第541回:琉球開闢神話ゆかりの地に幻のレストランが登場!
「DINING OUT RYUKYU-NANJO with LEXUS」でアメージング体験
2018.12.12
エディターから一言
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食を通じて地方の持つ魅力を再発見する野外イベント「DINING OUT(ダイニングアウト)」の第15弾が2018年11月23~24日、沖縄県南城市で開催された。2日間だけ現れた幻のレストラン、その2日目の様子をリポートする。
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琉球開びゃく神話ゆかりの地・南城
沖縄には古(いにしえ)より語り継がれてきた、ある神話がある。
女神アマミキヨが海の向こうの理想郷であるニライカナイから久高島に降臨し、この地から沖縄の歴史が始まったというものだ。
この琉球開闢(りゅうきゅうかいびゃく)神話と関係が深いのが、本島南部に位置する南城市。沖縄には、祭祀(さいし)などを行う祈りの場、御嶽(うたき)が7つあるが、その4つがこの市にあり、中でも琉球王国最高の聖地といわれるのが斎場御嶽(せいふぁうたき)である。
そんな神々宿る聖地でのダイニングアウトだが、行き先がゲストに明かされることはない。
レクサスに導かれるままにたどり着いたのは、知念城跡だった。
夕刻とはいえ、辺りはもうだいぶ暗い。なだらかな曲線を描くように延びる石積みの城壁はライトアップされ、とてもロマンチックな雰囲気だ。中国大陸の影響を受けていた琉球王国とはいえ、なぜかヨーロッパの古城のような風情もあって面白い。
今回のテーマは「Origin いのちへの感謝と祈り」。
琉球創造の女神アマミキヨにちなみ、初の女性シェフによる料理とだけ耳にしているが、そのシェフとは? 沖縄独自の素材がどう提供されるのかにも期待が高まる。
ニライカナイの方角へ感謝の祈りをささげていると、静寂に染み入るような、笛と三線(さんしん)の調べが聴こえてきた。どうやらダイニングアウトの準備が整ったようだ。
沖縄の伝統素材を使った上品なフレンチ
料理を担当したのは、「志摩観光ホテル」で総料理長を務めるフレンチの樋口宏江シェフ。ホテルの伝統料理にも長年力をいれてきた人物だけに、沖縄の伝統素材を用いたコース料理には、繊細ながらも、力強い個性が宿っていた。
一皿目でまずイラブー料理が登場したのには、驚いた。
イラブーとは青と黒のしま模様をしたウミヘビで、滋養強壮効果が高く、かつては琉球王朝の王族しか口にできなかった高級食材だ。
料理には薫製したものを使うが、炭のように硬く、重みもあり、調理には手間がかかる。
樋口シェフは、久高島イラブーを3時間煮込んでは休ませるなどしながら、丸2日間かけて戻し、刻んだ肉をアグー豚のミンチと混ぜて成形。それに皮を巻いたものを揚げ、イラブー粉と昆布をあしらっていた。
臭みがあるのかと思ったが、まったく感じられない。むしろ、全体的に香ばしいかつお風味を帯びているうえに、外側のイラブー粉には、いりこ粉末のような風味も感じられ、とても滋味深い。
文献によれば、イラブーを煮出した汁は、濃厚なかつおだしに似ているという。樋口シェフがイラブーを煮る工程で、かつお節も一緒に煮出しているのかもしれないが、イラブーの味もしっかりと中に閉じ込められているのだろう。グロテスクな見た目から想像するものとは違い、あっさりとしていて上品な味わいが楽しめた。
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個性を生かしながら味わい深く
3皿目にはヒージャー(ヤギ肉)の料理が登場した。
筆者は20年近く前に、ヒージャー汁を一度だけ食べたことがある。その時は、ヤギ特有の強烈な臭いにおののき、食べることができなかった。それ以降、一度も口にしたことはない。
とはいえ、沖縄ではハレの日に欠かせないおもてなし食材である。今ではもう禁じられているが、50年ほど前には、頸(けい)動脈を切って血を抜いたヤギを、一匹丸ごとたき火の中に入れて焼くということが行われていた。
写真集『岡本太郎の沖縄』(NHK出版刊)には、その様子をとらえたモノクロ写真が収められている。とても残酷な光景にも見えるが、まわりで見守る人々は、みな笑顔だ。当時の沖縄の人は、それも祭りとしてとらえていたのだろう。
さて「ヒージャーのロワイヤル」。
運ばれてきたのは洋風茶わん蒸しといった感じの一皿だ。
卵とブイヨンをあわせて蒸し、卵豆腐のように固めたもののことをロワイヤルというが、樋口シェフは地元のハーブを与えて育てた南城ハーブヤギの骨からブイヨンを取り、血以外の肉をミンチにしてコンソメを取り、温かいロワイヤルに仕上げていた。
口に入れると、プルプルとした弾力と滑らかな舌触りのなかに、小さく刻まれたヒージャーが入っているのがわかった。その食感はやわらかく、チキンに近い。
心配していた臭みもあるにはあるが、かなり抑えられている。ヤギの個性を出しながら、上品で食べやすい料理に仕上げられていたことに、心底驚いた。
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異文化の融合こそ刺激的
「Origin いのちへの感謝と祈り」をテーマに、琉球王国の始まり、沖縄の人たちのルーツに焦点を当てた今回のダイニングアウト。
最新の研究によれば、沖縄でもよく利用されているかつお節のルーツは、モルジブにあるという説が最も有力なのだそうだ。モルジブには古くから魚を原料とした荒節があり、その製法が東南アジアを経由して琉球の久高島でイラブーやカツオの薫製品となった。それがさらに日本に伝わっていったのだという。
もともと遠く離れた国の文化が、出合った土地で融合し、新たな食材を生んでいったというのはとても興味深い。
が、それにも増して刺激的だったのが、今回のダイニングアウトだ。
伊勢にルーツを持つ樋口シェフが沖縄の伝統的な素材と出合い、フレンチという彼女の土俵で新たな料理を生み出した。
料理を通じて異文化の融合を試みた、その挑戦の場に居合わせたということにとても興奮を覚えたし、なにより個性の強い沖縄の素材と格闘したシェフのチャレンジングな姿にも胸を打たれた。
筆者は、本島はもちろん、石垣や宮古、八重山の離島などを毎年のように訪れた時期もあるなど、いち旅人として沖縄好きを自認しているが、このような形で食材を楽しんだことは一度もなかったし、久高島を訪れたのも今回が初めてだった。20年たって、ようやく神の島への上陸を許されたというわけだ。
この貴重な体験とありがたい縁に感謝。
ニライカナイに思いをはせ、もう一度祈りをささげよう。
(文=スーザン史子/写真=スーザン史子、ワンストーリー)
