いよいよ本格始動! 新型「ヤリス」に見る“トヨタのベストセラー戦略”
2020.06.12 デイリーコラム人気のジャンルもがっちりカバー
トヨタのコンパクトカー「ヤリス」の新型は後席が狭い。身長170cmの大人4人が乗車した場合、後席に座る乗員のひざ前空間は「握りコブシひとつ少々」だ。「ヴィッツ」を名乗った従来型の「握りコブシ2つ分」に比べて狭く感じる。しかも後席に座ると、腰が落ち込んでひざが持ち上がるから、ますます窮屈になった。ヤリスはリアゲートも大きく寝かされていて、荷室の床面積は相応に確保されているものの、背の高い荷物は積みにくい。
この点を開発者に尋ねると、「従来型に比べて、新型ヤリスでは前後席に座る乗員同士の距離が37mm近づきました。そのため足元空間も狭まっています。フロアと座面の間隔も32mm短くなり、腰が落ち込む姿勢になっているのです」と返答された。
なぜヤリスの後席がヴィッツ(先代モデル)よりも狭くなったのか理由を尋ねると「商品戦略に起因するものです。ヤリスは新開発されたプラットフォームとエンジンを採用していて、1車種だけの専用設計になることは考えられていません」と説明した。つまり、これからヤリスとプラットフォームやエンジンを共通化した複数の新型車が登場するわけだ。ヤリスはその第1弾にすぎない。
今後発売される車種のひとつが、2020年秋に登場すると公表されたSUV風モデルの「ヤリスクロス」だ。エンジンやプラットフォームはヤリスと共通で、“ヤリス”の名称も使われてはいるが、ボディーパネルは大きく異なる。ヤリスより全長が240mm、全幅も70mm大きい3ナンバー車だから、ヤリスに外装部品を加えただけの派生モデルではない。
ヤリスクロスのエンジンは、1.5リッター直列3気筒のガソリンとハイブリッドで、駆動方式は前輪駆動の2WDと4WDがある。2WDの価格は中級グレードの場合で、ガソリンエンジン車が218万円、ハイブリッド車は253万円ほどと予想される。
この価格は、例えば「ヤリスZ」に比べて約25万円高い。同じトヨタのSUVと比べると、1リッターの直列3気筒ターボを搭載する「ライズZ」を12万円ほど上回る。逆に1.2リッター直列4気筒ターボの「C-HR S-T」(2WD車)に比べると20万円ほど安い。
このようにトヨタは、ヤリスクロスを加えることで、綿密なSUVのラインナップを築く。「ライズ」「ヤリスクロス」「C-HR」「RAV4」「ハリアー」は、同等の位置付けのグレード同士で価格を比べると、おおむね12~30万円の差額で並ぶ。かつて同社が、「スターレット」「ターセル/コルサ/カローラII」「カローラ&スプリンター」「カリーナ」「コロナ」と車種をそろえたのと同様、さまざまニーズと予算に細かく対応できるSUVの商品群を構築するのだ。
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急拡大するヤリスブランド
トヨタはSUVが売れ筋のカテゴリーとして定着した時期を見計らい、ラインナップを一気に充実させる戦略だ。そして日本のSUV市場をゴッソリと手中におさめる。過去にはコンパクトカーやミニバンなどでも、同様のやり方でトヨタは売り上げを伸ばしてきた。
またヤリスと基本部分を共通化した空間効率の優れた車種としては、かつての「ファンカーゴ」に相当する背の高いコンパクトカーも計画されている。ヤリスは前席優先の設計で、先代にあたるヴィッツに比べると後席と荷室が狭くなったが、これを補う車種が今後登場するわけだ。
現時点で車内の広いコンパクトカーとして、トヨタはダイハツ製の「ルーミー/タンク」を用意するが、これはトヨタ車ユーザーが軽自動車市場に流出するのを抑えるべく約2年という短期間で開発された。そのためにエンジンとプラットフォームは「パッソ」がベースで(ライズなどに使われる新しいDNGAは間に合わなかった)、走行性能においては不満な点も散見される。これを踏まえて、あらためてヤリスのエンジンとプラットフォームを使った“背の高い上質なコンパクトカー”を投入する。
高性能モデルの「GRヤリス」については、すでに1.6リッター直3ターボを搭載する「RC」「RZ」「RZ“ハイパフォーマンス”」に1.5リッター直3モデル「RS」を加えた計4車種が発表されている。これにヤリスクロスなども加えてシリーズ化する。その背景には、ヤリスをブランドの一種として訴求して、小型車/普通車の登録台数ナンバーワンをねらう意図があるだろう。
このねらいは成功する可能性が高い。なぜなら従来のヴィッツはネッツ店のみの取り扱いだったが、2020年5月からは、トヨタの全店でトヨタ全車が売られるようになったからだ。ヤリスを販売する店舗は、ヴィッツ時代の1450店舗から4600店舗へと急増した。そうなると今までネッツ店以外で「アクア」やパッソを購入していたユーザーも、販売店を変えずにヤリスに乗り換えることが可能になる。そこにヤリスクロスなどの派生車種も加わって、売れ行きは伸びていく。
逆にヤリスシリーズへの乗り換えが進んだ結果、売れ行きに影響のあるトヨタ車も出てくる。これを廃止して合理化を図ることも、全店が全車を扱う目的のひとつだ。ただ、そうなるとユーザーの選択肢が狭まることも考えられる。この不利を補うためにも、トヨタには、ヤリスと基本部分を共通化した魅力的な新型車を積極的に投入してほしい。それがユーザーの満足度を高め、トヨタ車の売れ行きを活性化することにもつながるはずだ。
(文=渡辺陽一郎/写真=トヨタ自動車/編集=関 顕也)

渡辺 陽一郎
1961年生まれ。自動車月刊誌の編集長を約10年間務めた後、フリーランスのカーライフ・ジャーナリストに転向した。「読者の皆さまにけがを負わせない、損をさせないこと」が最も重要なテーマと考え、クルマを使う人の視点から、問題提起のある執筆を心がけている。特にクルマには、交通事故を発生させる甚大な欠点がある。今はボディーが大きく、後方視界の悪い車種も増えており、必ずしも安全性が向上したとは限らない。常にメーカーや行政と対峙(たいじ)する心を忘れず、お客さまの不利益になることは、迅速かつ正確に報道せねばならない。 従って執筆の対象も、試乗記をはじめとする車両の紹介、メカニズムや装備の解説、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、取り締まりなど、カーライフに関する全般の事柄に及ぶ。 1985年に出版社に入社して、担当した雑誌が自動車の購入ガイド誌であった。そのために、価格やグレード構成、買い得な車種やグレードの見分け方、リセールバリュー、値引き、保険、税金、車買取、カーリースなどの取材・編集経験は、約40年間に及ぶ。また編集長を約10年間務めた自動車雑誌も、購入ガイド誌であった。その過程では新車販売店、中古車販売店などの取材も行っており、新車、中古車を問わず、自動車販売に関する沿革も把握している。 クルマ好きの視点から、ヒストリー関連の執筆も手がけている。
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