量を増大させる方法である。このやり方ならば、高回転化に耐えられる強度や精度を持った部品を使う必要はなく、大型化して重くなるというデメリットも生じない。
過給の考え方は古くからあり、1885年にゴットリープ・ダイムラーがスーパーチャージャーの基本特許を取得している。ターボチャージャーは、1905年にスイスのアルフレート・ビュヒが発明しており、こちらはディーゼルエンジンの出力向上が目的だった。
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圧倒的なパワーとともに露見した課題
1962年に「オールズモビルF85カトラス」と「シボレー・コルベア」にターボエンジンが設定されている。量産モデルとしては世界初であるが、過給圧は低くて効果は限定的であり、市場に大きなインパクトを与えるには至らなかった。ターボ時代幕開けの号砲を鳴らしたのは、1973年に登場した「BMW 2002ターボ」である。2リッターエンジンを搭載したサルーンの「2002」にターボチャージャーを装着し、約30%もの出力向上を果たしたのだ。
翌年には「ポルシェ911ターボ」が続き、市販車のエンジンをパワーアップさせる方法としてターボが注目されるようになる。レースの世界では、1970年の日本グランプリに向けて、トヨタが5リッターV8ツインターボエンジンを搭載したレーシングカーを開発。最高出力は1000馬力を超えていたともいわれるが、実際のレースに投入されることはなかった。海外では、1972年にターボチャージャー付きの5リッター水平対向12気筒エンジンを搭載した「ポルシェ917/10K」が、北米のCan-Amシリーズでデビュー。ライバルを圧倒した。
パワーアップは果たしたものの、ドライバビリティーの面でデメリットが露呈した。ターボラグと呼ばれる現象である。アクセルペダルを踏み込んでも、即座に効果は生じない。ある回転数から突然パワーが出始めることを“ドッカンターボ”と表現することもあった。過給圧が十分に上昇するまでに時間がかかることが、ターボの弱点なのだ。アクセルレスポンスを向上させるため、さまざまな方法が試みられていく。
ターボラグを抑えるための試み
回転数が上がりにくいのはタービンの径が大きいため、との考えから作られたのが、担当する気筒を2つに分けてタービンを小径化するツインターボである。特に多気筒エンジンには効果のある方法だ。1986年の「ポルシェ959」では、大小2つのターボを回転域に応じて使用するシーケンシャル方式が採用された。低回転では1基だけが稼働し、高回転ではもう1基のタービンを追加する仕組みである。ターボラグをなくすとともに、高回転時に大きなパワーを得ることができた。
排気の流路を2つに分けて効率を高めたのが、ツインスクロールターボ。排気干渉を避けるための工夫で、4気筒エンジンの場合、1番と4番、2番と3番の燃焼室からの排気がそれぞれまとめられてタービンハウジングに向かう。スロットル開度が低い状態でも効率的に排気の流れをタービンに導くことができるので、レスポンスが向上する。
排ガスの導入角度と通路面積を変化させる方法も試みられた。タービンハウジング内に可変ノズルを設け、エンジンの回転数に応じて流路を切り替えるのだ。レスポンスを高めるには通路面積が小さいほうが有利だが、ハイパワーを得るためには広い流路が必要だ。可変ノズルを使うことで、どちらの条件にも適応させることが可能となった。
低回転時の過給を機械式スーパーチャージャーに委ねるツインチャージャーも登場した。スーパーチャージャーでレスポンスの良さを確保し、高回転域ではターボで過給する。弱点を補い、お互いの長所を引き出す方法だ。1985年に世界ラリー選手権に投入された「ランチア・デルタS4」が採用し、すさまじい戦闘力を見せつけた。
F1では1979年にルノーがターボエンジンを搭載したマシンで初優勝し、それ以降はターボ全盛の時代を迎える。ターボテクノロジーを極めたホンダは1.5リッターから1000馬力以上のパワーを絞り出し、F1のトップに君臨した。レースでも市販車でも、ターボによるパワー競争が繰り広げられた。
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TSIが見せた新世代の過給
