第52回:沸騰する中国市場
世界経済を左右するインパクト
2019.06.28
自動車ヒストリー
いまや、他の追随を許さない世界最大の自動車市場となった中国。施策によって環境が大きく変わることもあり、その動静は常に業界の注目を集めている。短期間のうちに急成長を遂げ、世界中に影響を与える存在となった超巨大マーケットの歴史を振り返る。
20年間で販売台数が約15倍に
中国における2018年の新車販売台数は、前年比2.8%減の2808万0600台だった。前年実績を下回ったのは28年ぶりのことで、販売の急減速は深刻なニュースとして業界に受け止められた。中国の自動車市場が耳目を集めるのは、それが世界最大の規模を誇るからだ。減ったとはいえ2800万台を超えているのだから、その数はアメリカの約1730万台、日本の約530万台を合わせたより大きい。中国の自動車販売の増減は、世界中の自動車メーカー、そして世界経済全体に大きな影響を与えるのだ。
歴史的転換点となったのは、2009年だ。2003年に中国は自動車販売台数でドイツを抜いて3位に、2006年には日本を抜いて2位になっていた。2009年には前年比で46%アップという飛躍的な成長を遂げ、1364万台でついに世界一に。台数にして426万台の増加であり、同年の日本市場に匹敵する数字が積み増された形である。
一方、アメリカは過去27年で最低となる1042万台にとどまり、はっきりと明暗が分かれた。この年、中国は生産台数でもナンバーワンとなっており、生産・販売の両面でトップに躍り出たわけだ。1999年には中国の自動車販売台数は、わずか187万台だった。20年の間に、市場は15倍に膨れ上がったことになる。
富裕層の増加により、ロールス・ロイスやベントレーなどの超高級車も好調に販売を伸ばしている。どの自動車メーカーも中国市場の動向を無視することは不可能なのだ。特に21世紀に入ってからの成長ぶりはすさまじく、瞬く間に世界最大の自動車市場に上り詰めたのである。
世界金融危機が後押しした急成長
2008年、アメリカのリーマンショックに端を発する世界金融危機が発生し、自動車の需要も大きく落ち込んだ。2009年の自動車販売台数はアメリカで22.7%、日本でも9.3%減少しており、急伸する中国市場がますます存在感を高める格好となった。
しかし、そのわずか数年前、2000年代前半までの中国では、自動車を所有できるのは政府高官や企業経営者などの高所得層に限られていた。2000年代中盤以降、購買層が中所得層や低所得層にも広がっていき、自家用車の保有台数が急増した。ようやくモータリゼーションの時代に突入したのである。
自動車市場が発展するには、2つの発展段階を経るといわれる。日本では1960年に第1次高成長期が始まり、1964年まで続いた。この間に、乗用車の販売台数は年間14.5万台から49.4万台に増加している。1965年から1973年までが第2次高成長期で、販売台数は300.9万台まで伸びた。年間伸び率が20%という高い数字を示す爆発的な成長期で、中国では2009年にこの第2次高成長期に入ったと考えられる。経験則では、継続期間は約10年である。
2009年に中国市場が急成長した理由としては、一つには先ほども述べた世界金融危機が挙げられる。欧米や日本で失われた販売を穴埋めするため、各自動車メーカーが中国市場重視の戦略を本格化させたのだ。一方、中国国内の状況にも要因が求められる。不況を脱するために経済振興策が採用され、自動車購買奨励政策が立案されたことである。「汽車下郷」と呼ばれるもので、農民が軽トラックなどを購入する際に10%の補助金が与えられた。また、1600cc以下の乗用車に対する購入税を軽減するなどの優遇策も効果を発揮し、小型車市場の活性化につながったと考えられる。
将来、中国の自動車普及率が日本並みになると仮定すると、保有台数は約7億5000万台に達することになる。アメリカ並みになればさらに増え、10億台を超えてしまう。これは現在の世界全体の保有台数に匹敵する数字で、一国だけで今の世界市場全体と同じ規模になる。
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現地生産の条件は中国企業との合弁
これほどの規模になれば、自動車メーカーにとって最重要市場となるのは当然だろう。中国は輸入車に高い関税をかけているため、現地生産を行うのが有効な選択肢となる。ただ、単独での進出は許されず、現地企業との合弁が絶対条件だ。フォルクスワーゲンが第一汽車や上海汽車、トヨタが第一汽車や広州汽車と組むなどして、生産販売の体制を整えている。
フォルクスワーゲンの中国との関係は古く、上海VWは1984年に設立されている。主力となったのは「サンタナ」で、初代モデルが2010年まで製造されていた。上海のタクシーのほとんどがサンタナだった時代もある。「サンタナ2000」「サンタナ3000」などの改良車種がつくられるようになり、コンパクトカーの「ポロ」、さらにはシュコダのブランドである「ファビア」や「オクタビア」の生産も始まった。
第一汽車との合弁会社である一汽VWでは、アウディブランドのモデルも生産しており、「A4」や「A6」が高所得層に人気を博した。フォルクスワーゲングループが年間1000万台の販売台数を達成しているのは、中国市場の存在が大きい。ドイツ国内の需要が頭打ちになる中、本国をはるかにしのぐ規模のマーケットとなっているのだ。
欧米や日本メーカーとの合弁会社が業績を伸ばす一方で、純粋な民族メーカーはなかなか育たなかった。デザインや技術の模倣が問題になったことも多く、安全性に疑問符が付けられていたのだ。しかし、今や民族系自動車メーカーの吉利汽車がボルボを買収するというケースも生まれている。電池メーカーだったBYDは、電動車の技術を生かして自動車生産に進出した。
NEV規制で市場をコントロール
爆発的な自動車の普及により、さまざまな問題も発生した。大都市では渋滞が頻発し、経済活動を阻害する要因といわれるほど深刻な問題となった。さらに大きな問題は排ガスによる大気汚染である。微小粒子状物質のPM2.5の空気中濃度が危険な水準にまで上昇し、北京ではどんよりとした空が常態となった。PM2.5は風に乗って日本にも流れ着いている。対策としてナンバープレートの末尾番号による流入規制が行われるようになり、2008年の北京オリンピックや2014年のAPEC開催時には厳重な交通規制が敷かれた。全国人民代表大会では、大気汚染防護法の規制強化が国家的課題として取り扱われるようになった。
それでも高価なエコカーは販売が伸び悩んでいたが、中国政府は強力な政策で市場のコントロールに乗り出した。それがNEV(新エネルギー車)規制である。中国で年間に3万台以上を生産・輸入する自動車メーカーを対象とし、内燃機関車の生産や輸入量に応じてNEVの生産を義務付けたのだ。メーカーはNEVの生産実績で付与される “クレジット”を一定の割合で獲得する必要がある。未達成の場合は他社からクレジットを購入しなければならない。
NEVと認定されるのは電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)で、日本勢が得意とするハイブリッド車(HV)は含まれない。内燃機関の技術では後発の中国が追いつくのは困難であり、電動車の普及を推進することで次世代の自動車産業で覇権を得る狙いがあるとみられる。
フォルクスワーゲンをはじめとする欧州メーカーが急激にEV開発にシフトした背景には、このNEV規制があると考えられている。世界最大の市場で生き残るためには、中国政府が強力に推進する政策に対応することが必須条件なのだ。沸騰する中国市場が与えるインパクトは、世界の隅々にまで影響を及ぼしている。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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