第585回:日本人選手の挑戦にトヨタの快挙
WRC第10戦ラリー・ドイチュラントを現地リポート
2019.09.01
エディターから一言
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日本人ドライバーが久々に最高峰クラスに挑戦し、トヨタが四半世紀ぶりに表彰台を独占するという快挙を成し遂げた、2019年の世界ラリー選手権(WRC)第10戦ラリー・ドイチュラント。大いに盛り上がったラリーの様子を、現地からリポートする。
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“カレンダー落ち”がウワサされるドイツラウンド
全14戦のうち、年に4戦ほどWRCを現地取材しているボクですが、ボクが行くとトヨタが勝つことが多いんです。たぶん、きっと、偶然なんだろうけど。
カムバック初年度の2017年は、第2戦スウェーデンでヤリ=マティ・ラトバラがトヨタに復帰後初勝利をプレゼント。ちなみに、2016年から毎年スウェーデンに通っているボクは、初年度はステージでコケて骨折、2017年はカメラのレンズが壊れ、2018年は歯茎が腫れて病院送りの憂き目に遭っております。ま、そんなことはどうでもよいのですが。トヨタは2017年のフィンランドでもエサペッカ・ラッピが勝っていますし、2018年のフィンランドではオイット・タナックが優勝し、ラトバラも3位入賞。今年のスウェーデンではタナックが2位以下を圧倒……などなど。年に片手の指で数えられる程度しか通っていないはずなのに、ボクが撮影したイベントでのトヨタの勝率は、なかなかのもんなんですよねえ。
で、今回はラリー・ドイチュラントのお話です。世間のウワサでは「来年(2020年)のカレンダーからドイツが落ちる」なんて言われたりしていますが、ボクにとってラリー・ドイチュラントは特別なラリー。2014年に、ベルギーへ初の海外ラリー取材に行く途中に立ち寄り、ステージを1本だけ、お客さんとして観戦したのがドイツでした。日本とは何もかも違っていて、「なんじゃこりゃあ」と思ったのが懐かしいなあ。あの時の経験がなかったら、飛行機嫌いのボクはきっと海外取材なんて行ってないだろうと思います。
日本人がWRCの最高峰クラスに挑戦
そんな、個人的にも思い入れのあるラリー・ドイチュラント。以前はドイツワイン発祥の地トリーアがホストタウンで、街の中からスタートする華やかなラリーだったのだけど、今は少し離れたボスタール湖のほとりがホストタウン。風光明媚(めいび)なリゾート地ではあるんだけど、周囲には何もなくて、若者の姿も皆無。そこはじいちゃんばあちゃんの姿が目立つ保養地みたいな場所でした。予算がないのか、華やかさに欠ける感じは否めず。当然ギャラリーも少なめで、カレンダー落ちのウワサもいよいよ信ぴょう性が高まります。
とはいえ、ステージは以前と変わらず、モーゼル川沿いの狭くて荒れたブドウ畑の農道や、軍事施設の敷地内を突っ走るという独特のもの。オールターマック(舗装路)ではありますが、場所によって路面が変化するので難易度高し。ギャラリーにとっても見応えたっぷりのラリーであることに変わりはありません。
そんな今年のドイチュラントでは、久々に日本人ドライバーが最高峰クラスに出場しました。TOYOTA GAZOO Racingのラリーチャレンジプログラムに参加している勝田貴元が、「トヨタ・ヤリスWRC」で参戦したのです。勝田はこれまで、WRCのひとつ下のクラスであるWRC2に「フォード・フィエスタR5」で参戦してきました。今年は並行してフィンランド選手権にもヤリスWRCで参戦。冬のラリーを2戦して、いずれも総合優勝を飾っています。
お手柄の“総合10位完走”
とはいえ、勝田にとってドイツは初めてで、さらにヤリスWRCでのターマックラリーも初めて。ここでは “成績を出す”なんてことは求められていません。まわりのタイムを気にせず、とにかく完走してドイツの路面とヤリスに慣れることが目標。こう聞くと簡単そうに思えるけど、他人より速く走りたくてウズウズしているラリードライバーが、“無理をせずに完走が目標”なんて、きっと大変だしストレスもたまるはず。コース脇から撮影していたボクから見ても、かなりマージンを取った走りでした。かねてから国内ラリーを取材してきた身としては「タカならもっと速く走らせられそうだし、以前の彼ならきっともっと踏んでただろうなあ」なんて思うとともに、同時に「アイツも成長したなあ」と、おっさんは少し感動したのでした。
