マツダ3ファストバックXバーガンディーセレクション(4WD/6MT)
損得では選べない 2020.03.12 試乗記 「マツダ3」に、世界で初めて圧縮着火を実現したガソリンエンジン「SKYACTIV-X(スカイアクティブX)」搭載モデルが登場。マツダ自慢の新エンジンは、どのような走りを見せるのか? デビューから半年を経たシャシーの進化とともに報告する。賛否両論の理由
従来のガソリンエンジンとは比較にならない超希薄燃焼(リーンバーン)が可能になる予混合圧縮着火(通称HCCI)エンジン(の一種)を初めて実用化したスカイアクティブXについて、好事家の間では、いまだ賛否両論である。マツダがそれに成功した要因は、これをただのHCCIにとどまらせず、点火プラグを使った独自の「火花点火制御圧縮着火=SPCCI」という方式を編み出したからである。
とにもかくにも、これは自動車技術史に残る歴史的快挙だ。それだけは掛け値ない。マツダには洋の東西、メーカーの垣根を越えて、専門家筋から多くの賛辞がおくられている。
また、マツダはスカイアクティブXの最大熱効率について、“夢の50%”を大きく上回る56%を最終目標としており(現時点での最大熱効率は非公表)、まだまだ可能性を秘めた技術でもあることも間違いない。それでも、市場で賛否がうずまくのは、現状ではその実利がいまひとつ見えにくいからだ。
このスカイアクティブX市販第1号の排気量は2リッターで、使用燃料はもちろんガソリン(ハイオク推奨)である。182PS/224N・mの出力/トルク値は同じ2リッターのスカイアクティブGを26PS/25N・m上回り、それでいて燃費は1割以上優秀である。そもそもスカイアクティブGも最新鋭の高効率エンジンだから、そこからこれだけの性能アップを果たしたというのは、素直にたいしたものなのだ。
ただ、装備内容をそろえて車両の価格を比較すると、スカイアクティブXは同Gより約70万円も上乗せとなるので、絶対的に割安とはいいがたい。さらに、同じマツダ3の1.8リッターディーゼルを積む「XD」には価格、最大トルク、燃費、燃料代のすべてで譲る。しかも、税金その他を含めた経済性では、他社のフルハイブリッド車やダウンサイジング過給エンジン車のほうが、現時点ではスカイアクティブXより実利が大きいのは否定できない。
うたい文句にウソはない
ただ、高圧燃料噴射装置に筒内圧力センサー、エアサプライ、マイルドハイブリッドといった複雑な機構に、公差半減や全数検査などの手間ヒマかけた生産態勢……と、スカイアクティブXには相当にコストがかかっている。よって、ひとりのクルマ好きとしては、これを単純に「高い!」と切って捨ててしまうのは、なんともしのびない。
また、スカイアクティブX自体はあくまで純粋なエンジン技術なので、そこに組み合わされる変速機や駆動システムに制限はない。実際、マツダ3の「X」では全グレードで6段ATと6段MT、FFと4WDのすべての組み合わせが選べる。今回の試乗車も“マニュアルのヨンク”という滋味あふれる仕様だった。
実利的な損得勘定をひとまず横に置くと、スカイアクティブXは素直に気持ちいいエンジンだ。HCCIが「ガソリンとディーゼルのイイトコ取り」といわれるだけに、この「X」も、なるほど低回転域でのパンチは1.8リッターディーゼルの「XD」ほど強力でないものの、6速1000rpmからアクセル全開……みたいにイジめても、さしたる不平も漏らさずスイーッと速やかに加速する柔軟性は、ディーゼル的だ。それでいて、6500rpmという回転リミットの高さや振動騒音の小ささは、完全にガソリンのそれである。
絶対的な動力性能は、体感的には2.2~2.4リッターの自然吸気ガソリン程度。良くも悪くもパワーフィールにクセはなく、2000~3000rpmでは少しコモリ音が気になるものの、それより上ではイイ感じに軽く抜けたサウンドに変わり、4000rpm、5000rpmとトルクとレスポンスを積み増していく。このあたりの特性はよくできたガソリンエンジンそのもので、MTで高回転まで引っ張ったときのそれ相応の快感とエンスー感は、最新の環境エンジンらしからぬ(?)美点だろう。
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“過給”しないのに過給機が付いている理由
