第4回:イラクのロードムービーが映す悲惨と希望 − 『バビロンの陽光』
2011.05.26 読んでますカー、観てますカー第4回:イラクのロードムービーが映す悲惨と希望『バビロンの陽光』
クルマと相性のいい映画ジャンル
ロードムービーというジャンルがある。旅、あるいは移動そのものがテーマになっていて、途上での出来事を描写していくというスタイルだ。映画というのは不思議なもので、それだけで魅力的な作品になりやすい。フレームの外に何が潜んでいるのかを、観客は知りたがる。
名作がいくらでも頭に浮かぶ。『イージー・ライダー』『パリ、テキサス』『スケアクロウ』『ストレンジャー・ザン・パラダイス』など、キリがない。最近の作品でも、『モーターサイクル・ダイアリーズ』『イントゥ・ザ・ワイルド』『リトル・ミス・サンシャイン』は素晴らしかった。
旅の手段はいろいろで、『砂の器』は徒歩だし、『ダージリン急行』は電車だ。でも、やはりいちばん多いのはクルマなのだ。ロードムービーとクルマは相性がいい。たとえば、『テルマ&ルイーズ』の66年型「フォード・サンダーバード」のカッコよかったこと。荒野の一本道を駆け抜ける様子は、それだけで絵になる。ただ、それはアメリカの広大な土地だからこそで、日本ではスケールの大きい逃避行は難しい。『悪人』でも、妻夫木くん演ずる祐一は愛車「日産スカイラインGT-R(R33)」で逃げ続けることはかなわず、どん詰まりの灯台に引きこもってしまった。
さて、今回取り上げる『バビロンの陽光』は、イラクのロードムービーである。広大な砂漠は、旅の舞台としては申し分ない。しかし、旅といってものんきな物見遊山ではなく、命をかけた過酷なものだ。2003年、フセイン政権崩壊からわずか3週間後の話なのである。
父に会うために900kmのヒッチハイク
砂漠の中を、民族衣装のアバヤをまとった老女が歩いている。かたわらには、棒で遊ぶ男の子がいる。二人は道に出て、乗せてくれるクルマが通るのを待つが、簡単にはつかまらない。ようやく身をていして止めたのは、ボロい「シボレー」のトラックだった。バグダッドまで乗せることを承諾させるが、500ディナールを要求される。長い抑圧の時代と戦乱を経て、運転手は神よりも金を信じるようになっていたのだ。
少年が棒を取り出して吹き、それが縦笛であることがわかるのだが、運転手はうるさいからやめろと怒鳴る。どうせ吹くなら、マイケル・ジャクソンにしろと。アメリカの影が、すでにイラクを覆いつつある。坂道では30km/hぐらいしかスピードの出ないボロトラックは、途中米軍の検問で止められる。まだ、戦時下なのだ。
12歳の少年アーメッドは、祖母とともに父イブラヒムを探している。ナシリヤ刑務所に収容されていると聞き、会うためにヒッチハイクで900kmもの長旅をしているのだ。父がなぜ収監されたのかは語られないが、政治的理由であることは間違いないだろう。彼はクルド人であり、フセイン政権下でこの民族はひどく弾圧されていたからだ。アーメッドは父の顔さえ知らない。音楽家であった父の形見である縦笛だけが、かすかに絆(きずな)を保っている。
バグダッドからは、乗合バスで移動する。すし詰め状態のバスは一応「メルセデス・ベンツ」だが、おそらく30年は使われている代物だろう。バスは途中で止まり、がれきの中を歩いてナシリヤ刑務所にたどり着く。しかし、そこには父の姿はなかった。案内所の係員からは、集団墓地が近くにあるから、そこを探すように指示されてしまう。生きて父に会うことは、もうかなわないのだ。この集団墓地というのは、フセイン政権が行った大虐殺の犠牲者が葬られている場所で、イラク全土に300以上もあるという。
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過酷な状況下で活躍する日本車
ロードムービーといっても、この映画には移動がもたらす快楽はかけらすらない。クルマは、生きるために、肉親に再会するために、手段として利用されるだけだ。何十年にもわたって酷使されてきたバスやトラックは満足に走らせることもできず、故障で止まることもしょっちゅうだ。道には激しい戦闘の傷跡が残されていて、至る所に穴ぼこがあり、破壊された建物の残骸(ざんがい)が行く手を阻む。悲惨を映し出すフレームの外には、暗たんたる哀(かな)しみがあるだけだ。
スポーツカーどころか、セダンさえこの映画には姿を見せない。過酷な状況の中では、タフなクルマだけが必要とされる。大きな「TOYOTA」のロゴがあるトラックや、「三菱パジェロ」などが何度も登場した。「NISSAN」のバックプリントのあるジャンパーを着た作業員もいた。日本車がこのような場所で役に立っているのを見るのはうれしい気持ちではある。しかし、かつては同じクルマが、戦闘に使われていたことがあるかもしれないのだが。
この映画は、残念ながらハッピーエンドとはならない。現実のイラクが明るい未来を見出しかねているのだから、映画だってそれを映しだす。イラクでは、過去40年の間に150万人以上が行方不明となっているという。そして、集団墓地からは数十万もの遺体が見つかっている。多くは、身元不明のままだ。
希望はないのか。アーメッドは、バビロン遺跡の空中庭園に憧れている。紀元前600年頃にネブカドネザル二世によって建造された、砂漠の中に浮かぶ緑豊かな階段状の大庭園だ。それは幻であったかもしれない。しかし、夢見ることはできる。兵士になると言っていたアーメッドは、父のように音楽家になると決心する。
アーメッドを演じたヤッセル・タリーブは、プロの役者ではない。モハメド・アルダラジー監督が、イラクの村々を探して見つけ出した普通の少年だ。祖母役のシャーザード・フセインも同じである。そして、彼女自身が政治犯として5年以上収監されたことがあり、服役中に夫と子供を失っている。深い痛みを負った彼女がイラクの悲惨な現実を描く映画に出演し、許しを訴えている。この映画が作られたことこそが、イラクの希望なのだ。
(文=鈴木真人)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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