第190回:貝殻ビキニの武田久美子
2020.09.28 カーマニア人間国宝への道夜の首都高アタック
当連載の新担当・サクライ君が、「今度編集部で『ポルシェ911 GT3 RS』を借りるんですけど、乗りますか」と言ってくれた。
私はポルシェの情報に疎いので、「それって991型? 992型?」と聞いてしまった。992型のGT3 RSはまだ出ていない気がするが、991型のGT3 RSには4年くらい前に乗って、そのすさまじさにシビレまくった。ポルシェのエンジンはいつのまにこんなことになってたんだ! 天空を突き抜けるかの如く9000rpmまでブチ回り、それでいて日常使用でも何の問題もないフレキシビリティーを備えるとはぁ! 危うしフェラーリエンジン! そう思った記憶がある。
しかしGT3 RSはその時点ですでに完売。もう新車は買えないと聞いたので、いま乗れるGT3 RSって何? と思ったのだ。
ところがサクライ君も詳しいことは知らなかった。お互いクルマ業界で食ってはいるが、自分に手の届かないクルマのことは、そんなに詳しくないのである。
調べてみたら、991型のGT3 RSは、4年前の500馬力から520馬力にパワーアップするなどして、再設定されていたのですね。500馬力と520馬力の差なんて絶対体感できない自信があるが、せっかく誘ってくれたので「乗る乗る! 夜の首都高を軽く走ろうヨ!」と快諾しました。
低速でもわかるイイモノ感
夜9時。サクライ君はGT3 RSの低いうなり声とともに、わが家に迎えにきた。
それは拍子抜けするほど静かであった。向こう三軒両隣くらいは驚いて誰かが家から飛び出してくることを覚悟していたが、誰も飛び出してこない。GT3 RSってこんなに静かだったっけ!? ひょっとして強化されつつある騒音規制対策なの?
そのマシンは、黄緑色も鮮やかなボディーに、でっかいレース用のリアウイングをしょっていた。うーん、カッコイイ。ポルシェ911は991型から992型にチェンジしているが、そんなミクロの差とは無関係に、GT3 RSは超絶カッコイイ。しかも、「本籍はサーキット」という風情がビンビンであるから、女子で言えば超絶ナイスバディーな現役グラドルというところだろう。
おおっ、杉並区の細街路でのこの乗りやすさは何だ! サスは猛烈スポーティーでありながら、実にしなやかにストロークし、乗り心地の悪さを感じさせない。PDKはあくまでスムーズに、エンジンはあくまでトルクフルに、時速30キロ以下での走行をサポートする。その領域でもビンビン感じる、すさまじいばかりのいいもの感! 4年前は箱根ターンパイクで乗っただけなので、こういうことはわからなかった。時速30キロ以下でも、このクルマは買う価値がある!
永福ランプから首都高4号線へ。いよいよ夜の首都高を走る。『湾岸ミッドナイト』のブラックバードの如く疾走するのである。
GT3 RSのステアリングを握る私は、すさまじい万能感に満たされていた。誰にも負ける気がしない。クルマの性能を考えれば当たり前だが、たぶんぜってー誰にも負けない。このマシンで負けるはずがない!
背筋の緊急事態宣言
その時、フロントガラスをたたくものがあった。雨だ。それもかなりの本降りだ。
うおおおお!
数秒後、私はステアリングの手応えが急速に減少したのを感じた。
これはつまり、いまガバッとステアリングを切ったらアンダー→オーバー→タコ踊りするヨ、というアラートである。トラコンをはじめとする車両安定化装置は付いているが、GT3 RSのソレが、「レクサスLS」のように限界のかなり手前から作動するとは思えない。それなりのスリップアングルがついてから、仕方なく作動する予感がする。雨の首都高をブラックバードの如く走るには、まず雨の広場とかサーキットとかで、その作動具合を確認せねばムリ!
それ以前に、私の背中から腰にかけての筋肉は、すでに極度の緊張状態でガッチガチになっていた。お尻のセンサーならぬ背筋の緊急事態宣言とでも言いましょうか。
「ム、ムリだ。サクライ君、ムリだよ!」
「ムリですか」
「こんなコンディションでGT3 RSに乗るなんて、58歳で若いヨメをもらうようなもんだよ!」
「えっ、カトちゃんだって若いヨメもらったじゃないですか」
「それはカトちゃんが選ばれし者だからだよ!」
「そ、そうですか?」
「じゃなかったらこれは、貝殻ビキニの武田久美子だよ! サクライ君、キミは貝殻ビキニの武田久美子をナンパできるか!?」
「できません!」
現役グラドルに萌えるのはムリ
思えば、私の思い描く理想のカーマニアは、貝殻ビキニの武田久美子をナンパできる男だった。自分の限界までカネを注ぎ込み、自分の限界までそれを愛し、自分の技量の限界でそのマシンを走らせ、限界特性を知る。そうでなければ真のカーマニアとはいえぬ! うおおおお! と自分を追い込んできた。
私は「フェラーリ458イタリア」まではその方向性で頑張った。限界まで高いクルマを買って限界まで愛し、サーキットで自分の限界まで攻め、定常円旋回ドリフトにも挑戦した。
が、もうムリだ。もう頑張れない。介護やガンとの闘いは頑張りすぎないことが肝要と言いますが、GT3 RSとの闘いも同じ。ここで頑張るのはオッサンの冷や水!
いや、仮に私があと10歳若ければ、「うおおおおサクライ君、今度は雨のサーキットで乗らせてくれぇ! コイツの限界を極めずには死ねん!」と叫んだかもしれないが、もうそんな気持ちはゼロ! 58歳の俺様は、現役グラドルに萌えるのはムリなのだ。50代の菊池桃子さんがいいです。
そう思った瞬間、背筋のアラートはウソのように鳴りやみ、穏やかな夜の首都高ドライブが戻ってきたのでした。めでたしめでたし。
あっ、武田久美子さんも50代か……。
(文と写真=清水草一/編集と写真=櫻井健一)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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