スカイアクティブXはダウンサイジング思想のエンジンではないのに、過給機が備わるのも特徴だ。マツダでは「高応答エアサプライ」と呼ぶスカイアクティブXの過給機も、部品自体は一般的なスーパーチャージャーそのもの(イートン社製の3葉タイプ)である。ただ、スカイアクティブXではそれを、空気(と燃料)を強制的に押し込んでトルクを増すためではなく、圧縮着火になりにくい中~高回転域での吸気量を緻密にコントロールするために使っているのだという。スカイアクティブXの場合、エアサプライにはクラッチが備わっており、自然吸気となる低回転域では抵抗にならないように切り離される。
いかにレスポンス自慢のスーパーチャージャーでも、一般的な過給エンジンでは、アクセル操作から実際に本格的にトルクが立ち上がるまでにわずかな“間=ラグ”が存在するのが宿命である。しかし、スカイアクティブXではそれをまるで体感できず、そのあたりのフィーリングはまさに自然吸気っぽい。こうした高応答性は、エアサプライの過給圧が通常のスーパーチャージャーの用法より低いことと、6.5PS/61N・mのスターター兼アシストモーター兼発電機を含む24Vマイルドハイブリッドによるところも大きいのだろう。
スカイアクティブXはSPCCIという独自の燃焼技術によって、圧着着火が可能な領域がせまい……という、いわゆるHCCIの弱点を解決したのが大きなキモである。実際、走行中のメーター内モニターを見るかぎり、常用回転域ではアクセル開度や負荷の高低にかかわらず、とても広い領域で圧縮着火をしているようだ。
ダイナミクス性能にみるマツダのこだわり
前記のように3000rpmを超えるくらいからパンチとレスポンスが増して音にもカツが入るスカイアクティブXは、さらに回転が高まるごとにリニアに勢いを加えていく。
そして6000rpm付近から6500rpmのカットポイントまでの高回転域では“ブウィィーン”という独特のブロワー音が感極まったかのようにして、大団円をむかえる。マツダが公表しているグラフによると、トップエンドの回転領域では負荷にかかわらず火花点火になるようなので、このサウンド変化もそれが影響しているかもしれない。
そんなスカイアクティブXを搭載するマツダ3(というか、最新のマツダ車)のダイナミクス性能のキーワードは“骨盤”である。
マツダ3から導入された新開発シートは、きちんと骨盤を立てて座らせることが最大テーマという。そうして正しい姿勢で保持された骨盤に、路面からの力をきちんと整えて伝達する。骨盤を歩行時と同様に、規則的かつ滑らかに動かすことで“まるで歩いているかのような”自然な運転感覚と人馬一体感が実現する……らしい。
いつものマツダらしい念仏めいた(失礼!)言葉ではあるが、乗ってみると、いいたいことが分からないではない。しなやかな荷重移動は従来のマツダにも共通するものだが、マツダ3では前後方向のピッチングも左右方向のロールも、そして旋回も、すべてが運転席に座る自分の骨盤を軸に進行しているのが実感できる。こういう感覚は従来のマツダにはなかったものだ。
マツダの担当エンジニアによると、それは着座時の背骨の形状からクルマの重心高、車体剛性にサスペンションや「G-ベクタリングコントロールプラス(GVC+)」などが混然一体となった調律によるものという。
トーションビームと侮るなかれ
マツダ3は、昨2019年の5月にまずスカイアクティブX以外のモデルが先行発売された。今回のスカイアクティブX搭載車はそれから約半年後の市場導入ということで、乗り心地や操縦性にはパワートレインのちがいによるもの以上の進化・熟成のあとが確実にある。
その乗り心地がどちらかというと引き締まり系であることは相変わらずだが、発売初期よりもずいぶんと快適かつ滑らかになった。前記の“骨盤感覚”も、発売直後の個体では骨盤に人工的にヒネリが入る演出くささを感じなくもなかった。しかし、今回の試乗車ではもう少し自然で穏やかな所作になりつつも、独特の骨盤感覚も残っている。
また、この程度のエンジントルクであれば、マツダ3ならFFでも完全に支配下に置けるはずである。ただ、電子制御4WDを備える試乗車はGVC+の支援もあってか、滑りやすいワインディングロードから超高速コーナーまで、踏めば踏むほどリニアに安定するのだ。その接地感と一体感には素直に感心する。
マツダ3以降の新世代アーキテクチャーでは、リアサスペンションが簡素なトーションビーム式になったことも、好事家の間で賛否両論あるようだ。それ以前の独立マルチリンク式と比較すれば、トーションビームのほうがコスト面で有利なのは事実で、それも採用理由のひとつではあろう。