1990年代に入ると、状況が一変する。日本ではスポーティーカーの人気が低下し、ミニバンやコンパクトカーが隆盛期を迎えた。パワーを追求するのでなければ、ターボは燃費が悪いという弱点ばかりがクローズアップされる。ハイブリッド車も増加し、ターボチャージャーを搭載したクルマの存在意義が薄れていった。
そんな中、欧州では2005年に新世代の過給エンジンが登場する。フォルクスワーゲンが発表したTSIエンジンだ。1.4リッター直列4気筒エンジンにスーパーチャージャーとターボチャージャーを装備し、2.5リッター自然吸気エンジン並みの性能を持つという触れ込みだった。デルタS4と同じツインチャージャーだが、考え方はまったく異なる。デルタS4が徹底してパワーと速さを追求したのに対し、TSIは全回転域で効率を高め、パワーと燃費を両立させることがテーマなのだ。排気量を小さくすることで燃費を抑えつつ、過給によって必要なパワーを確保することを意図したエンジンである。
1980年代に比べると、エンジン技術はさまざまな面で進歩していた。最大のポイントは、細やかな燃焼のコントロールを可能にする電子制御の進化だ。バルブには吸排気ともに可変タイミング機構を備え、点火時期を最適化する。スロットル制御も電子式で、ドライバーの意思を反映して効率よく燃料を供給できるようになった。排気圧力が高まった時に開けるウェイストゲートも含め、総合的にコントロールして燃料効率を高める。
かつてはノッキングを防ぐために圧縮比を低くせざるを得なかったが、吸気温度を下げて耐ノッキング性を高める技術も開発された。筒内直接燃料噴射システム(直噴システム)の採用は、ガソリンの気化熱でシリンダー内の熱を奪い、体積効率の改善にも寄与した。
1980年代は、どのエンジンもハイリフト型のカムを使って高回転域を優先していた。吸排気バルブと点火タイミングが固定されていたからである。可変バルブタイミング機構と直噴システムを備えたTSIは、効率を重視して全回転域での最適解の追求を可能にした。
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ダウンサイジングか、ライトサイジングか
フォルクスワーゲンは、同じ1.4リッターでターボのみを使ったシングルチャージャー仕様のTSIも開発した。出力ではツインチャージャーに劣るものの、優れた燃費性能を誇る。さらに小さな1.2リッターターボもラインナップに加え、幅広いラインナップでダウンサイジングコンセプトを進めていった。BMWやメルセデス・ベンツ、プジョー、ルノー、フォードなども、同様のターボエンジンを開発し、ダウンサイジングターボがマーケットに受け入れられていった。
現在ではターボラグという言葉はほとんど死語になっている。ダウンサイジングターボはフラットトルクが特徴で、ドライバビリティーに優れる。1000rpmを超えたあたりからターボが効き始め、タービンの回転とスロットル操作を監視しながら効率よく燃焼をコントロールする。工作精度が高まったことで部品は小さく軽くなり、排気流速が低い段階から、スムーズにタービンが回転し、過給が得られるようになった。
エンジンの考え方を一変させたダウンサイジングは世界的なトレンドとなったが、別の方向性も生まれている。2015年に登場した5代目「アウディA4」の2リッターガソリンターボエンジンは、ライトサイジング(排気量適正化)と呼ばれる考え方を採用している。中負荷領域での燃費性能を高める狙いだ。「マツダCX-3」は2018年のマイナーチェンジでディーゼルターボエンジンの排気量を1.5リッターから1.8リッターに拡大した。トルクアップ効果で走りに余裕が生まれ、実燃費が向上するという。
現在はダウンサイジングとライトサイジングが併存しているが、どちらも効率向上を目指すという点で目標は同じだ。かつてガソリン大食いの代名詞だったターボは、環境対応エンジンの旗手に変身を遂げた。同じ技術でも、発想を変えればまったく異なる効果を生むことができる。ハイパワー信仰から脱したことで、ターボは新しいコンセプトを打ち立てることができた。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛/写真=BMW、FCA、アウディ、スバル、トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、ポルシェ)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。