第554回:スタッドレスタイヤはまだまだ進化する
横浜ゴム冬季用タイヤ研究開発の最前線をリポート
2019.02.21
エディターから一言
タイヤは、言わずと知れたクルマの重要なパーツのひとつ。横浜ゴムは旭川の「北海道タイヤテストセンター(TTCH)」で、冬季用タイヤの開発を行っている。今回は普段秘密のベールに閉ざされているTTCHを訪れ、最新ラインナップのほか、将来を担うはずの技術や素材を実際に試すことができた。
頼れるのは“ゴムの力”だけ
タイヤの表面に打ち込まれた金属、もしくはそれに類する突起物が氷に食い込むことで、高いグリップ力を発揮する――かつての凍結路面用タイヤ=スパイクタイヤ付きのクルマが、冬のツルツル路面上でも走行可能な理由は、こうした理屈からもまぁ何となく理解できる。
一方、そんなタイヤを履いた多くの車両が、乾いた舗装路面上を走り回ってしまったことで問題となったのが“粉じん公害”。かくして、日本でのスパイクタイヤの製造や販売が中止されてから、30年近くがたった。以降、凍結路面上の主役となったのが、今ではおなじみのスタッドレスタイヤだ。
とはいえ、たびたび紹介されているように、そもそもクルマを支えるタイヤの接地面積は、1輪当たりハガキ1枚分程度。すなわち、1台分でもせいぜいハガキ4枚分ほどにすぎないそうした接地面積で、人間でも歩くのがままならない凍結路面上を走り・曲がり・止めなければならないというのは、いかにも大変な仕事量だ。
しかも、“滑り止め付き冬用シューズ”のごとく底面にスパイクを打つことは、もはやご法度という時代。今回、横浜ゴムがTTCHで開催したイベントでは、そんな“ゴムの力だけ”で氷上でのクルマの動きを制するのがいかに大変かを、あらためて教えられるものでもあった。
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吸水性能向上が開発のトレンド
前述のようにスパイクタイヤが使えなくなった後、各タイヤメーカーが当初取り組んだ凍結路面向けのタイヤに対するアイデアは、端的に言ってしまえば「トレッド面に、スパイクタイヤの鋲(びょう)の代わりとなる物質を、いかに練り込むか」というものだった。
今でも、「クルミの殻」の採用をアピールするメーカーも存在しているが、スパイクタイヤ禁止が明らかになった当時のタイヤ技術者が、既存の理論をベースに何とかより大きなグリップ力を安定して発揮させる物質を発見するべく、兎(と)にも角にも「ゴムに混ぜられるものは取りあえず何でも混ぜてみる」という勢いで研究・開発にいそしんだことは想像に難くない。
一方で、冷凍庫の中で出来上がったばかりのカチンコチンの氷は意外にも指でつまみやすく、それがひとたび溶け始めると途端につかみづらくなることなどから、「氷が滑るのは、表面が溶けて水膜ができるからなのではないか?」と、そんな説が徐々に有力視されるようにもなってきた。
実際、最近のスタッドレスタイヤでは表面に発生するごくわずかな水分を、接地の瞬間いかに効率良く吸収し、そしてそれをタイヤが1回転する間に瞬時に排出して、次の接地の際の吸収に備える、というのが開発のトレンドになっている。
実は前述の“クルミ”の例も、それが直接凍結路面を引っかく効果よりも、抜け落ちた後に接地面上に残る微細な穴が、吸水用のポケットとして作用する効果が大きい(らしい)。かくして、“ミラーバーン”に代表される際立って滑りやすい凍結路面上の性能を競うスタッドレスタイヤは、今ではライバル品よりも少しでも優れた吸水性を目標とする時代。ごく小さなバルーン状の材料をゴムに混ぜ込み、それが路面に接触して現れたへこみ部分で吸水を行う、という独自の「プレミアム吸水ゴム」を用いるヨコハマのスタッドレスタイヤも、もちろんそうした技術トレンドの先端を行くアイテムであるわけだ。
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性能を可視化する評価技術を開発
もっとも、凍結路面上でのグリップ力を決定づけるポイントとして注目されるトレッドゴムの水分吸収性の優劣も、実はあくまでも「仮定に基づいた理論」である。そもそも、凍結路面とタイヤの間に水膜ができるとはいっても、それはあくまでもミクロレベルの目に見えない話。実際には回転するタイヤと凍結路面との間で現実に起きている現象を、詳細に検証するすべすらなかったのだ。