ただ、重量や空気抵抗などトーションビームにはそれ以外のメリットもあり、またマツダ3のそれは中央と外側でビーム径が異なる(強度が必要な外側は太く、しなやかにねじりたい中央部は細い)独自形状を新工法で実現したものだ。それに今回のような4WDでも、たとえば「マツダ2」や「CX-3」に使っているコンパクトカー用トーションビームのようにFFより明確に乗り心地が劣るようなクセは感じなかった。さすが最新設計だけに、このあたりの手当ては入念なのだろう。
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新技術の未来のために
今回はのべ5日間の試乗で、全体には高速移動が多い良好な走行パターンながらも、燃費は13.0km/リッター(満タン法)だった。たとえば、このクルマの競合車を「トヨタ・カローラ ハイブリッド」などと仮定してしまうと、その燃費性能は正直いって物足りないことこの上ないだろう。ただ、MTをいいことに街中でもエンジンを回しまくり、山坂道にも積極的に連れ出したことを加味すれば、このWLTCモードのカタログ値に近い実燃費は「広い領域で高効率な圧縮着火を実現するSPCCI」というマツダの主張が誇張ではない証左ともいえる。
繰り返しになるが、現時点でのスカイアクティブXは損得勘定で選ぶクルマではない。客観的にコスパの高いマツダ3がほしいなら、1.5リッターかディーゼルを買ったほうがいい。ただ、スカイアクティブXはマツダ3に用意されるパワートレインとしては、ディーゼルよりは薄味だが乗るほどにじみ出る滋味がある。ベラボーに速くはないが、よくできたシャシーとも相まって、腕次第でちょっとしたホットハッチを蹴散らすくらいの戦闘力も発揮する。
マツダ3のデザインとインテリアの高級感、そしてダイナミクス性能に心からほれ込んで、なおかつスカイアクティブXも射程内に入る予算をお持ちであり、しかも細かなランニングコストより精神的充足感が優先……といった生粋のマツダエンスージアストなら、“マツダの世界的快挙”というエピソード込みで、これを思い切って買っても後悔はないと思う。その行為がスカイアクティブXの未来の助けになることは間違いないし、価格と燃費を納得ずくで買うのなら、それ以外の落とし穴は、今のところ見当たらない。
(文=佐野弘宗/写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
マツダ3ファストバックXバーガンディーセレクション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4460×1795×1440mm
ホイールベース:2725mm
車重:1480kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ スーパーチャージャー付き
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:6段MT
エンジン最高出力:180PS(132kW)/6000rpm
エンジン最大トルク:224N・m(22.8kgf・m)/3000rpm
モーター最高出力:6.5PS(4.8KW)/1000rpm
モーター最大トルク:61N・m(6.2kgf・m)/100rpm
タイヤ:(前)215/45R18 89W/(後)215/45R18 89W(トーヨー・プロクセスR51A)
燃費:16.8km/リッター(WLTCモード)
価格:368万8463円/テスト車=391万8343円
オプション装備:ボディーカラー<ソウルレッドクリスタルメタリック>(6万6000円)/Boseサウンドシステム<オーディオパイロット2+センターポイント2>+12スピーカー(7万7000円)/360°ビューモニター+ドライバーモニタリング(8万6880円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:4335km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:880.1km
使用燃料:67.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:13.0km/リッター(満タン法)/14.1km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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