R5マシンとは挙動も速さも違うワールドラリーカーに、序盤こそ少し戸惑いの表情を見せていたけど、ステージを重ねるごとに普段の表情が戻ってきました。と同時に、周囲のドライバーとのタイム差も少しずつ縮まっていきます。撮影していると、そばにいるギャラリーから「次はカツタだぞ」とか「カツタは堅実な走りだな」とか「ユーはカツタの友達か?」とか、いろいろと声をかけられました。ヨーロッパのギャラリーは、ワークス選手の走りを見ると、他のクラスの走りを見ずに次のステージへ移動してしまう人が少なくありません。最高峰クラスとWRC2にはそこまでの差があるんです。そんな中、ギャラリーにこうして名前を覚えさせただけでも、今回の挑戦には意味があったかも。いずれにせよ、細かいミスはあったものの、タカモト・カツタはしっかりと完走して総合10位でフィニッシュ。初のWRCドライバーズポイントも手にしました。
最終ステージのフィニッシュでタカを待ち受けていたボク。フィニッシュするとすぐにテレビのインタビューが始まります。普段は他の報道陣を寄せ付けないオーラを放つ屈強なカメラマンとアシスタント。その隙間からタカの表情を狙っていたら、彼らのうちのひとりが撮りやすい隙間にボクを呼び寄せてくれました。普段はそんなことしない彼も、新しいWRCドライバーの誕生を祝ってくれたのかもね。
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トヨタ、まさかの表彰台独占
これで終わりじゃありません。なんとこのドイチュラント、トヨタがワン・ツー・スリーと表彰台を独占したんです! 冒頭で書いた通り、ボクが行くとトヨタがやたら勝つんですが、ここまで来ると「オレ、神がかってるやろ!」と思ってしまいます。
ラリーは序盤からぶっ飛ばすタナックを、ヒュンダイのティエリー・ヌービルが猛追する展開。地元ベルギーから近いこともあって、大応援団が駆けつけたヌービル。かたやタナックにも、毎戦エストニアから駆けつける、やたらとおっさん率の高い大応援団がいます。サポーターの見た目的には、女性やお子さまも多いヌービルの圧勝ですが、勢いだけはタナック応援団の勝ち。ヌービル応援団がスマートな雰囲気のベイスターズファンだとしたら、タナックのそれは近鉄時代のバファローズファンといった様相です。
そんな、かつての野武士軍団をほうふつとさせるタナック応援団の呪い……じゃなかった野太い声援がプレッシャーとなったかは知らんけど、軍事施設内の戦車が走る道を使ったこのラリー最長のステージで、ヌービルがまさかのパンクで戦線離脱、勝負あり。セッティングに苦しんだシトロエンのセバスチャン・オジェもパンクで順位を大きく落とし、トヨタの3台に食らいついていたヒュンダイのダニエル・ソルドも、ミッショントラブルを抱えてしまいました。
迎えた最終日、もはや攻める必要のないタナックはペースをセーブしてそのまま優勝。2位にはトヨタに加入以来、これが初の表彰台となったミークが入り、フィンランドに続いてラトバラも3位で表彰台に立ちました。
1993年以来の快挙
トヨタの表彰台独占は、1993年のサファリラリー以来のこと。93年というとボクは高校2年生。ニュージーランドでマクレーが「スバル・レガシィ」に初優勝をもたらし、続く1000湖ラリーで「インプレッサ」がデビュー。バタネンのドライブでいきなり2位に入った年として、ラリー好きには忘れられない年です。ランチアが好きだった当時のボクも、555カラーのインプレッサがドロドロ音をさせながら派手なドリフトをキメる姿にくぎ付けになったものでした。
26年の時を超えて、まさか自分がWRCの現場にいて、日本メーカーの表彰台独占のシーンを目の当たりにするなんて、感慨深いものがあるなあ。そして、全盛期のイチローの打率以上の勝率をトヨタにもたらすボクの強運、仕事につながったりしないっすかね?
(文と写真=山本佳吾/編集=堀田剛資)

山本 佳吾
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