BMW M850i xDrive(4WD/8AT)
はんなりエクスプレス 2018.11.27 試乗記 1990年代にBMWのフラッグシップクーペに与えられていた「8シリーズ」の車名が、およそ20年ぶりに復活。見るからにエレガントな新型は、ワイルドな走りを持ち味とするスポーツモデルとは対照的な、驚きの快速ツアラーだった。必然的なバトンタッチ
BMWにとって「8」の称号は、恐らくいい思い出のないものだろう。世界で最も美しいクーペと絶賛された初代「6シリーズ」の後継にあたる初代8シリーズが登場したのは1990年のこと。リトラクタブルライトを持つユニークなスタイリングは、しかし、大型クーペの市場を支えていたコンサバティブな客層には受け入れられず、当時新開発の12気筒ユニットもマイナートラブルに悩まされ、何より世界的景気低迷に時期が重なったこともあり、販売的には終始苦戦を強いられた。
その後、8シリーズの後継として2003年に6シリーズが復活するまでの間、BMWのトップ・オブ・スペシャリティーの座にあったのは2シーターロードスターの「Z8」だ。が、こちらも近年その出来が再評価されているものの、MTオンリーという潔さも災いしてか、当時は限られた好事家にしか受け入れられなかった。
その数字を今回、再び世に示した背景には、自らのバリエーションの拡大に次ぐ拡大によるコード不足に加えて、米国における6シリーズの好調なセールスがあったのかもしれない。それに乗じてポジションを上級移行させるなら、数字も大きい方がわかりやすい。クーペのカテゴリーは伸びしろだらけの中国市場でも、縁起が良いと好まれる数字は8だからして……というのは冗談だが、歴史の韻を踏むというよりも、状況的にそうしたくなる理由がそろっていたことも確かだ。
「6」の方向でリファイン
新しい8シリーズはこのクーペを皮切りに、既に発表されている「コンバーチブル」、そしてこれまでの「6シリーズ グランクーペ」に相当する4ドアハードトップと3つのボディーバリエーションが2019年までに出そろうことになる。加えて、「M8」の存在も既に公言されており、ライバルとの対峙(たいじ)も幅広いものになるだろう。
いち早く登場したこのG15系8シリーズ クーペが搭載するエンジンは、ディーゼルの3リッター直6ツインターボとガソリンの4.4リッターV8ツインターボの2種類。うち、今回の試乗車でもあり日本に導入されるのもガソリンモデルの「M850i」となる。駆動方式はいずれも「xDrive」と呼ばれる電子制御4WDで、後軸側には電子制御式LSDや後輪操舵システムも標準装着となる。組み合わされるトランスミッションはZF製の8段ATだ。
8シリーズのディメンションはほぼ6シリーズに準拠しているが、全長およびホイールベースがわずかに短く、全高が低い。が、ファストバック的なデザインのおかげで、特に車体後半のシルエットが非常に伸びやかに映る。ボディー骨格は「7シリーズ」や「5シリーズ」で先に展開されているCLARプラットフォームを用いており、随所にアルミやマグネシウムなどの材料置換が施されるほか、芯材にはカーボンを用いるなどして軽量化を推し進めている。
トランク容量は420リッターとDセグメントサルーン級を確保しているが、ストラット部は大きく張り出しており、複数のゴルフバッグなどを搭載するには後席分割シートバックを倒してのトランクスルーが活躍することになるかもしれない。
穏やかに速い
サスペンションは前がダブルウイッシュボーン式、後ろはマルチリンク式で、5シリーズのものをベースとしながら、ジオメトリーを異にする大きなリファインが加えられている。
電子制御可変ダンパーに加えてアクティブスタビライザーを採用しており、モードに応じて姿勢変化量を細かく制御する仕組みだ。アクティブステアリングと後輪操舵の組み合わせからなる「インテグレーテッド・アダプティブステアリング」はドライブモードや速度に応じて逆位相/同位相のコントロールを適時切り替えており、低速時の取り回しや高速時のスタビリティーだけでなく、アジリティーにも積極的に寄与している。
試乗に用意されたM850i xDriveは、最高出力530ps、最大トルク750Nmを発生。0-100km/h加速は3.7秒をマークするという、「ポルシェ911」で例えるなら「GTS」に等しいほどの快速である。が、その威勢は意図的に抑えめにしているのだろう。エンジンも始動の瞬間はにぎやかながらすぐに音も抑えられ、アクセル操作に対するクルマの応答も意外や穏やかだ。
新たなイメージで構成される内装もオーセンティックなデザインで、落ち着いた心持ちでゆったりとドライブを楽しむことができる。こうなると、新たに設定された液晶式のメーターパネルは物理針のクラシックなタイプの方が似合うのではないかとも思うほどだ。すなわちビッグクーペの本懐ともいえる「金持ちけんかせず」的な大船感は失われることなく備わっているということだ。
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能あるタカは見せつけない
一方、限界領域ではどのような振る舞いをするのかという点については、クローズドコースでの試乗で確認することができた。
まず、その速さの質は最もえげつないスポーツプラスモードでさえ、乗員の頭をガツガツ揺さぶるほど下品なものではない。アクセルの踏み込みに対しての応答感をつぶさにみていると、トルクの出方もパワーの高まり方も滑らかできめが細かい。だから「踏めば即座にドカンと力が放たれて……」と、そういう速さを期待する身にはちょっと拍子抜けかもしれない。気づけばあっという間に相当なスピードに達している、そういう類いの速さである。
コーナーでの振る舞いは、スポーツプラスにおけるサスの減衰感がわずかにゆったりめであることも感じられるが、それでもS字の切り返しなどでは後輪操舵が有効に働き、その車格に見合わぬ回頭性を示してくれる。試乗したクローズドコースには切り増しを求められるコーナーも幾つかあったが、舵角が増すごとにクルマがノーズをぐんぐんインへと向けていくサマは8シリーズを名乗るクルマのそれとは思えない。最後はフルタイム四駆なりのアンダーステア傾向も表れるが、その頃の速度はビッグクーペに対する期待値をはるかに超えている。
後にM8が控えていることもあってか、M850iのキャラクターは“駆けぬける歓び”的なわかりやすさからは一線を画した“能あるタカは爪を隠す”的なものに見受けられる。あるいはアンダーステートメントという言葉もしっくりくるだろう。持てる能力をどこまで懐の内に収めておくかというさじ加減はとても難しいものだが、8シリーズは、彼らなりのパーソナルクーペの歴史があればこそだろう、その振り分けや味付けが実にこなれている。
(文=渡辺敏史/写真=BMW/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
BMW M850i xDrive
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4851×1902×1346mm
ホイールベース:2822mm
車重:1965kg
駆動方式:4WD
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:530ps(390kW)/5500-6000rpm
最大トルク:750Nm(76.5kgm)/1800-4600rpm
タイヤ:(前)245/35 R20 95Y/(後)275/30 R20 97Y(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:9.8-9.7km/100リッター(10.2-10.3km/リッター 欧州複合モード値)
価格:1714万円/テスト車=-- 円
オプション装備:--
※価格は日本仕様車のもの
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッションおよびトラックインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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