スズキ・ジムニーXC(4WD/4AT)
ムードで選ぶな 2018.10.12 試乗記 20年ぶりのフルモデルチェンジでデビューするや、たちまち入手困難となっている新型「ジムニー」。かくも絶大な支持を集める理由はどこにあるのか? その長所、そして短所を、ATの最上級グレードに試乗して確かめた。エッ、これが軽!?
過去の試乗メモファイルを調べたら、旧型ジムニー(JB23)のステアリングを最後に握ったのは、いまから8年も前の2010年秋だった。
仕事ではないジムニー体験なら、数年前からときどきある。長年「プリウス」に乗っていた兄が、何を思ったか、古いジムニーに乗り換えたのである。先々代(SJ30)の最終型を専門店がほぼレストアしたもので、20年落ちなのに、値段を聞いて、軽い衝撃を受けた。
そんなバックグラウンドの人間が、新型ジムニーに初めて接したのは、スズキの横浜研究所。背の高いスズキ車は、駐車事情の関係でここから貸し出すことになったという。
担当の女性スタッフから試乗車を受け取り、車寄せを出て門まで転がしたところで、アレッと思った。これは白ナンバー1.5リッターの「ジムニーシエラ」ではないか。シエラには乗っていないのだが、これは軽じゃないゾと直感したのである。単純な貸し出しのミスかもしれない。オーバーフェンダーとナンバーの色を見に、外へ出れば済んだのだが、40度近い猛暑だったので、グローブボックスを開けて車検証を確認した。
車検証のサイズやデザインは、たしかに軽だった。「自動車の種別」欄にも、「軽自動車」と明記されていた。という出来事が、20年ぶりにフルチェンジしたジムニーとのファーストタッチである。軽自動車の歴史というのは、「エッ、これが軽!?」という驚きの歴史だと思うが、新型ジムニーほど驚かされた軽はほかにない。
“特殊なつくり”を実感
新型ジムニーで「これが軽!?」と思わせるのは、まず乗り心地だ。試乗車は最上級「XC」のAT。車重は1040kg。旧型より40kg重くなったが、それでもまだ1tそこそこ。とは思えないほど乗り心地がどっしり落ち着いている。ステアリングの操舵力にも、普通の乗用軽にはない重さが与えられている。乗り味でいちばん近いのは、「ジープ・ラングラー」だと最初感じた。
モデルチェンジ前には、モノコックボディーのフレームレスという噂もあったが、フタを開ければ、鉄のラダーフレーム+リジッドサスペンションが受け継がれていた。クロスメンバーの追加などで、ねじり剛性を1.5倍に高めたとされるラダーフレームは、新型ジムニーのなかでいちばん存在感のある構成部品である。走行中も、堅固な鋼鉄製ハシゴ型フレームの上に載っている“実感”が常にあるのだ。
いいペースでカーブを曲がると、グラッと傾くが、傾いたところで安定している。それも床下のラダーフレームのおかげで、ヨットの船底から延びるキール(おもり)のような役割をイメージさせる。レバー入力に戻った副変速機を4WDにセレクトして走る機会は、今回ほとんどなかったが、四駆のポテンシャルを試すオフロードゲレンデでも、このフレーム構造が文字通り基本骨格として働くのだろう。
フレームの上に載る3ドアボディーも、歴代ジムニーで最も高い剛性感を持つ。安普請な印象は一切ない。本当にフレームレスを最後まで研究したのではないかと思わせる。フレームを強くした一方、ボディーとの接合部6カ所に入るマウントゴムを大型化して制振能力を高めたという。そうした改良の結果なのか、乗り心地の品質感は格段に向上している。
先代よりもオトナな感じ
エンジンはK6A型からR06A型に換装された。スズキの乗用軽に広く使われている吸気VVT付きの658cc 3気筒だ。縦置き化に対応したからには、そのうち「ケータハム・セブン160」のエンジンもこれに変わるはずである。
自主規制値の64psは変わらないが、最大トルクは旧型の103Nmから96Nmに微減している。トルクは加速に効く。車重が増えたこともあり、パンチや瞬発力は先代より少し落ちた。
そのかわり、大きくステップアップしたのは静粛性などのコンフォート性能である。ピーキーで無駄に元気な印象もあった旧型に比べると、すっかり“大人のエンジン”が載った感じだ。
スズキ乗用軽の主流はCVTだが、ジムニーは今度もトルクコンバーター付きのフルATを踏襲する。大型車用ATの多段化を考えると、昔ながらの4段に感じられるかもしれないが、不満はない。100km/h時の回転数も旧型の4200rpmから3750rpmにダウンしている。高速巡航性能に高い優先順位があるクルマではないが、高速がラクだと、行動半径が広がって、より遠くの山や峠へ行ける。
なんでもできるわけじゃない
この20年間、オフロード四駆車の世界に何が起きたかを見据えて、快適性を大きく高めながら、しかし決して軸足をブラすことがなかったのが、21世紀初の新型ジムニーである。人気沸騰なことはご承知のとおり。ウチの近所のディーラーも、試乗車はあるが、すぐにお売りできるクルマはありませんと言っていた。
しかし、あくまでプロスペックのクルマだから、ムードで手を出すものではないと思う。もっぱら2WDで380kmを走った今回の燃費はリッター11km台にとどまった。エネチャージユニットではないし、アイドリングストップ機構も付いていない。好燃費を求めるなら、ほかにいくらでも別の選択がある。
ボディー全長、全幅は、もちろん軽の規格枠いっぱい。軽ハイトワゴンと道路占有面積は同じである。しかし、縦置きエンジンのロングノーズだから、車室長は短い。軽最大のロードクリアランス(205mm)までかさ上げされているわりに、というか、床の標高が高いために、実質、ボディーの天地はそんなにたっぷりしていない。人や物をマックスで載せるなら、やはり別のチョイスがたくさんある。
後席背もたれを畳み、助手席をフラットにしてフル荷室をつくっても、筆者が愛用する、タイヤのデッカイMTBは両輪を付けたままだと収まりきらなかった。「ハスラー」には難なく積めるのに。
でも、これでいいのだ。心臓が飛び出すような激坂の狭い林道をこぎ上げると、峠にいる四輪はたいていジムニーだ。MTBが来れるところは、ジムニーも来れる。積めなくたっていいのである。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=田村 弥/編集=関 顕也/取材協力=河口湖ステラシアター)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
スズキ・ジムニーXC
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1725mm
ホイールベース:2250mm
車重:1030kg
駆動方式:4WD
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:4AT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:96Nm(9.8kgm)/3500rpm
タイヤ:(前)175/80R16 91S/(後)175/80R16 91S(ブリヂストン・デューラーH/T)
燃費:13.2km/リッター(WLTCモード)
価格:184万1400円/テスト車=210万7134円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション フロアマット<ジュータン>(2万0142円)/パナソニック エントリーワイドナビセット(13万5918円)/ETC車載器<ビルトインタイプ>(2万1816円)/USBソケット+USB接続ケーブル(7398円)/ドライブレコーダー(3万7260円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:906km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:380.9km
使用燃料:32.9リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:11.6km/リッター(満タン法)/11.7km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。