第571回:スイッチの押し心地も“新世代”に!?
「マツダ3」に込められたマニアックすぎるこだわり
2019.05.25
エディターから一言
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いよいよ国内販売が始まった「マツダ3」。マツダの将来を占う新世代商品群のファーストモデルに込められた数々のこだわりポイントを、開発陣直々のレクチャーで学んだ。
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スカイアクティブテクノロジーが第2世代に
ちょうど1年前、「アテンザ」マイナーチェンジの取材会があった。試乗はできず、クルマは写真を撮るだけ。その代わりに商品概要説明とプレゼンテーションが用意されていて、詳細な説明を受けた。「デザイン」「クラフツマンシップ」「人馬一体」という3つのテーマでみっちりと講義を受けたのだ。学生気分に戻ったのはいいが、勉強疲れでヘトヘトになったのを覚えている。
今回はマツダ3の取材とだけ聞かされて富士の裾野まで出掛けていくと、受付で手渡された紙には合計80分に及ぶ講義のスケジュールが示されている。さらに、レジュメのような冊子が5種類。やはり、取材会というより勉強会なのだ。寝不足気味だったが、気合を入れ直して先生方の話を聞かねばなるまい。
マツダ3には、第2世代の「SKYACTIV(スカイアクティブ)テクノロジー」が全面的に採用されている。これまで少しずつ取り入れられていた技術的進化が、フルモデルチェンジを機にトータルで投入されることになったわけだ。現在のマツダは、「魂動デザイン」とスカイアクティブが二枚看板だ。デザインは見ればわかるが、技術に関してはしっかり説明しないと伝わらない。「G-ベクタリングコントロール」とか「SPCCI」とかいった用語を聞いてすぐに理解できる人は少数派だ。ユーザーに届けるために、まずはメディアの人間を教育しようという戦略なのだろう。
“人馬一体”の真相
まずは猿渡健一郎商品本部長が、マツダの掲げるクルマづくりの思想について基調講演。人がクルマに乗りたいという気持ちになるためには、乗る人を不安にさせないようにすることが大切だとする。だから人間研究が必要になるというのだ。猿渡本部長は、「楽な生活」と「充実した生活」を対立概念として持ち出した。それは、機械中心と人間中心という姿勢の違いを反映しているという。マツダが目指すのは、もちろん人間中心の充実した生活である。
クルマの説明会だと思っていたら、何やら哲学めいた話になってきた。会社としてしっかりした方針を持つことはステキなことだが、抽象的な講義なので少々眠くなってくる。頑張って耐えていると、「二足歩行から四足歩行に移行するということなので、ケンタウロスのようなもの」という表現が聞こえてきて眠気が覚めた。“人馬一体”というのはそういうことだったのか!
次に登場したのは、マツダ3の開発主査を務めた別府耕太氏である。「ファストバック」モデルのユーザーイメージは「感じるままに生きる自由人」、「セダン」は「品格と個性を兼ね備えた紳士・淑女」で、正反対の性格を持つと語る。どちらも感情が豊かになり日常が輝くクルマで、「恋に落ちてほしい!」と結んだ。別府氏は営業出身なのだそうで、エンジニア出身の主査とは違ってエモーショナルな表現を多用していたのが面白い。
チーフデザイナーの土田康剛氏は「引き算の美学」についてレクチャー。ただシンプルなのではなく、メッセージを強めるための手法なのだそうだ。強調したのは光の重要性である。セダンではサイドで光のスピードを表現し、ファストバックはプレスラインをなくすことで光のドラマを生むと話す。
オーディオ性能への執着
ここまでで約30分。すでにおなかいっぱいなのだが、さらに詳細な項目についての説明がある。「安全」「NVH&オーディオ」「クラフツマンシップ&HMI」の3つだ。安全に関しては昨今ではどのメーカーも重視している分野で、目新しいのは車内カメラによるドライバーモニタリングぐらい。あとの2つは説明が必要である。
NVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス)というのは騒音や振動・路面からの突き上げのことだから、オーディオ環境と密接に関連していることはわかる。静粛性を高めた上で、新開発の「マツダハーモニックアコースティクス」と呼ばれるサウンドシステムによって音質を高めたのだという。ドアスピーカーをカウルサイドに移動するなど配置を見直し、音圧の強化を図っている。細やかな配慮がなされていることは伝わってきたが、車内での体感講座まであったのには面食らった。5曲ものサンプル音源を流しながら20分にわたって説明したのだ。マツダ3にとって、オーディオ性能がそんなに重要なのか。
HMI(ヒューマンマシンインターフェイス)は、さまざまな設定や操作をスイッチやタッチパネルで行うようになっている現在では大切な要素である。そこにクラフツマンシップ(職人芸)を組み合わせるのがマツダらしいところだ。渡されたのは、スイッチの試作品である。操作するときのクリック感や押し込む深さなどの操作フィーリングを統一するためのモデルだ。
なんと細かいことを気にするのかと思ったが、実際の車内のスイッチ類を触ってみると確かに同じ感触なのが心地よい。ディテールに深く心を配りながらていねいに仕上げることで、今のマツダはユーザーからの信頼を得られるようになった。そのことを実感した取材会だったと、心から納得した次第である……いやいや、違うだろ。
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新エンジンの話はどこへ行った?
新世代スカイアクティブ最大の目玉技術である「スカイアクティブX」エンジンについては、何も説明がなかったのだ。音響空間やスイッチのフィールも大事なのはわかるけれど、最先端のエンジン技術についても学びたかった。世界中のメーカーが取り組んでうまくいかなかったSPCCI(Spark Controlled Compression Ignition:火花点火制御圧縮着火)を、初めて実用化したのだ。マツダもアピールしたいはずだが、スカイアクティブX搭載モデルの発売は2019年10月の予定なので、まだ詳細は明らかにできないのだろう。
実際のところ、スカイアクティブXが販売面でどれだけ寄与するかはわからない。よほどの技術オタクでなければ、この技術が使われていることが購入動機にはならないだろう。マツダがデザイン面でも技術面でもハイレベルな取り組みをしていることは間違いないが、クルマが売れるかどうかを左右するのは、また別の部分にある。自社の技術を“他に例のない先進的なものだ”と言い張ることで売り上げを伸ばしているケースも実際にあるではないか。
そのあたりは悩みどころのようで、どうやって販売につなげるかはこれからの課題らしい。「最近はやっている“日本スゴイ”みたいな言い方でアピールすればいいんじゃないですか」などといい加減なことを話してしまったが、マツダという会社はそういう品のない下劣な行いをよしとしないだろう。良くも悪くも、マツダはマジメなのである。
自動車メディアに関わる者として、まっとうな努力を重ねているメーカーの取り組みはきちんと紹介していきたい。そのためには、常に最新技術を理解しておく必要があるだろう。今回も勉強でヘトヘトになったけれど、次もまたぜひ呼んでください。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。