現在でも、そんなリアルワールドでの現象が完全に解析されるに至ったわけではないものの、2018年秋に横浜ゴムが発表した「冬用タイヤの吸水効果を評価する新技術を開発」というニュースは興味深いものだった。
金沢大学との共同研究によって開発されたその技術とは、「氷上路面と、走行中のタイヤをイメージした摩擦中のゴムの接地状態を可視化する評価技術」と紹介される。これによって、「吸水技術の開発を加速させ、ナンバーワン性能を持つスタッドレスタイヤの開発を目指す」と、横浜ゴムはうたっている。
ちなみに今回は、こうした吸水性能の違いが凍結路面上での性能と密接にリンクすることを示す一例として、TTCHの屋内氷盤上で非常に興味深い体験をさせてくれることになった。
用意されたのは、現在販売中のトップ性能をうたうスタッドレスタイヤである「アイスガード6 iG60」と、さらに「トレッドゴムに含まれる吸水剤の量を3倍ほどに増やした」というプロトタイプのタイヤ。
両者をトヨタの「プリウス」に装着してのテストでは、すでに発進時の蹴り出し感から異なり、パイロンスラローム時のハンドリングの自由度も、吸水剤の量が約3倍となるプロトタイプタイヤの方が明確に高かったのだ。
こうした優れた素材も、現時点では生産性やコスト面などの理由からすぐに商品化は困難とされるものの、なるほどスタッドレスタイヤにとって吸水性がいかに大切なのかは理屈抜きで理解させられることになった。同時にそれは、さらなるスタッドレスタイヤの性能向上を予想させられる、大いに貴重な体験でもあったというわけだ。
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オールシーズンとスタッドレスの違い
一方、現在欧州向けに販売中で、「日本での発売も検討中」と説明されたいわゆるオールシーズンタイヤ「ブルーアース-4S AW21」と、前出のスタッドレスタイヤiG60をそれぞれ「マツダCX-5」に装着してのハンドリング路テストも、やはり興味深い結果となった。
緩急さまざまなコーナーが含まれ、一部には凍結部分も存在した今回のコースでも、スタッドレスタイヤでは不安なく走破できたのは当然といえば当然だ。極論すれば、「舗装路走行の際よりも速度を2割ほど落とせば、さしたる滑り感もなく走破できる」というのがその印象であった。
一方、テスト車が4WDだったこともあって、オールシーズンタイヤ装着モデルでもスタートは楽々。時折滑りを感じるものの、こちらでもさしあたって不安ナシの走行を行うことができた。
ところが、そんな第一印象に気を許して走りのペースを上げていくと、オールシーズンタイヤでは「ひとたび滑り始めると、それがなかなか止まらない」というのが大きな相違点。特に、コーナー進入スビードが高過ぎるとたちまち強いアンダーステアが露呈して雪壁が目前に。こちらでは、何にも増して“控えめな走り”が要求されることに加えて、特に凍結部分ではそれが「スタッドレスタイヤの代替」にはならないことを痛感させられた。
その他、パッセンジャーシートからではあったものの、ボルボ製のトラクターヘッドに最新の大型車用スタッドレスタイヤを装着してのパイロンスラローム(!)なども体験。こうした車両用タイヤの開発では、積載の有無による接地面積や接地荷重の大幅な変化への対応などに、乗用車用とは異なる開発の難しさがあるという。
実は、今回のイベントの舞台となった従来の試験場の約4倍となる面積を持つというTTCHは、2015年末の開業。屋内氷盤試験場に至っては、竣工されてまだ1年余りという新しさである。こうした最新設備の活用も本格的に始まった“ヨコハマの冬タイヤ”のポテンシャルは、今後ますますのレベルアップが加速されていくことになるに違いない。
(文=河村康彦/写真=横浜ゴム/編集=櫻井健一)
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河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。